師走騒動は終わらない 3
「何あんたたち?」
「俺たちの狙いは、魔族と契約主だ。お前らをもらいうける。無駄なケガをしたくなかったらついてきてもらおうか」
雪の降りしきる中、風華と晴代は男たちと対峙していた。見たところ、彼らは全員異能を持たない普通の人間だ。おそらく、攻撃するなら肉弾戦か、マジックカードを使うはずだ。
相手は三人。こちらは二人。異能の力を考慮すると、互角と言ったところだろうか。
「お断りすると言ったら、あんたたちはどう出るの? やっぱりあたしたちを倒してでも連れて行く気?」
晴代が挑発的な目で男たちを見る。ガラの悪そうな目で、男たちは二人を見る。
「そうだなあ、俺たちはそうするしかねえな。このチビの目つきも気に入らねえ」
風華は邪魔者を見るような目つきで、男たちをにらみつけていた。しかし、男たちは小柄な風華を見て、臆するどころか嘲笑する。
「ねえ、晴代。ちょっと私、頭に来たんだけど、こいつらを死なない程度に派手にやってもいいかな?」
「いいんじゃないの。あたしもちょっと力を試してみたいし」
晴代の右手の周辺の空気が熱で揺らめく。男たちは身構えた。風華は晴代をバックアップする体勢をとった。
「ケガしてから後悔すんじゃねえぞ。小娘どもよお」
チンピラ風の男のうち一人が走り出した。ナイフを持って晴代に切りかかる。
しかし、晴代は動けない。
いくら異能を持っているとはいえ、晴代は運動神経が普通より多少優れている程度の高校生だ。雨野のように武器を持った相手に対して喧嘩慣れしているわけではない。
しかし、この異能は近接戦闘では非常に強力だ。
「くたばれ! 小娘!」
男がナイフを晴代に向けて振り下ろす。しかし、晴代の肉は切り裂かれなかった。攻撃を受け止めた晴代の手から、赤く光る液体が滴り落ち、雪に落ちてジュワッという音を立てる。
驚愕の表情を浮かべた男はナイフを見る。ナイフは柄の部分から先が完全になくなっていた。一瞬で融点に達した金属は液体となり、溶け落ちていた。
晴代の契約異能は手で触れた物体を一瞬で数千度にまで加熱する能力だ。鉄などは軽く融点に達してしまうし、有機物なら一瞬で酸化もしくは加熱分解されてしまう。
晴代が男の髪をつかむ。次の瞬間、発火点に達した男の髪は火だるまになり、火を消すために頭から雪に突っ込んだ。残り二人は冷や汗を流しながら後ずさりする。
「どう、あたしに近づいてもいいことはないよ。さっさと帰ったら?」
やっとのことで火を消し、雪から頭を出した丸禿げになった男がふらふらと立ち上がると、晴代をにらみつける。
「どうせ、てめえの力は手で触れなきゃダメなんだろ。だったら、三人一緒にかかれば、てめえはおしまいだ。死ねや!」
三人とも三方向から晴代に向かって近づいてくる。
確かに男たちの言う通りで、晴代は一対一の近接戦闘ならかなり強いのだが、それ以外となると極端に弱くなる。誰か一人、両手を使って上手く二人を倒したとしても、残りに切りつけられれば終わりだ。
しかし、今はバックアップの存在がいる。
晴代とは逆に、遠距離攻撃、対多数に有効な存在が。
「ぐはああああああ!」
突如、通りに暴風が吹き荒れ、男三人は吹き飛ばされた。そのまま地面に叩きつけられる。次に、男の隣の雪壁に攻撃を加えようと、風華は指を横へ流すように動かした。
指の動きと同じように横方向に衝撃波でえぐり取られた雪壁はバランスを崩し、男たちの上に倒れ込んだ。そのまま男たちは雪に埋まってしまう。
男たちは何とか、息だけでもしようと雪から顔は出すことができたが、それ以上は何もできずにもがいていた。
「風華ちゃん、ナイス!」
晴代に褒められ、風華は照れくさそうにしていた。
「二人とも、無事か!」
通りから、霧矢と霜華が走ってくるのが見えた。霧矢は雪道にしてはやたらと走るのが速い。霜華はかなり後ろを走っていた。
「晴代、風華。無事だったんだな」
霧矢は雪に埋まっている男を一瞥すると、呆れたような表情で二人を見た。
「お前らで倒したのかよ……」
「霧矢だって、マジックカードで倒したことあるくせに…」
風華が嫌そうな表情で霧矢を見ると、一足遅れて、霜華がたどり着く。
「霧君。足速すぎだよ。何でそんなスピードで走れるの?」
ひいひいと息を吐きながら、霜華は壁に寄りかかる。霧矢としては、速くなりたくて速くなったわけではない。暴力的な女子から逃げているうちに、自然と速くなってしまったに過ぎない。雨野から逃げるために霧矢の足は短期間で究極の進化を遂げてしまった。今では学年で数本の指に入る俊足である。来年の体育祭の選抜リレー選手の候補になっている。
髪の毛が焦げ、一部で丸禿げになっている男を見ると、霧矢は晴代に呆れた視線を向けた。
「何よ。あたしが悪いみたいな表情を浮かべて」
「男として、この年齢でハゲてしまうのは死の次に悲しいことだぞ。いくらなんでもやり過ぎじゃないのか」
哀れにも焼き尽くされた毛根に黙祷をささげている霧矢を見ながら、霜華は氷の矢を男のまわりに撃ちこむ。人型をかたどったように矢は等間隔で地面に突き刺さった。
「これでもうこいつらは身動き取れないはずだよ。私も直接攻撃はしたくないから、これで十分だと思う」
霧矢は霜華の言葉にうなずくと、男たちから離れたところに立った。霜華は続ける。
「とりあえず、塩沢さんが来るまで待った方がいいと思うよ」
霧矢も同意する。霜華の言う通りにするのがいいだろう。とりあえず、面倒事の解決は塩沢に任せてしまった方がいい。彼はその道のプロフェッショナルなのだから、適当な方法を教えてくれるだろう。
何か大切なことを忘れている気もするけれど。