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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第一章
4/50

クリスマス前の平穏と不穏 3

「へえ、晴代って結構料理上手なんだね」

「晴代から料理とスキーを取ったら何が残るのか……私は恐ろしくて考えたこともない」

「悪かったわね。でも文香の料理なんて食べられたもんじゃないし」

 昼時の上川家では、晴代が家の台所を使って昼食を作っていた。喫茶店もそれなりに人が入っている。店で働いている両親の分も晴代は作って届けているらしい。

「晴代もダメだというし、三条に至っては完全な拒否反応を示す。いったい私の料理の何がいけないのか、ご教授いただきたいものだ」

「文香は材料をこっちで用意すれば結構上手いんだけどね…自前で用意させると何を入れるかわかんないし」

 これは霧矢と晴代しか知らないことだが、文香は料理をするとき、実験室で化学的に合成した調味料を入れることがある。ベンゼンからサッカリンを作ったり、アルコールとカルボン酸から硫酸を使って香料を作ったりする。市販されているものなら良いのだが、彼女は一から作ってしまう。しかし、途中のプロセスで加える化学物質の効果を考慮しないため、霧矢は彼女の作ったものを食べて死にかけたことがある。

 文香は、料理自体は上手いのだが、変なものを入れてしまうのだ。だから、文香に料理をさせるときは食材を誰か他の人が用意しておいた上で、見張っていなければならない。

「霜華ちゃんも上手だよね。割と手馴れてる感じだよ」

「まあ、風華の世話は私がしてたからね。両親はずっと行方不明で私が母親代わりだったから」

 晴代と文香は意外そうな顔をした。

「あれ、霧君から聞いてないの?」

 霜華としては、もうとっくの昔に霧矢が話していたものだと思っていた。

「霧矢は、ああ見えて人の立ち入った事情を他人にはそう簡単には話さないからね。まあ、だから学校でもそれなりにみんなから信頼されてるんだけど」

「晴代の趣味も含めてだがな」

「あれは別。霧矢ったらいつもネタにして脅してくるし……」

 晴代はイライラした顔立ちで乱暴にフライパンをかき回した。一人料理から外されている文香は暇つぶしがてらに上川家の冷蔵庫の中を覗き込んだ。

「晴代、ダイエットしていたとか聞いたが、糖分だらけだぞ」

 ギクリと晴代の背筋が動く。

「何、人の家の冷蔵庫を勝手に漁ってるのよー! バカー!」

 半泣きになりながら、文香に抗議した。霜華は苦笑いしながら先ほどの話題に戻した。

「霧君にはもう話したんだけど、実は私、結構昔から親と会ってないんだ。二人ともどこで何をしているのかさっぱり見当がつかないけど、それでも、まあ少し前までは風華と二人でまわりの人に支えられながら、やってきたんだよ」

 文香は冷蔵庫を閉め、腕組みした。

「……向こうにいられなくなったからこっちに来たのだろうが……それは何なのだ」

 ふう、と軽く息を吐くと霜華は霧矢に話したことをもう一度口に出した。文香の表情が曇っていく。晴代も黙ったまま聞いていた。

「それは、いろいろと難儀なことだったな……」

「まあ、でも、もうこっちの世界なら安全だし。昨日みたいなこともよほどじゃないと起きないだろうしね」

「私も、ケガが完全に治っていたら霧矢を助けに行けたんだけどね……」

 晴代はまだ治りきっていない腰をさする。

 数日前に、雨野の暴走を止めようとして、晴代は実力行使に出たのだが、完全に相手の実力を過小評価していた。見事に返り討ちにされ、全治五日間ほどの打撲を負ってしまった。今も晴代の体の背面には湿布が列をなしている。

 霜華と二人、契約主とハーフの二人がかりで一人の普通の人間を襲撃したにもかかわらず、晴代は完全ノックアウト、霜華もあと一歩のところで倒されるところだった。このことからも、浦高の生徒会長の腕力は反則級であることをうかがわせる。

 ちなみに、風華は彼女の物理戦闘力に惚れ込んでしまい、初対面にもかかわらず、霜華と同じくらい彼女になついてしまった。


「完成! さあ、みんなで食べましょ~!」

 皿に盛りつけて、リビングのテーブルに置く。みんなで「いただきます」と言うと箸をつけ始める。

「うん。やはり晴代の料理は安定している」

 文香がぼそりと褒め言葉を口にする。晴代は「もっと褒めてくれてもいいのに」と不満そうだ。もともと文香は感情を大っぴらに表現しないので、晴代としてはもう少し明るくなってもいいんじゃないのか、とも思っている。

