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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第四章
37/50

愛された少年と救われぬ少女 7

「さすがに、すぐ乗り込んだりしないところは、さすがアブソリュート・ゼロだな」

「その通り名で呼ばれるくらいなら、まだ半雪女と呼ばれたほうがましだよ」

 誰もいない復調園調剤薬局の中で、三人は乗り込む支度をしていた。霧矢は戦いに使えそうな道具を護と一緒に家の中から探し、霜華はあの和服に着替えるといって部屋に戻った。

「あの……まだ…僕、霧矢さんにきちんと自己紹介してなかったですよね……」

 ごそごそやっている霧矢におずおずと護は呼びかける。霧矢は「ん……」とだけうなずくと、後ろを振り向いた。

「改めて、自己紹介です。僕は、雨野護。一応、十四歳です。ユリアの契約主で、属性は闇です。僕が寝てた間はいろいろお世話になったようで……」

 ゆっくりと霧矢に向かってお辞儀をする。実質十二歳の少年とは思えないような丁寧さだ。

「なあ……お前…ほんとに……会長の弟だよな…実は敵がなりすましていたとか、そんなオチはなしにしてくれよ。頼むから」

 キョトンとして、護はまばたきしている。壁の鏡を見ながら「そんなに僕と姉さんって似てないですか?」とつぶやいている。

 霧矢は「まあいいや」と返すと、同じように自己紹介をする。

「僕は、三条霧矢。この薬局の一人息子で、県立浦沼高校一年、年は十六、属性は見ての通り並外れた水、霜華と風華の一応保護者。契約主じゃないから異能は特にない」

 一言「よろしく」と言うと、霧矢は包帯や消毒薬を小型のカバンに入れていく。


「お待たせ、風華の使えそうな魔道具を勝手に借りたけど、まあ緊急事態だからいいでしょ」

 霧矢が霜華と初めて出会った時の格好だった。白を基調とした和服で、霧矢が半雪女と呼ぶゆえんでもある。地味に魔力への抵抗力が高く、魔法攻撃への対策に有効だったりする。

「この力砲はいいとして、他によさそうなのがあったら貸してくれ」

「一応、回復のマジックカードがあったから、あげとくね、あと爆発も、一回分しかないけど」

 霧矢に札を一枚ずつ渡すと、霜華は深呼吸する。霧矢もうなずく。

「それじゃ乗り込むぞ」



(……私はいいとして、みんなあまりよくないわね)

 汗を額に浮かべながら、雨野は喫茶・毘沙門天のカウンター席に座っていた。もともと体力のある雨野は、瘴気を受けても動くことはできるが、他の面々はかなり弱っていた。

 特に、風華が衰弱している。顔を真っ青にして横たわっていた。

 今の雨野のコンディションで、もし敵がやってきたとしたら、少々面倒なことになる。相手が飛び道具を持っていないのなら勝てるだろうが、もし拳銃を持っていたら面倒だ。倒せないことはないだろうが、自分も相応の覚悟をしなければならないだろう。

(……まあ、どうでもいいわ)

 投げやりになりながら、雨野はカウンターに突っ伏した。あたりはすでに真っ暗になっており、窓ガラスには自分の姿が映っていた。額に緑色に光る契約の紋様が浮かび上がっている。

 護の退院パーティはお流れ同然の状態となっていて、料理だけが無人のテーブルに鎮座していた。せっかくの厚意がこのような形で無駄になるのは残念なことだ。

 本来は、家族で祝うはずだったのだが、血のつながった両親は何もしようとしない。護には、ただ親は多忙で家を空けているとしか伝えていなかった。いずれは本人も本当のことを知るだろう。その時は、自分を責めるのか、それとも親を呪うのか、いずれにしても、心苦しいことになるだろう。それを考えると残念でならない。

 ユリアもユリアで不幸だ。教団から逃げ出してきたところを捕まり、今のところ、どこで何をしているのかさえもわからない。死んでいないことは確かだが、どのような状態かもわからない。

 とにかく、今の雨野の周辺にはわからないことと不条理なことが多すぎる。


「今、戻った。みんなの様子はどうだ」

 店のドアが開き、鈴の音が鳴り響く。塩沢とその後ろに文香が控えていた。塩沢は困ったような表情を浮かべ、文香は安らかな表情をしていた。まったく対照的な二人を見ると、雨野の表情は塩沢に近いものとなった。

「護がいないみたいだけど……それに、三条と霜華ちゃんも」

 塩沢は無言で店のエスプレッソマシーンを勝手に拝借し、コーヒーの支度をしている。文香は何も言わなかったが、雨野は文香の目を見て、これから何が起きようとしているのか、すべてを理解した。

 危険極まりないが、それを止める資格は自分にはない。かつて、自分もまわりの忠告も聞かず、暴走した。霧矢や有島の忠告を聞かずに独断で動いた結果、様々な人に迷惑をかけてしまった。そして、迷惑をかけまくった自分のことをまわりは全員咎めず、今まで通りに接してくれている。

 ならば、自分もその通りにしよう。心配ではあるが、止めはしない。何が起こるかはわからないが、祈っていよう。上手くいくようにと。

「……このコーヒーを飲んだら、俺も行く。君は残れ。その体調で戦わせるわけにはいかないが、人手不足だ。万が一のことがあったらみんなを守れ」

 そう言うと、塩沢はポケットの中から銃と数本の予備弾倉を雨野と文香に投げ渡した。

「使うときは、本当に最後の手段だぞ。君たちを信頼しているから渡すんだ」

 小型のレディース用拳銃だった。殺傷力はそれほど高くはないが、急所を狙い撃てば確実に相手の息の根を止めることは可能だ。

「……こいつを受け取れば、私も立派な裏社会関係者よね……」

「無理に使えとは言わない。今君は弱っている。君の肉弾戦で倒せない相手への最後の手段として渡すんだ。使うかどうかは君に任せる」

 本来は、事務所の増援を頼むところだが、メンバーは総出でリリアンのお手伝いである。あと三時間を切り、乗り込む支度をしているところだろう。相川も動けないし、何とかできるのは塩沢と、死体処理班の運転手くらいだ。

 塩沢雅史、相川探偵事務所最弱の助手は瞑目しながらコーヒーの香りを楽しむ。まったくどうして、この世界は馬鹿馬鹿しいのか、絶望にあふれた世界はどうしてかくも面白いのか。

 苦い液体を胃の中に流し込みながら、殺し屋は顔を緩めた。

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