最高の契約主 2
「さて、話もこれくらいでいいだろう。君たちには退場してもらう」
黒い魔力を腕に溜め込み、拳銃とともに二人を狙う。霧矢と霜華はアイコンタクトを取り、おとりと攻撃の分担を決める。お互いうなずくと、攻撃をかける。
霜華は強烈な冷気をまとっていく。霜華のまわりを小さな氷が漂う。霧矢は力砲の引き金を引く。狙いは拳銃を持つ手だ。
霧矢の右腕の水の魔力が力砲に収束し、強力な弾丸となって飛んでいく。
霧矢の魔力の気配を感じたのか、トマスは霜華の攻撃を防いだように魔力で防壁を展開した。サナギを包む繭のように丸く体を包み込んだ。
「ぐっ!」
しかし、霧矢の魔力の弾丸は霜華の攻撃でさえ防いだ防壁を貫通し、防壁は霧消した。その時、進行方向がわずかに逸れたのか、男の手首ではなく、拳銃そのものに当たり、金属製にもかかわらず拳銃は粉々に破壊された。その拍子に手首を痛めたらしく、手を振っている。
「おのれ! 下策を!」
霧矢の力砲を脅威と感じたのか、霜華ではなく、霧矢に向かって攻撃をかける。黒い魔力が一本の巨大な剣となって実体化し、霧矢の方へ飛んできた。
力砲を撃ち込み破壊する。しかし、それを見るや、小さな剣を何本も出現させてきた。力砲で破壊するには数が多すぎる。かわそうにしても攻撃範囲が広い。
「君は残念だったな。私に一矢を報いなければ、楽に死ねたものを、私に楯突いたからだ!」
年端もいかない少年の一撃で一瞬でも劣勢におかれたのがそこまで屈辱だったのだろう。怒りの表情で顔を歪めながら、空中の剣を霧矢に向けて飛ばした。
「霧矢さん!」
声が聞こえ、前に何かの影が現れたかと思うと、赤い飛沫が霧矢の視界を染めた。
「護!」
霧矢がまばたきすると、何本もの剣に体を突きぬかれ、異様な形と化した護がそこにいた。血が傷口から滲み出し、服は完全に赤く染まっていた。
魔力で作った剣だから、トマスが術を解けば剣は消える。しかし、その瞬間、傷口をふさいでいる剣がなくなり、大量の血が噴き出してくる。そして、数十秒も経たないうちに、失血死するだろう。
もう回復のマジックカードはない。間違いなく護は死ぬ。
「きゃぁぁぁぁ!」
霧矢が振り向くと、トマスと一騎討ちをしていた霜華が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるところだった。魔力防御効果のある和服を着てもそれなりのダメージを受けていた。もし着てかなかったら、重傷を負っていただろう。
霜華としても、殺すつもりなら余裕で倒せるのだが、敢えて力をセーブしている。この状態で勝つことは難しそうだった。
(……別に、本当に殺されそうなら、殺しても……仕方ない……よな……)
霧矢は力砲を構え、トマスの頭部を狙う。霜華にとどめを刺そうとしている男の背後から狙い撃つなど造作もないことだ。敵に後ろを見せるなど、詰めが甘いにもほどがある。
引き金に指をかけ、そのまま力を込めようとする。
しかし、霧矢が引き金を引く前に、トマスは何者かの飛び蹴りを受け、霜華にとどめを刺す前に吹き飛ばされた。
「……護君?」
服は鮮血に染まりながらも、まったく平気そうな表情で床に横たわる憎き親玉を見下ろしていた。その表情は、義憤に満ちており、すべてのものに正義を無言で語っていた。
「ど……どうして、動けるの……?」
霜華はゆっくりと立ち上がる。胴体を数か所にわたって刺し貫かれ、出血はもはや絶対安静を超えていたはずなのに、何もないように振る舞っている。もはや痛みを感じていないとかそういうレベルの話ではないはずだ。あれだけのダメージを肉体が負えば、動くことすらできない。全員が驚愕の表情で彼を見つめていた。
「お……お前……何のトリック……を使った……!」
霧矢は驚きのあまり、トマスを撃つことを忘れていた。しかし、護は答えずにトマスの襟首を右手で掴むと、左手で思い切り殴り始めた。
何度も鈍い音が響き、鼻が折れ、唇は切れ、目は腫れ上がっていく。それでも護はやめなかった。今にも食い殺してやるといった鬼のような形相でただ顔に拳を打ち込む。
これ以上やると本気で相手は死んでしまう。霧矢は急いで護に駆け寄り、引き離した。相手は気絶しており、顔は血塗れだった。
「…もういい。これ以上はダメだ。こんなやつのために、お前は人殺しになる必要はない」
護の服は血で濡れており、一部は酸素に触れ黒く変わり始めていた。
「どうして……動けるの?」
霜華が恐る恐る尋ねる。しかし、護は首を横に振り、部屋の奥にある制御装置を指さした。
(……先にユリアを助けろってことか)
霧矢は機械に駆け寄ると、それらしいスイッチを探す。しかし、トマスの言っていた言葉が頭をよぎった。正しいプロセスで停止させなければ、素体であるユリアの命に危険が及んでしまう。スイッチより前に、マニュアルの方を探さなければならない。
霜華に薬品の入ったカバンを投げ与え、怪我の手当ては自分でさせることにした。霧矢はマニュアルを探すことに専念する。護はゆっくりと立ち上がろうとしたが、そのままバタリと床にうつぶせに倒れ、動かなくなった。
「護君! 大丈夫!?」
慌てて霜華が駆け寄り、脈をとる。霧矢は焦った表情で霜華を見たが、霜華はオーケーのサインを出した。霧矢は安心して息を吐くと、実験機材の周辺の本棚を徹底して洗い始める。
霜華はカバンから包帯を取り出すと、上着を脱がせ護の手当てを始めようとするが、傷がない。ものすごく血だらけになっているのだが、傷口がない。
(……確かに、肺や心臓を貫通してたはずなのに……どうして……無傷なの……)
ガーゼと消毒液で肌に付いた血を拭っていく。古傷のような痕は残っているものの、開いた傷口は一切なく、完全に普通の状態そのものだ。
とりあえず、血をきれいに拭き取ると霜華は霧矢にコートを貸すように頼む。霧矢はコートを投げ渡すと、霜華は護に羽織らせた。
「こいつだな」
霧矢はタイトルが英語で書かれた説明書を取り出しページをめくるが、霧矢の表情が曇る。
「読めない……」
高校一年生の手には余る内容を目にし、困惑する。見渡す限り辞書らしいものもない。霧矢は霜華に渡してみるが、霜華でも読めない内容だった。日本語でもわからないような、機械や医学の専門用語が多すぎるため、教養レベルの英語で理解などできない。
「畜生……こうなったら……」
一か八か、霧矢は力砲でユリアの入ったカプセルのガラスを破壊しようとする。しかし、霜華は首を横に振った。危険すぎると霧矢の力砲を押さえる。
「じゃあ、どうすればいいんだよ。このままじゃ本気で、みんなが弱っていくぞ」
今この瞬間も、風華たちは苦しみ続けている。
霜華も嫌そうな顔をしながら、ユリアのカプセルと機械を交互に見ていた。