愛された少年と救われぬ少女 5
「畜生、連中を捕らえておくべきだったな……」
霧矢の話を聞き終えると、塩沢は歯噛みする。魔力変換の触媒という言葉を聞くと、霜華も苦々しい表情を浮かべる。
「間違いないよ。霧君が見たって言う変な魔力と、その魔力変換ってのは多分関係してる。素体に誰かを使っているというけど、間違いなくそれは魔族を被験者にした生体実験」
霜華も連中が魔力変換で何を企んでいるのかは読めないらしい。危険な企みであることは理解しているのだが、それが何をもたらすことになるのかは皆目見当がついていない。
「とりあえず、連中がこの近辺で何かしているとなれば、こっちも動く必要がある。俺はここで抜けるが、場所がわからん。教えてくれ」
霧矢が口を開こうとすると、塩沢がピクリと動く。霜華も何かを感じ取ったようだ。霧矢も何となく気味の悪い空気が流れてくるのを感じることができた。
背筋にまとわりつき、それでいて流れていくような得体の知れない感覚。魔力分類器を取り出してその気配のする場所を眺めてみると、スキー場で見たような濁った魔力の流れがそこにあった。そして、その魔力は明らかに強くなっている。
三人とも、苦々しい表情でお互いの顔を見合わせる。
「あの生粋のゴミどもめ……イブだというのに不謹慎極まりない」
塩沢が毒を吐くと、文香がリビングに駆け込んでくる。
「大変だ。みんながいきなり苦しみだした!」
三人とも、急いで店の方に向かった。店では、晴代、風華、西村、セイス、雨野姉の五人が苦しそうな表情を浮かべていた。護は慌てた様子でおろおろしていた。
「一体何があったのか、大体想像はついた。でも……」
霜華は悔しそうな視線で護を見る。霧矢も苦しんでいる面子の共通点は一瞬で理解した。
「契約を交わしている人間と魔族に対する何らかの魔術干渉だな……」
霜華はうなずく。しかし、霧矢の述べた条件に該当するにもかかわらず、苦しんでいない人間が目の前にいた。
「護君は契約主なのに苦しんでいない。何で?」
霜華の疑いの視線を見て、護は焦りの表情を浮かべる。しかし、護の契約異能でこんなことを起こすことは不可能だ。彼の異能は自分自身に作用させるものであり、まわりに影響をもたらすような能力ではない。彼は白だ。
文香と理津子、晴代の母親は五人を介抱しているが、五人とも真っ青な表情を浮かべている。理津子は救急車を呼ぶかどうかと尋ねたが、これは魔力の異常が原因であって、医学ではどうにもならない。霧矢は残念そうな表情で首を横に振った。
五人の中でまだましな雨野は、全員に契約異能で解呪を試みているが、これは単発の呪いではなく、有害な魔力の流れだ。元を断たない限り持続するものには効き目は薄い。しかも、風の異能なので、対属性である西村とセイスにはまったく効き目がない。
雨野以外は皆、家の方に運ばれていき、店の中には、雨野だけが残った。
「三条……連中を……倒してきなさい……霜華ちゃんも」
額に不健康そうな汗をかきながら、雨野は二人に向かって語りかける。いつもの暴君会長らしくない弱った声だった。
「できるだけ急いだ方がいいな。連中の目的から考えて、みんなを死なせるつもりはないだろうけど、できるだけ苦しませて体力を奪うつもりだ。さっさと片付けないとまずいな」
霧矢は霜華とともにうなずき合うと、塩沢にアイコンタクトを送る。しかし、塩沢は首を横に振った。霧矢と霜華は歯噛みする。
「だめだ。これは迎撃と違って、直接相手の方に乗り込むものだ。君たちには危険すぎる。それに、連中の目的は魔族と契約主の捕獲だ。今まともに動ける戦力は君たち二人だけだ。光里君は弱っているし、ましてその他はまったく動けない。護君と文香君は戦うほど強くはないし、親御さんたちもそうだ。君たち二人はここにいて万が一に備えろ。特に、君はライフル銃並の威力を誇る拳銃を持っている。証拠も残らないからたとえ相手を殺したところで捕まる心配もない、死体の処理なら俺たちは手馴れてる」
きつい口調で塩沢は霧矢を説き伏せようとする。しかし、二人ともここでじっとしているなどできなかった。塩沢に反論しようとするが、次の瞬間、三人とも固まる。
「来やがった……むしろ、表の火事騒動を隠れ蓑にするつもりだな……」
店の前をうろついている二人組の男を見て、塩沢はつぶやく。あたりは消防車とパトカーがあり、野次馬が十人ほどいる。
しかし、霧矢は名案を思い付いた。霧矢は塩沢に提案する。
「で、君の考えた作戦ってのは何なんだ。できるだけ目立たないやり方でだぞ」
塩沢が低い声で霧矢に問いかける。霧矢の作戦に塩沢はなるほどといった表情を浮かべると、契約主でない一般人の塩沢と文香は先に店を出る。二人組の男はハッとした表情で身構えるが、二人ともターゲットではない一般人である。塩沢も店にあった服を借りて、帽子をかぶり、マスクまでしていたので、相手に塩沢雅史だとは悟られなかった。二人とも二人が町へ歩き去っていくのをただ見ていた。
塩沢から準備完了のメールが届くと、霧矢は一気に店から出て走り出す。
男たちが霧矢を追って走り出すが、霧矢の方が足は速い。野次馬が多い現場を離れ、裏路地の方に入り、そのまま人気のない駅裏の方へ走っていく。
ゴール地点の曲がり角を曲がると、塩沢と文香が姿勢を低くして隠れていた。
男たちの足音が聞こえてきて、二人は角を曲がろうとする。
「せーの!」
塩沢と文香が用意しておいたロープを男二人の足に引っかける。そのままバランスを崩した男二人は勢い余って思いきり顔面から雪道へ叩きつけられる。
塩沢は倒れた男の背中を踏みつけると頭に銃口を向ける。文香はその隙にロープで男を縛り上げていく。霧矢も力砲を握りながら男たちをにらみつける。