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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第三章
30/50

師走騒動は終わらない 10

「三条、今日こそ、昨日の恨み晴らさせてもらうぜ!」

「はっ! 太刀筋がなってないな!」

 スキーウェアに身を包んだ西村龍太は、三条霧矢とストックでチャンバラをしていた。まわりから見たら痛々しいことこの上ない。晴代はくすくす笑いを繰り広げながら、文香と霜華は呆れた視線で二人を眺めていた。

「貴様らはどうして、こう喧嘩になると幼稚になるのだ……」

 今ここに暴徒鎮圧用の武器がないことが非常に残念なミスマッドサイエンティストは、隣にいる半雪女に耳打ちする。

「二人とも~ やめないと、私怒るよ~!」

 霜華はバカな男二人組に呼びかけるが、二人ともまったく気に留める様子すらない。仕方なく、霜華は魔力をある一点に向けて放つ。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 二人の足元が一気に凍結しアイスバーンと化し、二人ともバランスを崩す。そのまま後ろに倒れてしまう。頭をしたたかに打ちつけ、霧矢は後頭部をさすりながら立ち上がった。

「おいこら! 半雪女。人に向かって術を使って攻撃するなと何度言ったらわかるんだ!」

「龍太も霧矢もふざけてるから、ダメなんでしょ」

 男物の服を着込み、湯気を立てているデパートの買い物袋ほども大きな紙袋を抱えた金髪の女の子は袋から中華まんを取り出しては、口に運んでいる。

「セイス! お前も、こんなところまで来て食ってるんじゃない」

 西村が自身の契約魔族に怒鳴りつけるが、彼女はどこ吹く風だ。風華と一緒に椅子に座りながら肉まんを食べている。風華とは年齢も近く、あっという間に打ち解けてしまったようだ。

 もともと、セイスには遠く及ばないが、風華もわりかしよく食べるほうだ。大食い同士、意気投合してしまったらしい。霧矢としては、友達は選んだ方がいい(晴代のことを考えると改めてそう思う)と思うのだが、食べ物の魅力はまさに恐るべしだった。

 クリスマスになり、隣の診療所は閉まったので、復調園調剤薬局も処方を行うことはなくなった。客の数はぐんと減り、理津子一人でも暇を持て余すようになった。そして、全員お休み気分で、イブの昼はスキーと洒落こんでいる。魔族三人組は、スキーをせずに、下のあたりをうろついていた。


「ち、邪魔されちまった。こうなったら、西村! 頂上まで行って、どっちが先に下まで着くか、勝負だ!」

「望むところだ! 大差をつけてやるぜ!」

 二人とも「うぉぉぉぉ!」と勇んでリフトに乗って行ってしまう。晴代と文香も「バカなことしないように見張ってなきゃ」と続いて上に行ってしまう。

 残された魔族三人(うち二人はハーフだが)は巨大な袋に入っていた中華まんを全部平らげると、霜華の勧めで喫茶・毘沙門天へと向かう。

 駅前のクリスマスツリーが見える場所の喫茶店はスキー場から徒歩十分。

クリスマスの飾りつけで彩られた建物の中は、おとといよりも余計客が多かった。昨日と比べて、雪も小降りになり、スキーの帰りの客なども寄っているようだ。

 ただし、その分、余計人目に付くのだ。

「ねえ、お姉ちゃん。やっぱり、多少は着てくればよかったんじゃ……」

 客から見てみれば、気温零度の外から、異常な薄着の女の子二人と、着込んでいるとはいえ、男物で金髪の女の子が入ってきたのだ。全員の注目を浴びる。

 霜華も、ここまで大勢に見られるのは、初めてで、気にしながら一番人気のない奥の席に座った。晴代の母親が注文を取りにくる。

 よだれを垂らしながらメニューを見ているセイスを眺めながら、霜華は考える。

 救世の理はカルト教団である以上、教祖がいるはずである。どこの誰でどういう人物なのかは知らないが、あんな方法で、魔族や契約主を手中に収めようとする集団のトップがまともな人間のはずはない。

  どういう考えを持って、教義を説き、教団を作り上げたのか。信者は教祖の何に共感したのか。そこがよくわからない。そもそも、魔族の力を使って世の中を変えると言うが、何のために、どのようなビジョンをもってそうするのかさえもよく知らない。

 敵を知るためにも、霜華はその情報が欲しかった。相手の行動原理を知りたい。

 これ以上、霧矢や理津子に迷惑をかけるわけにもいかない。霧矢にはどんな災難でも受け入れる気はあるようだが、頼り切るというわけにもいかない。

 しかし、そのためにはどうすればよいのか。それが浮かんでこない。

 曇った表情で、しかも視線の先が一定しなかったのに気付いたのか、風華が不安そうな表情を浮かべていた。

「特大クリスマスケーキと、アールグレイ」

 セイスが楽しそうな表情でメニューを戻す。

「……何頼んだの…?」

「クリスマス限定、パーティケーキ。とっても大きいんだって!」

 風華は呆れ顔でセイスを見ているが、霜華は相変わらず、浮かない表情で考え事をしていた。



「え…今、いないんですか?」

「ええ。スキー場にいるはずだから、行ってみたらいいんじゃないかしら」

 礼を言うと、塩沢と雨野姉弟は復調園調剤薬局を後にした。ここからだと徒歩十分ほど。雪も小降りになっているので、三人は歩くことにした。

 雨野弟は二年経っても街並みがあまり変わっていないことに、少しの安心を浮かべて商店街を歩いていた。その間も、塩沢は無表情で目を細めながら歩いている。

(……しかし、あと何人ほど潜伏しているのか……全員殺すか、無力化させないことには、この仕事は終わらないな……)

 塩沢としては、ユリアの調査に本腰を入れたかった。正直な話、チンピラの襲撃などに構っているのは時間の無駄としか言いようがなかった。

 金で雇われて、人を襲う。それを非難する資格はない。自分だってやっていることは似たようなものだ。相川探偵事務所の助手として、敵を殺してきた数など、両手では足りない。地元のヤクザ、違法薬物シンジケート、国際人身売買組織。それでも、この仕事を続けているのは、相川への信頼と尊敬があるからだ。

 彼のためならば、人の道を踏み外してもいいと思えた。そして、その気持ちは八年間まったく揺らいだことはない。

 いつだったか、敵の組織のメンバーに、相川の犬と呼ばれたことがあった。屈辱に感じはしなかったが、どことなく寂しい気分はした。主体性を放棄した人間はもはやただの犬というのは真実だ。そして、自分が相川の犬ということを完全に否定するのは難しい。

 しかし、それが意味するのは、自分も教団の信者と大した違いはないということだ。

 教祖という個人に心酔し、自らの主体性を放棄し単なる随行者、崇拝者と化した人間だ。そこには一片の主体性はなく、彼らもまた犬だ。

 そんな自分に教団を潰すことはできるのか。そんな自問自答をあれ以来繰り返してきた。


 塩沢にとって、教団の存在を受け入れることはできない。信者にとって、教団の敵の存在を受け入れることはできない。

 お互いの存在を否定し合う関係。でも、それでもいい。


(俺は、潰すと決めたんだから)

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