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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第三章
25/50

師走騒動は終わらない 5

 そりを引っ張りながら、一行はスキー場を目指す。少女は食事をおごってもらえると聞くと、目を輝かせていた。しかし、体力は回復していないらしく、まだ自分で歩くことはできなかった。塩沢はため息をつきながら雪の積もった道へと視線を落としていた。

 霧矢は塩沢に同情の視線を向けた。

 塩沢も霧矢と同様に、変な女に出会い続けてきた上に、それで迷惑に巻き込まれてきたという。今回もそれだった。

「君が運べ。俺は個室を借りる」

 ロッジの入り口前に来ると、有無を言わさずに、塩沢は霧矢に少女の世話を押し付け、受付に向かう。霧矢は塩沢に恨みの視線を向けるが、相手はお構いなしだ。

 仕方なく、霧矢は少女を抱きかかえると、ロッジの中に入っていく。見かけよりも軽いので助かった。難なく運べた。

 ロッジの中はスキー客で多く、金髪の女の子をお姫様のように持ち上げている霧矢は相当目立った。しかも、ここは商店街の知り合いも多い。

「…ねえ、あの男の子、三条さんのところの霧矢君よね……」

「…しかし、外国の子を…あんな風に抱きかかえて……お熱いことで…」

「……看板娘の霜華ちゃんもいるわよ。両手に花ってことかしら……」

 地元民(ほとんど知り合い)のひそひそ話を聞きながら、霧矢は思った。

(……僕ってこんな目に遭うような悪いことした?)

 顔を真っ赤にしながら、霧矢は鍵を受け取った塩沢についていく。霜華はくすくす笑いを押し殺しながら、霧矢の後ろを歩いていた。


 少女をベッドに横たえ、バタンと乱暴に個室のドアを閉めると、霧矢は塩沢を涙目でにらみつける。霜華はまだ笑っていた。

「ご苦労。君には感謝している」

「当然だ! これで感謝されなかったら、僕は怒るぞ! ご近所に僕は女たらしという評判が立ってしまった……ただでさえ『最近まわりに女の子が多いね』と言われがちだったのに…」

 塩沢は指を折りながら、なるほどとうなずいている。数えなくていい!

「ねえねえ、ご飯ご飯!」

 少女がねだるように塩沢に言うと、塩沢は呆れ声で返してきた。

「まあ待て、今、食事を頼んだ。そのうち来る。それよりも名前を聞かせてもらおうか。場合によっては契約主候補を紹介してやってもいい」

 しかし、塩沢の話の後半を少女は聞いていなかった。食事が来るということで、うきうきした気分でベッドから飛び起きる。霜華は押しとどめた。

「無理しない。魔力をもっと消費するよ」

「早くご飯ご飯! はやくはやく!」

(どれほど腹減ってるんだ、こいつ……)


「失礼いたします。ご注文の品をお持ちいたしました」

 スタッフが食事を運び込むと、少女は一気に目を輝かせる。そのまま、いただきますと叫ぶと、ものすごい勢いで食べ始めた。

「それで、何て名前なんだ。まずそこから聞こうか」

 目にもとまらぬ早業で箸を動かしている少女に、塩沢はうんざりしたような視線で尋ねた。

「私はね、…イ……ス………ト……って……んだ」

「食いながら話すな。いったん飲み込んでからもう一度答えろ」

 しかし、少女は食べるのをやめなかった。次々と、メニューを平らげては、電話を使って次から次へと注文していく。塩沢は苦々しい顔で、財布の中を眺めていた。

「……ふう。ごちそうさま。ああ……幸せ」

 本当に満たされた様子で、少女は穏やかな笑みを浮かべていた。

「……食事代金、金四五六八〇円也……相川探偵事務所様」

 塩沢は領収書をにらみつけながら、ブラックホールのような胃を持つ少女に再び質問する。

「もう一度聞くぞ。君の名前は何だ」

「私は、セイス・ヒューストンっていうんだ。土の魔族なんだけど……」

 セイスと名乗った少女に塩沢は質問を続けた。

「君は救世の理の関係者だな。何をしていたのか答えてもらおうか」

「え……ある人間と契約したら、食事とか生活の面倒を見てあげるって言われて、それで契約しただけなんだけど……」

「その男が芹島夏雄か?」

 うんうんとうなずくと、塩沢はやはりといった表情を浮かべる。

「話は変わるが、君は復調園調剤薬局を何の用で訪れたんだ。襲撃するためか?」

 セイスは驚いた様子で今更慌てはじめた。しかし、その慌て方がまたなんとも間抜けだ。

「やっぱりそうか。その途中で、いきなり契約が解除され、魔力切れを起こして倒れたというわけだな」

「い…いや、襲撃ってわけじゃなくて……あくまで私の仕事は…様子の…偵察…で」

「襲撃はあの男どもの仕事だったってわけだな?」

 汗をだらだらと垂らしながら、セイスはあたりを見回している。霧矢と霜華が視界に入り、助けを求めるような視線を向けた。

「ちなみに、この二人がお前らのターゲット、三条霧矢と北原霜華だ。残念だったな。お前はもうこちらの手に落ちてしまったわけだ。それと、襲撃チームの三人はもう捕らえた」

 塩沢が、完全にパニックモードになっているセイスの頭を殴って落ち着かせた。

「ちなみにな。お前が倒れた原因は、俺がお前の契約主を返り討ちにして始末したからだ。ということは、俺がどこの組織に所属しているかくらいも予想がつくよなあ」

「え……殺しちゃったの?」

 霧矢と霜華は塩沢が彼女の契約主を殺したと聞いて顔色が青くなったが、セイスはどうでもよさそうな口調だ。塩沢は意外な表情を浮かべた。

 彼女は自分の契約主のことをさほど重要視していなかったらしい。というのも、

「私は別に、ご飯の世話してくれるって言うから契約しただけで、あいつが好きだからって理由じゃないし。魔力よりご飯の方が大事だから」

「いつごろ契約したんだ? そもそも、いつごろこっちの世界に来た」

「私が、あいつと契約したのは、三年前の夏。こっちの世界に来たのもその時。でも、あの時は参ったね…魔力が切れて、さっきみたいに力が抜けて動けなくなって、ピンチだったから」

 死にかけたというのに、まったく危機感がない。同じことを二度も繰り返したというのに、この女は学習能力というものがないのか。

「ねえ、あなたも魔族なんだから、私たち魔族にとって、魔力がどれほど大事なものかくらいわかっているはずだよね。何でそんなに軽いの? 命に関わる問題だよ。これは」

 ついに黙っていられなくなり、霜華がセイスに詰め寄る。しかし、セイスはどこ吹く風だった。本当に彼女は命よりも食べることの方が大事だった。

 しかし、彼女も満腹になったことで、やっと魔力の心配をしだしたようだ。霧矢と塩沢に対して、契約するように頼み込み始めた。

「言われてみればそうかも。というわけで、二人のどちらか、二人とも属性は違うけど、私と契約……」

「「断る!」」

 塩沢と霧矢の拒絶の声は同時だった。残念そうな顔でセイスは二人を見つめる。

「僕は断る。だが、お前には契約主候補を見つけておいた。感謝しろ」

 霧矢は時計を見る。そろそろ西村が駅に到着する時間だ。スキー場のロッジに来るようにとメールを送った。

 まったくどうかしている。自分の命を狙った相手にここまでしてやるなんて。

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