愛された少年と救われぬ少女 2
「そろそろ滑りつかれたぜ……」
「日も傾いてきたし、下まで降りたら終わりにするか」
リフトで山の上まで来た四人はどこまでも広がる田園地帯を見下ろしていた。クリスマス・イブではあるものの、田舎ではさっぱり風情がない。駅前広場のクリスマスツリー以外に、それらしいものは見当たらない。
ゆっくりと下まで降りることにしようと考え、四人は斜度が低く、道のりの長いコースに入っていく。
「ところで、晴代、お前、今日の課題のノルマは終わったんですかァ?」
後ろから霧矢は意地の悪い声で、疑問を投げかける。晴代はぶすっとした表情を浮かべると、霧矢の前方に出ながら、わずかではあるがスピードを落とす。
霧矢との距離が近づいていくと、晴代は急停止する。
「うお!」
体の重心を傾け、ギリギリで霧矢は避けることができたが、バランスを崩し転んでしまう。
「危ないだろ! 急に止まるな!」
ゆっくりと起き上がると、霧矢は晴代をにらみつけた。文香と西村も晴代に対して霧矢と同様の視線を送っている。
「何かな。その視線は、急に止まったこと? それとも宿題の方?」
「さあ、私としてはそれくらい自分で判断できるようになれと言っておきたいがな」
「最近、課題のせいであたしがいじられキャラになってきたような気がするんだけど」
晴代はぼそりとつぶやくと、見事な滑りで進んでいき、あっという間に見えなくなってしまう。霧矢もそれに続こうとしたが、何となく空気が変わるのを感じた。
(……魔力の乱れ?)
霧矢はポケットから魔力分類器を取り出すと、あたりを見回す。コース外の林の中から、得体の知れない魔力の流れが発生している。属性もはっきりせず、濁った色の魔力が漂っていた。
(……何だ…あれは……)
霧矢は筒をポケットに戻した。嫌な予感がする。霜華に聞いておいた方がいい。二人に、さっさと下りると伝えると、霧矢は滑り出した。できれば急いだ方がいい。
「三条、何が見えたんだ! アレか! アレなのか?」
このスキー場は温泉街にあるため、露天風呂がスキーのコースから見えることがある。もっとも、霧矢が見たものはそんなものではないのだが、西村は違うことを連想したらしい。魔力分類器を望遠鏡と勘違いし、鼻息も荒く、興奮した面持ちで、西村は霧矢に向かって叫ぶが、霧矢は無視し、並走しながら西村の頭をストックで叩く。何度も叩く。
「痛えよ! 何しやがる!」
「黙れぇぇぇ! テメェみたいなそんな発想に結びつくやつのことを、変態と呼ぶんだぁぁ!」
「俺はまだ『アレ』が何なのか言ってねえぞ! そういうお前こそ、変態じゃないのか!」
またしても二人が罵り合いを始めたので、文香は呆れ顔で二人を追い越し、斜面を下りる。
二人がようやく下まで降りてくるころには、晴代と文香はもう片付け、着替えていた。しかし、西村はともかく、霧矢の表情が浮かないのを見て、晴代は心配そうな顔をした。
「ねえ、霧矢。何か気になることでもあった?」
「………いや、何でもない。先に帰っててくれ」
霧矢は握り拳をあごに当てながら、更衣室へと入っていく。晴代は文香と目を合わせると、首を傾げた。
更衣室に入った霧矢は、てきぱきと着替える。西村が着替え終わり、先に出ていくと、霧矢は携帯電話を取り出す。
「はい、復調園調剤薬局…って霧矢?」
母親に、霜華の所在を尋ねると、逆に「そっちにいないの?」と聞き返されてしまう。霧矢は眉を吊り上げると、電話を切った。
(…くそ、こんな時にどこで油売ってるんだよ。あの半雪女)
ため息をつくと、霧矢はもう一人頼りになりそうな人物の電話番号を選んで電話を掛ける。
「もしもし、塩沢だ。君はまだスキー場にいるのか?」
「何で僕がスキー場にいるって知ってるんだ。まさか僕に発信器でもつけたのか?」
霧矢の憮然とした物言いにも塩沢は平気な様子で「その手もあった」などとつぶやいている。
「とりあえず、喫茶・毘沙門天で、護君の全快祝い&クリスマスパーティをするらしいから、君もいったん家に戻って荷物を置いたら来るといい。霜華君やセイスもここにいる」
霧矢はため息をつく。だが、霜華の居場所がわかったのならそれに越したことはない。さっさと行って、相談しよう。
電話を切ると、霧矢も更衣室を出る。西村が待っていて、セイスの居場所を聞いてくる。霧矢は喫茶・毘沙門天の場所を教えると、一人で家に向かった。
帰り道を歩きながら霧矢は思う。あの魔力はどうも変だ。六つの属性のどれにも当てはまらず、しかし、澄んだ流れではなく、澱みきった濁った色をしていた。あんな魔力は見たことがないし、契約主でもない霧矢でも異様な雰囲気を感じ取ることができた。