「霜華ちゃんのも結構おいしいよ。霧矢は幸せ者だねえ……」

 晴代がわざとらしく、渋い顔をする。どうやら、二人の料理の腕はほぼ互角と言ったところだ。文香も霜華の作った料理を食べ、うんうんとうなずいている。

「そろそろ、お昼のニュースの時間だねえ。ちょっと入れてみようか」

 リモコンで晴代はテレビのスイッチを入れた。地元のテレビ局の中継が入っている。


『宮内さん? そちらの様子はどうですか?』

『はい。今日のアーケード街では、クリスマス・イブを明後日に控えて、デパートや専門店がクリスマスギフトやお歳暮の大商戦を繰り広げています』

液晶の向こうでは、土曜日ということもあって、子供連れの親子でにぎわっていた。防寒具に身を包んで街を歩く人の群れが、リポーターの後ろで行き交っていた。


「ふむ。今年もそれなりに活気づいているようだな。良いことだ」

「よかったね。でもさ、このアーケードってずっと前に事故が起こってなかったっけ?」

 晴代が文香に何のこともないひょうきんな口調で問いかけたが、霜華はピクリと動いた。

「あれは本当に残念な事故だった。亡くなった人も多かったはずだ」

 文香は悲しげな眼をしてコップの水を飲んだ。

「事故……ってまさか、ガス漏れの事故?」

「何だ。知ってるんじゃない。こっちの世界の事情にも結構詳しいんだね」

 霜華はつい暗い表情になる。二人とも何かあることを察したようだ。

 リリアンが復讐を誓ったのはあの事件がきっかけだった。公式にはガスの漏出事故として扱われているが、実際はカルト教団が魔族の力を利用して起こした無差別テロ事件だった。8年前のクリスマス・イブに魔族の力の実験台として、東京ではなく、わざと中規模の地方都市を狙って起こしたのだ。リリアンの家族はそれに巻き込まれて全員死亡した。

 教団の力は強く、マスコミに隠蔽をかけた上、警察も魔族の力という非科学的な現象を前に何もできなかった。犯人らしき男は見つかったが、何の立証もできず結局無罪放免という結末だったらしい。それすらも情報操作であまり知られていない。

 そもそも、その教団自体が存在をほとんど知られていない。霧矢や有島すら知らなかった。しかし、裏世界の情報筋を駆使して、リリアンはあの事件の真相にたどり着いた。

 そして、明後日、事故が発生したまさにその時刻に復讐として、魔族の力を用いて、教団の関係者を始末すると宣言した。

 霜華としては、殺しに嫌悪感を抱いているため、あまり賛成できなかったし、協力も拒否した。その結果、昨日の騒ぎになってしまったというわけである。

 しかし、つい数時間前に、リリアンの契約魔族、エドワード・リースは、あの教団がまた何か犯罪を企んでいるという情報をつかんだと語っていた。そして、その防止のために彼らを殺しに行くとも。

 霜華としては、もはや殺しは嫌なのだが、彼らが何かを企んでいるから罪なき人を守るために殺すというのを否定する資格はない。彼女も風華や仲間を守るために何百何千という敵を殺し続けてきたからだ。


「へえ、あの事件って事故じゃなくて、犯罪だったんだ……」

 晴代が険しい顔をする。手で握っている湯呑み中のお茶が熱せられて沸騰しボコボコと音を立てた。文香も犠牲者に黙祷するように目を閉じている。

「私たちは、あの時まだ小学生だったから、はっきりと覚えてはいないのだが、外人の死亡者はいなかったと思うのだが……」

 文香や晴代はリリアンを直接見たことはないので、名前から外人だと思っているようだ。

「彼女はどう見ても日本人だよ。日本語も流暢に話すし、明らかにあれは偽名でしょ。復讐者としてのね」

「そうなんだ……」

「無差別に狙われて家族を皆殺しにされたのだ。復讐したいという思いを責めるのは酷というものだ。私としては称賛できんが、批判もできんな」

 文香がお茶をすすりながら遠くを見るような目つきでつぶやいた。

「しかし、連中がまた何かしでかすかもしれないというのは恐ろしい話だ。止めるために殺すというのもまた恐ろしい話だが……」

「でもさ、警察が入っても権力がらみでダメになるし、何かしでかしたところでまた無罪放免になっちゃうだけだし……」

 晴代も困った顔を浮かべている。

 三人ともため息をついた。

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