師走騒動は終わらない 7
「まったく、相変わらず、中途半端なエゴイストだな。お前は」
夕日に染まったロッジの外で、西村は霧矢に向かって呆れ顔でつぶやいていた。
契約させるのに、室内は危険だ。霧矢は教訓がある。前に、晴代と有島が契約した時は、霧矢は爆風と閃光のあおりをもろに受けてひどい目に遭ってしまった。
おそらく、二人は土の属性の持ち主なので、地面から何かが起こるだろう。霧矢はできるだけ警戒しながら、二人を見つめる。
西村にはあらかた霧矢が状況を説明しておいた。塩沢は念のため拳銃を持って控えている。霜華も二人を見ながら何があってもいいように待機している。
塩沢は西村に教団に狙われる可能性があるという危険性をすべて説明したが、西村は暑苦しい性格、よく言えば、困っている人は助けたくなる性格だ。まったく意にも介することなく、契約を受け入れた。
セイスも特に西村について異存はなく、こうやって契約を行おうとしている。
「始まったみたいだね」
霜華が指をさす。霜華が預けたカッターで指を切り、血で名前を書き込んでいく。
お互いの指が動きを止めると、突然地面が揺れだした。ゆらゆらとした気持ちの悪い揺れが止まると、セイスは元気を取り戻したのか、ヒョイと立ち上がって、霧矢の方に寄ってくる。
「ふう、元気回復。でもおなか減った。なんかちょーだい」
「西村に頼め。今日からお前の契約主様なんだから」
呆れた表情で霧矢は西村を指さす。塩沢は哀れむような視線で西村を見た。
「言い忘れていたな。こいつの世話をする気ならば、あらかじめ警告しておく。こいつの食費は、常識破りだ。覚悟しておけよ」
相川探偵事務所あての万単位の領収書を西村に見せながら、塩沢は意地の悪い笑みを浮かべた。西村の顔色が青くなる。
「えっと……俺は、契約してやるとは言ったけど、生活の面倒を見てやるってわけじゃないんだけど…」
霧矢は魔力分類器で西村とセイスを覗き込む。西村からは魔力の放出が止まり、二人とも手の甲に茶色に光る紋様が刻まれているのを確認できた。
「とりあえず、腹減ったのなら、喫茶・毘沙門天にでも行くか。契約主様のおごりってことで」
「待てや、ゴラァァァ!」
霧矢は気配を感じ、後ろに飛びのく。さっきまで霧矢のいた場所には地割れが起こっていた。霧矢は西村に向かって、
「お前、契約異能を使うのはいいんだが、気配がバレバレだぞ。そんなのすぐに読まれる」
「うるせえ!」
次々に霧矢の足元に地割れを起こしていくが、霧矢は持ち前の機動力ですべて回避する。雪上を走りながらどんどんと西村に近寄り、
「受けてみなぁ! 俺の必殺技! ハイパーキーック!」
わざとらしく、幼稚な台詞を口にしながら、西村にドロップキックを食らわせる。そのまま西村は仰け反って倒れ、雪の上を滑っていった。
霧矢の俊足になすすべもなく、倒されてしまった西村は服に付いた雪を払って立ち上がる。
「このやろー……、てめえは俺を怒らせた!」
「はっ! 異能なんかよりも、日々の積み重ねで得た力の方が、役に立つんだよ! 悔しかったらここまで来てみるんだな!」
西村の足では霧矢に追いつくのは難しい。歯ぎしりしながら、西村は夕紫に照らされた憎き親友の姿を見ていた。
「ねえ、おなか減った。ご飯は?」
男二人が下らない争いを繰り広げている脇で、セイスは霜華の袖を引っ張っていた。霜華と塩沢はあれほど食べておきながら、もう空腹になってしまった彼女の燃費の悪さに嘆息した。塩沢はつい先ほど、財布をダイエットさせられたばかりだ。絶句している中、セイスの腹の音だけが聞こえていた。
気を取り直して、塩沢はセイスに質問する。
「お前は、これからどうするつもりだ。西村家の居候になるつもりか?」
「どうしよっかな……ご飯食べさせてくれる方についていきたいな」
霜華と塩沢は眉間の血管が浮き出てくるのを必死でこらえている。塩沢はベルトのケースに手が伸びかかっているし、霜華は魔力を必死で表に出さないようにしていた。
「ねえ、龍太。ご飯食べさせてくれる?」
いきなり西村に飛びかかり、セイスは食事をねだり始めた。霧矢は、霜華に駆け寄ると、耳打ちする。霜華は霧矢の提案にうなずいた。
塩沢も便乗して、霧矢の作戦に参加する。
「おい、三条。こいつ何とかしてくれよ!」
西村はセイスに押し倒され、雪の上でもがきながら、助けを求めるように霧矢のいた場所を見たが、もうそこには誰もいなかった。
「ねえ、ご飯ご飯!」
「さんじょぉぉぉぉぉぉ! 覚えてろよ!」