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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第一章
3/50

クリスマス前の平穏と不穏 2

「ありがとうございました。お大事に」

 霧矢は店から出ていく客に頭を下げた。時計を見るとそろそろ昼時だ。霜華を呼び戻そうと思ったが、おそらく、昼は晴代の家で食べてくるだろう。無理に呼び戻す必要もないと考えた。空腹は大したことなかったが、昨日の疲れで体力はかなり消耗していた。

 霧矢はカウンターに置いた冬休みの宿題を睨みつける。自分でリストを作ったが、一日五時間以上やらなければ、確実に終わらない量だ。

(……晴代のやつ、大丈夫なのか?)

 文香と同じ懸念を浮かべながら、霧矢は英語の読解課題を開く。英字新聞の記事を全て訳して来いというふざけた内容だ。一通り眺めてみると、経済がらみの内容のようだった。

「これはいじめだな……」

 独り言をつぶやいていると、店の扉が開く。無精ひげを生やした男が入ってきた。

「いらっしゃいま……せ…?」

「おはよう。三条……」

「せ…先生……どうしたんです。こんなところに……」

 この男は松原陽介といって、県立浦沼高校の生徒会顧問で霧矢と晴代のクラスの数学を担当する教師だ。教え方や人柄は悪くないのだが、だらしない上に、年の割にはいろいろと親父くさいということで、生徒からの評判は良い意味であまりよろしくない。

「昨日からどうも調子が悪くて、隣で見てもらったんだが……インフルエンザだと言われた」

 霧矢は身構える。普通の流行性感冒は少し前にもう引いたので免疫ができているが、残念なことに、今年はインフルエンザの予防注射をしていない。

 しかも、あり得ないことに、松原先生はマスクも何もせずに薬局の中で咳をしまくっている。霧矢は顔をそむけながら、処方箋を受け取り、母親を呼んだ。

「インフルエンザはわかりますけど、何か先生酒臭いですよ」

「昨日、休みに入ったってことで、先生たちで飲み会だった。飲み過ぎてまだ頭痛がする。しばらくの不養生がたたったみたいだな」

 霧矢たちがリリアンとの死闘を繰り広げていたちょうど同じ時刻に、先生たちはのんきに酒盛りをしていたらしい。寒空の中、へべれけになって帰っている途中に、インフルエンザが発症したということだろう。


 彼はこの商店街の近くにあるアパートに住んでいるとだけ聞いたことがある。そして、この商店街のとある割烹は、浦沼高校御用達となっていて、地域の経済に先生たちは貢献している。

「自業自得ですよ。体調が悪いなら飲み会なんて行かなきゃいいんです。それと咳き込むならまわりにうつさないためにも、きちんとマスクをしてください」

 さりげなく、霧矢はカウンターにマスクの箱を置く。商売上手め、とつぶやくと財布から小銭を出した。

「毎度あり。あと、アルコールが抜ける前に薬は飲まないでください。副作用が出ますから」

 箱を開けてマスクをつけていると、理津子が店の方に出てくる。

「あらあら、先生。息子がお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそ」

 霧矢が出した薬を理津子はきちんと処方箋通りか確認する。霧矢は確認を受けて、薬を袋に入れていく。

 理津子が松原に飲み方を説明するのを横目で見ながら、霧矢は換気扇のスイッチを入れる。先ほどの飛沫でうつされてしまっては、クリスマスが台無しになってしまう。備え付けてある消毒液を両手に念入りにこすりこんだ。

「ところで、うちの子、無事、薬学部に行けるのでしょうか?」

 霧矢の動きが止まる。成績のことを突かれると、霧矢としては返しようがない。

「数学に限って言えば、今のところ、大学を選ばなければ可能でしょうね。でも、まだ一年生ですし、これからの努力次第というところでしょう」

 かすれた声で、そこそこましな評価をもらった。霧矢は息を吐いた。

「三年生は、センター試験直前で忙しくなってきてますし、霧矢君も三年生並とは言いませんが、そこそこ頑張ってもらいたいものです」

「……頑張る…か…」

「そうだ。頑張れ。すべてはお前の努力次第だ」

 グーサインをすると、薬代を支払って松原は出て行った。

「ありがとうございました。お大事に」

 理津子は再び、家の方に戻っていく。霧矢はカウンターに座り、英語の課題に戻った。

(……冬休みか……こんなに宿題出されて休みとかふざけた話だな)

 高校生とは割としんどいものだ。浦沼高校はどちらかというと進学校で課題がやたらと多い。中学校の時も友達はみんな敬遠して、隣町の高校に行ってしまった。浮かれて町で遊んでいる高校生を見ると、一抹の羨望があったりするのだが、店の跡を継ぐためには、大学に行かなければならない。

 もともと、この薬局は、もう二人とも亡くなっているが、霧矢の父方の祖父母が始めたものだ。祖父は先代の隣の診療所の先生と旧知の仲だったらしく、一緒になって診療所と処方薬局を始めたそうだ。霧矢の父親は二人兄弟の弟で、兄は跡を継がずに家を飛び出してしまい、完全に絶縁状態となっている。父親も大学の薬学部に行ったのはいいのだが、薬剤師になるよりも創薬の研究の方が好きになってしまい、店を継ぐのを拒否した。結局、今や薬学部の准教授で、現在、海外の大学で研究している。

 父はそれで危うく勘当されかけたが、父親は祖父母に妥協案を提示した。

 実は父、淳史は大学時代にある女性と付き合っていた。彼女も同じ薬学部だったが、研究職ではなく、薬剤師を目指していた。そして大学院を修了すると、二人は結婚した。つまり、理津子を跡継ぎにし、自分は大学での研究を続けるということを提示した。

 祖父母も目的は後継者だったので、その案を受け入れ、結局、今のように理津子が薬局を仕切っている。そして、息子である霧矢は店の手伝いをしている、というわけだ。


(……しかし、何というか……いい天気だな…)

 外を眺めれば、穏やかな日差しが路面の雪で反射され、キラキラと輝いている。しかし、週間予報によれば、この天気は長くは続かないらしい。明日からまた西高東低となり、日本海側は荒れてきて、大雪のクリスマス・イブになるらしい。

(……まあ、こんな田舎じゃ、クリスマスつっても大したことないしな…)

 いい天気だというのに、表通りの人気はまるでない。もっとも霧矢の家とスキー場は駅前通りをはさんで反対の位置にあるので、こちらに観光客は来ない。

 時計を見ると、隣の診療所が閉まる時間だった。霧矢は課題のノートを閉じて家に戻る。


「霧矢。結局、冬休みの宿題ってどれくらいなの?」

「聞かないでくれ。さっき嫌な気分になったから」

 二人で昼食をとりながら、霧矢はこたつ上の板とにらめっこする。霧矢の夏休みは地獄だった。しかし、期間が長かった分、何とか終わらせることができた。しかし、この休みは短く、課題の量は夏休みと大差ない。

 ふと思いついて、携帯電話を取り出し、西村にメールをする。

 ――お前、課題終わると思う?

 ふう、と息を吐いて、霧矢は昼食に箸をつける。まあ、課題は多いとはいえ、冬休みは冬休みだ。楽しんでいこう。

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