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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第四章
36/50

愛された少年と救われぬ少女 6

「さて、話を聞かせてもらおうか、あと、逃げようだなんて考えるなよ。無駄だからな」

 しばらくして、霜華と護が追いつく。縛り上げられた二人は恨めしそうな視線で全員を見上げていた。塩沢はまわりに誰もいないのを確認すると、銃を突きつけ、質問を開始する。

「まず、魔力変換がどうかと言っていたが、あれは何なんだ。答えてもらおうか」

 男たちは黙ったままだった。塩沢は苦い顔を浮かべ、男の腹を蹴る。

「救世者様のために殉じるというのならそれはそれで結構だが、俺は普通にお前らを消すぞ。お前らの存在などこの世には残らないから、そのへんは留意しとけ」

 他の四人は、塩沢の残酷さに目をそむけてしまうが、塩沢は執拗に男たちを蹴り続ける。帽子とマスクを外し、素顔を男たちに見せると、男たちは息をのんだ。

「あの葬儀屋、塩沢…芹島をぶっ殺した…!」

 そう言いかけた男の顔面を塩沢は「クリスマスプレゼントだ」と言い放つと、グシャアという鈍い音とともに踏み潰す。もはや男の顔面は血塗れになっており、耐性のない人だったら正視に堪えないものだった。

「俺が聞きたいことは、そんなことじゃない……質問に答えるか、苦しみ続けるか、どっちだ。好きな方を選ばせてやる」

 氷のような声で、塩沢は冷静に問いかける。もはや、ヤクザの脅迫を通り越した、本職の殺し屋の脅し文句と拷問に、男たちは必死で耐えている。

「なあ、やめといてやれよ。わざわざ拷問までして聞き出さなくても、直接乗り込んで、中心を叩けばそれで解決だろ」

 霧矢が困ったような口調で塩沢に提案するが、塩沢はやめようとしない。男の腹を蹴りつけると、質問を続ける。

「魔力変換の素体がどうのこうのとも言っていたらしいな。素体は誰なんだ。やっぱり魔族か」

「私は、救世者の忠実な僕。お前の質問に答えるつもりはない」

 顔中血塗れにしながら、男は笑い続ける。塩沢は顔を歪めると男の顎を蹴り上げた。護は目を閉じる。それでもなお、男は答えようとしない。

「そうか……ならば、お前らにはもう用はない」

 塩沢はポケットからガスオイルのようなものを取り出し、男たちのまわりに垂らす。

「最後の質問だ。焼け死ぬ前に、答える気はあるか?」

 塩沢はマッチ箱を手でもてあそびながら、冷酷な目線で男たちを見る。残酷なシーンに耐性のない護はもう完全に目を背けていた。

 男たちが答えないので、塩沢はマッチを擦る。塩沢が本気で殺そうとしていると悟ると、男たちはようやく、話す意志を見せた。

 マッチを脇に放り捨てると、塩沢は相変わらずの氷のナイフで突き刺すような鋭い視線でにらみつけた。

「素体は…闇の魔族……廃棄予定の有効活用とかで……上が……」

「名前は」

「十代半ばくらいの女の子で……名前は確か…ユリア・アイゼンベルグ」

 護が息をのむ。全員の表情が固まる。塩沢は乱暴に男を蹴りつけると、胸ぐらをつかむ。

「どういう魔法術式だ。契約主と契約魔族が体調を崩しているが、何を使った」

 凄みを利かせた塩沢の声に、切れ切れの声で、男は答える。

 魔族であるユリアに強制的にマジックアイテムをつなげ、本来放出されないはずの魔力を放出させる。そして、ある種のフィルターを通すことで、魔力を瘴気に変え、この町に放出している。契約に作用し、あらかじめ対象から除かれたもの以外の魔力移動に障害をもたらすもので、魔族をコアとして利用するものらしい。

 ユリアが術式の中心となっているのであれば、彼女の契約主である護が瘴気を受けても何のダメージも受けないことに納得がいく。もし、彼にダメージが及ぶのであれば、術式の性質上、契約魔族であるユリア自身もダメージを受け、下手をしたら自分の術で自滅しかねない。彼女が無意識のうちに、護をターゲットから外しているのだろう。

