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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第四章
40/50

愛された少年と救われぬ少女 10

「君たちは何者だ。誰の許しを得てこの建物に入ってきた」

 人を見下すような高飛車な声だった。霧矢は力砲を男が護に向けている銃の持ち手に照準を合わせる。間合いは十メートルほどで、奇襲攻撃を仕掛けるのには微妙な距離だ。

「この二人は、魔族か契約主だな。なのに、どうしてこうも、平然としていられるのかね。本来なら君たちは体調を崩して、動くことなどできまい。そして銃まで持っている…」

 二人とも護が人質に取られているために迂闊に動けない。三対一で数の上では有利だが、相手の力は未知数。霜華を魔族だと見破った以上、相手も魔族か契約主ということだ。この状況下でとりあえず戦ってみるというのは下策中の下策だ。そんなことはできない。

 霜華と目線を合わせるが、お互い何を考えているのかはわからない。ただ、二人とも今の状況をよく思っていないことは確かだった。

「お前は誰だ。救世の理のメンバーか」

「ほう、我々の正体を知っているとは、只者ではないな。しかし、我々の正体を知り、この実験を見られてしまった以上、ただで帰すことはできない。覚悟はいいか」

「そんなことはどうでもいい。僕は、お前は誰かと聞いている」

 力砲を構える手を決して緩めずに、霧矢は男をにらみ続ける。酷薄そうな笑みを浮かべると、男は口を開いた。

「その並外れた水の魔力、君が三条霧矢だな。そして、その隣が北原霜華、この少年は知らないが……まあいい」

 霧矢は、腹の立つ口調で話す男に苛立つあまり、力砲を誰もいない方向に威嚇として撃った。鉄筋コンクリートの壁にもかかわらず、大きなひびを伴う穴が開く。

「おやおや、短気な子だな。私が名乗らないのがそんなに不愉快か」

「お前の存在自体が不愉快だ。こんな残酷な人体実験を平気でやるようなやつがこの地上にいるということが、我慢ならないんだよ!」

 余裕の笑みを浮かべながら、霧矢の逆鱗を受け流している。霜華も霧矢と同様に怒りの表情を見せている。

「そう怒らないことだ。君たちは、この子の命が惜しくはないのかね」

 歪んだ愉悦に顔をほころばせながら、男は護の髪をつかみ、銃口を額に向ける。霧矢も同様に男に力砲の銃口を向け、霜華もいつでも術を発動できるように待機している。

「さて、銃を下ろしたまえ。この子がどうなっても構わんというのなら別だが」

 霧矢は迷ったが、苦いものを飲み下しながら力砲を床に置いた。男は満足そうな笑みを浮かべると、銃口を霧矢の額に向けた。

 霜華は機をうかがって、男に奇襲攻撃をかけようとも考えたが、霧矢に危険が及ぶ可能性もある。地面から氷柱を出して攻撃することも可能だが、あの男は魔族か契約主である以上、魔力を感知できる。本気で相手を殺す気でやるのなら別だが、動きを封じる程度の弱い術なら、水の魔力が足元に集中するのがゆっくりすぎるため、気付くだろう。

仮に、気付かれずに攻撃できたとしても、今の立ち位置では、脇にいる護にまで命中してしまう。契約主は普通の人間よりも魔法攻撃に対する抵抗力が弱い。契約主なしの状態とはいえ、霜華の魔力をもってすれば、たとえ手加減したとしても、魔力抵抗の弱い契約主を一人殺すことなど造作もない。

 霜華は霧矢とアイコンタクトを取ろうとするが、霧矢は男をにらみつけていて、まともに意思の疎通は取れない。あまりよい状況ではない。


(……力砲がない以上、こいつだけが頼りだな)

