愛された少年と救われぬ少女 9
「あ……あれは…葬儀屋! バカな、なぜここに……」
(誰も殺さない、か。甘い、甘すぎる…が、面白い! 今日は葬儀屋を休業してやろう!)
拳銃をしまうと、塩沢は廃屋の門へ走り出す。すでに霧矢たちが暴れた後で、駆けつけてきた教団の構成員が数人巡回していた。全員魔力あり、ただの貧弱一般人だ。
「ぐああ! 手が……手が……!」
敵一名の手首を握ると、塩沢は関節の逆の向きに力を込める。そのままボキボキという音を立てて、男の手は不自然な方向に曲がった。そのまま後頭部を殴りつけ、気絶させる。
「さあ、かかってこい。銃を使いたかったら好きに使え。その程度で俺を倒せると思うなら、己の愚かさを一生後悔させてやる」
挑発的、猟奇的な笑みを浮かべると、塩沢は自分を取り囲む男たちに一礼する。男たちは懐から銃を取り出すと、塩沢に銃口を向けた。
「殺しはしない。だが、五体満足のままでいられると思ったら大間違いだからな」
懐からピンを抜いた手榴弾を取り出し、放り投げる。全員が宙を舞う鉄の塊に注目する。そのまま、塩沢は前方の男の顔面に正拳突きを撃ち込み、その動きで両肩の関節を外した。
他の敵は塩沢への注意を取り戻し、銃口を引こうとする。しかし、手榴弾が炸裂し、強烈な閃光が暗い森の中を走り抜けた。
全員が目を押さえ、必死で塩沢に狙いをつけようとする。しかし、視力を取り戻した時にはもうあたりに塩沢の姿はなかった。キョロキョロと探している敵はあたりに警戒するように全員が背中合わせになりながら、密集する。
「ここだ」
「撃て! 殺せ!」
塩沢に向かって銃弾の雨が飛んでくるが、塩沢は茂みに飛び込むように隠れてしまう。
しかし、次の瞬間、大きな爆音がすると、大木が固まっていた集団に向かって倒れてくる。そのまま、大木の幹に男たちは下敷きになってしまう。
「じゃあな、大人しく眠ってろ」
もう用済みになったリモコン型爆弾の起爆スイッチと、催眠効果のある揮発性の液体の入った瓶を、大木の下敷きになり身動きの取れない男たちの方に投げ捨てると、塩沢は悠然と洋館の中に入っていった。
(……手加減とは面倒くさいものだ)
ハチの巣になっている正面の門を蹴り破り、ボロボロになっているエントランスホールを見て、塩沢は目を細めた。大暴れしたのは一目瞭然で、それでいて、誰も気配がない。
(……あの階段だな)
薄暗いホールの中で、電気の明かりが漏れている階段が一か所だけあった。扉は壊されており、どうぞお入りくださいと言っているようなものだ。
ゆっくりと塩沢は階段の方へ歩き出したが、またしても気配を感じる。
「……そんなに、俺に潰されたいか」
ひとりつぶやくと、彼を取り囲む魔生体と敵の戦闘員にぎらついた目を見せた。
*
「な……何だ、これは……」
無数の管と機械につながれた半裸の少女がガラス製のカプセルに入っていた。死者のような虚ろな目を浮かべたそれは、自分が犠牲者であるということを何よりも雄弁に語っていた。
「ユ……ユリア……」
膝が地面と衝突する音が霧矢の耳に入ってきた。護は震えながら崩れ落ちていた。
当然だ。こんなことになっているなど、誰も予想はつかない。容器の中で眠っているのならばともかく、瞳孔が開き、だらしなく口を開けたまま、呼吸だけをしているのだ。
全員がショックを受け、ただ立ち尽くしていた。こんな残酷な真似をできるとは、救世の理とは何者なのか。
いや、毒ガスで何十人もの人をまとめて殺す集団だ。この程度、雑草をむしるのと変わらない感覚だろう。魔族の体をいじくって兵器に改造するくらい、何ともないのだ。
最初に正気に戻ったのは霜華だった。霧矢の肩を叩くと、ユリアの入ったカプセルのところへ歩いていく。
護はカプセルのそばで膝をつきながら地面のタイルを凝視していた。今のユリアの姿を直視できるレベルのメンタルを持つ小中学生はそう多くないだろう。無理もない。
「……どうやって開けるんだ?」
開けたところでどうするのか考えてもいなかったが、とりあえずカプセルから出すのが先決だろう。霜華もそれに関しては同意見だった。しかし、カプセルを空けるためのそれらしいスイッチは見当たらなかった。
仕方がないので、制御機械と思わしき端末のある壁の方に注目する。
「私、機械にはあんまり詳しくないから、霧君お願い。多分、どこかにスイッチがあると思うんだけど……」
放送機材のスイッチを何倍にも複雑にしたような機材がそこにあった。とりあえず、主電源を落としてみればいいのだろうかと思い、真ん中の電源と書かれた赤いボタンに注目する。
「これ、落としてみればいいんじゃないか?」
しかし、次の瞬間、背後に殺気を感じ、霧矢は力砲をポケットから抜くと、一気に後ろにむかって構えた。
「護を離せ」
この建物の管理者と思われる眼鏡をかけた白髪交じりの初老のスーツ姿の男が、拳銃を護の頭に突きつけながら立っていた。護は震えながら座っていた。