「外道が……年端もいかない子に、どんなことをしたのかわかっているのか……」

「塩沢さん……ユリアを助けないと、ユリアだけじゃなくてみんなが……」

「俺が行って救ってやる。それまで、みんなで連中が来ても守りきれ。いいな、場所を教えろ」


「断る」


「何だと……」

「断ると言ってるんだ。僕たちも行く」

 霧矢のきっぱりとした台詞に、塩沢は苦々しい表情で応じた。しかし、塩沢の突き刺すような視線にも霧矢と霜華、そして護は動じなかった。

「危険だ。俺は君たちを守りながら戦う余裕があるほど強くはない。ケガをしたり、最悪死んだとしても、俺は責任を取れないし、取るつもりもない。留守番していろ」

 塩沢は霧矢をにらみつける。しかし、霧矢は続ける。

「苦しんでるのは、僕たちにとって大切な人たちだ。黙って見てるなんてできるか」

 憤りながら叫ぶ霧矢の台詞にも塩沢は表情を崩さなかった。霧矢に冷たい口調でおかしな魔力を見た場所を尋ねるだけだった。

「案内してやるから、ついてこいって言ってるだろ!」

「俺は場所を教えろと言っている。案内しろと言った覚えはない」

 押し問答が続くが、お互いに引く気配はない。


「こっちは、危険だなんて百も承知なんだよ。それでも、みんなが苦しむのを見ながら、お前だけを頼りにのうのうと待っているなんて、我慢できるか!」

 霧矢は大声で塩沢に怒鳴り散らす。しかし、その間、自分に対する嫌悪も生まれてきた。

(…さっきまで、他力本願で塩沢に助けを求めようとしてたのにな……何言ってんだ…僕は…)

 それでも、霧矢には覚悟はある。情けなくとも、今この瞬間からは違う。中途半端なエゴイストの中途半端さを前面に押し出す覚悟がある。

「……塩沢さん、僕も、今度こそユリアを助けたい。この手で……! ユリアからもらったこの力で…!」

 覚悟はあるのだろうが、今の護は優男としか言いようのない中性的な外見で、声も弱々しい。塩沢は護を無視する。護はうなだれてしまう。

「……だったら、塩沢さん。あなたは必要ない。私と霧君、護君の三人で乗り込むから、あなたが店でみんなを守って」

 霜華が塩沢に言い放つ。霧矢は霜華を見ると、それはまさにあの「絶対零度―アブソリュート・ゼロ―」の目だった。

 霧矢は初めて、強者に対峙するときの表情を塩沢が浮かべるのを見た。いつもの冷徹な表情とは変わって、追い詰められたような苦々しい顔と化していた。

「私は、覚悟がある人なら危険でも止めない。三条霧矢、雨野護、そして私、北原霜華はそれをするだけの覚悟がある。今苦しんでいる大切な人を助けるという覚悟が」

 塩沢は再び、いつもの無表情に戻る。しかし、声は敬意を帯びたものとなった。

「もしも、戦いとなれば、相手を傷つけなければならないかもしれない。俺は外道だから、相手をどれほど殺そうが気にならないが、君らはまともな人間だ。たとえ相手がゴミクズ以下の下衆野郎でも、殺したりしたら、それを一生背負うことになる。身の危険は覚悟しても、精神の危険は覚悟できているのか?」

「………殺しの罪悪感、か…」

 塩沢はうなずく。しかし、霧矢からしてみれば、その質問は霜華にはナンセンスだ。霧矢は霜華が次に答えるであろう台詞は完全に予測済みだった。

「私は、誰も殺さない。殺さずに解決してみせる」

 霧矢はそう答えて見せた霜華に微笑んでみせる。塩沢は信じられないといった表情を浮かべた。声も、嘲るような口調になる。

「三条家とは随分、甘ったれた連中が集まるものだな。君たちは死にたいのか、敵にむざむざ殺されに行くのか。馬鹿馬鹿しい」

「そうだよ。甘ったれた連中だよ、僕たちは。ただ、連中を信じるわけじゃない。仲間を信じてるだけだ」


 そのまま、三人は夕闇の中を走り出した。残された塩沢は文香を見るが、文香は三人の後姿を眼鏡越しに眺めながら微笑んでいた。

「頑張れ。私の親友」

「止めないのか、君は」

「止めたって無駄だろう。バカだから」

 しかし、それでこそ意味があると文香も理解していた。

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