 霧矢はズボンに手を突っ込むふりをして、ポケットに忍ばせたマジックカードを握る。怒りではらわたが煮えくり返っていたが、あくまで冷静であろうとしていた。

「さて、君たちはなぜここに来たのか、聞かせてもらおう」

「得体の知れない魔力変換実験とやらを、ぶっ壊しに来たんだよ。このあたりの契約魔族と契約主はいろいろと面倒なことになってるからな」

 霧矢は吐き捨てるように答える。相手の隙をうかがおうとするが、相手もその道に長けている。そう簡単にチャンスを与えてはくれなかった。

「こっちから質問するわ。いったいあなたは何者なの。魔族を捕らえてこんな有害な魔力を放出して、何がやりたいの」

 男はニヤリと笑う。その質問を待っていたと言わんばかりに答える。

「私は、そうだな。ジョン・ドゥとでも名乗っておこうか」

「ふざけてんのか。誰が名無しの権兵衛だ。きちんと名乗りやがれ」

「ほう、最近の若者はさっぱり教養がないと言われていたが、そうでもないようだな」

「黙れ、耄碌ジジイ。さっさと名乗れ、名乗らないならジジイと呼ぶ」

 これだから若者は、年上を敬う気はないのか、などとつぶやいていたが、ようやく、霧矢の目を直視した。酷薄そうな吊り目をしている。

「仕方あるまい、名乗ることとしよう。私の名前は、トマス・アイゼンベルグという」

 全員が固まる。護が声を絞り出す。

「アイゼンベルグだって……?」

 霧矢の胃が揺れた。霧矢だけではない。霜華も信じられないといった表情になった。もし、霧矢たちの想像が正しければ、この正面にいる男は外道中の外道だ。

「お前……自分の……」

「ふん、所詮は役立たずの親不孝者だ。これでやっと親孝行してくれたとでも言うべきか」

 全員の怒りが膨れ上がっていく。その中、茫然自失の状態だった護が動いた。

「ふざけんな! この野郎!」

「待て、動くな!」

 霧矢は叫ぶが、もう間に合わない。護は立ち上がると殴りかかろうとする。

 こうなってしまってはもう止める意味はない。霧矢も護の動きに合わせて、銃口から避けるように動くと、マジックカードをトマスに向かって投げる。そのまま、力砲を拾い上げ、狙い撃つ態勢に入った。

 しかし、霧矢の動きは上手くいっても、護の動きは上手くいかなかった。トマスは魔力で防壁を展開し、爆風を受け切った。ダメージを受けて吹き飛ばされたのはむしろ護だった。

「ぐああ!」

 銃声が聞こえ、腹部を血まみれにした護が壁に叩きつけられる。トマスは左手で霧矢に銃を向け、右手で魔力をためながら霜華とにらみ合っていた。


「不意打ちとは君もなかなかやるな。しかし、肝心の仲間が一名、戦闘不能だな」

「護!」

 赤黒い血が護の服を汚していく。霧矢は回復のマジックカードを取り出し護の下へ駆け寄ろうとするが、一歩踏み出す前に、霧矢の後ろの壁に銃弾が命中した。

「動くな。君をここで仕留めるなど造作もないのだから」

 霧矢は舌打ちをする。壁に背を預けながら、浅い息をしながら下腹部を押さえている護はもう戦えない。それ以前に出血がひどい。大至急マジックカードで処置しなければ危険だ。包帯などで何とかなるレベルではない。しかし、霧矢が護にカードを使うのと、銃弾が霧矢を仕留めるのはどちらが早いかなど、考えるまでもなく自明のことだ。

「あなた、何で自分の娘をこんな実験に無理やり参加させたの」

 霜華が静かな声で質問する。護が撃たれたというのに、彼女の口調は非常に落ち着いていた。

「救世の理は私にとって非常に居心地がいい。そして、その中で重要な地位を占めることができるならば、娘など秤にかけるまでもないからな」

「この……最低……野郎が……」

 傷を押さえる手を鮮血に染めながら、切れ切れの声で護は訴える。霧矢はやめろと低い声で呼びかけるが、護には届かない。

「家族を……守るどころか……売り渡す……だって……」

 護はむせこむ。吐き出された血飛沫が床のタイルに染みを作る。霧矢は右手で力砲を構え、左手をポケットに忍ばせ、カードを握るが、トマスの注目は霜華ではなく、霧矢にある。今動けば、撃たれるだろう。

「君は、愛されていたようだな。救われないこの不孝娘とは違ってな」

 嘲るような口調で、立ち上がろうとしては痛みでうめいている護に言葉の矢を投げかける。霧矢は今すぐこの外道を撃ち殺してやりたい衝動を必死でこらえていた。

「姉さんは……僕を……助けてくれた……なのに……お前は…!」

 雨野光里は護を家族として愛し、助けるために友人や後輩との対立も厭わず、走り回ってくれた。なのに、この男はどうしてそれができない。

 助けることができなくても、自ら不幸の底に突き落とすなどありえない。


 護は大きく吐血する。もう時間がない。これ以上放置すると確実に出血多量で死に至る。マジックカードの回復は一瞬だけ治癒力を大幅に高め、それをもとに傷を治すものであって、軽傷には効果が高いものの、大量出血を伴う重傷を癒すには一枚程度では無理だ。カード程度の魔力ではとても足りない。マジックカードで傷だけでもふさいだうえで、病院に搬送し、輸血を行わなければ失血死する。

「あなたの娘の契約主が今死のうとしている。まあ、あの状態で契約主が死んだら、即座に実験は終わりになるでしょうけど」

 魔族が自分の魔力をどんどん放出するのだ。護から供給されている魔力が、すべて変換されて放出されているわけで、今の彼女の体内魔力の残量はゼロに等しいだろう。この状態で契約が解けたら、一気に魔力切れで死ぬはずである。

 素体が死亡すれば、魔力変換実験は失敗に終わったということになる。トマス・アイゼンベルグはそれをよしとするわけがない。交渉はこちらに有利な状況にある。


「この実験は、あなたの面子がかかってるみたいだし、ユリアほど優れた被験体もいないんでしょ。さあ、どうするのかしら?」

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