表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第三章
22/50

師走騒動は終わらない 2

「塩沢か、何の用?」

 霧矢は電話に出ると、面倒くさそうな声で答えた。しかし、霧矢の声のトーンに反して、塩沢の声は切迫していた。

「霧矢君。今から言うことをよく聞け。君の家が今狙われようとしている。今すぐ、霜華君と風華君で応戦する準備をしてくれ。相川さんがヘリを借り切った。三十分ほどで着くだろうが、それまで持ちこたえろ」

 霧矢が言い返す前に電話は切れてしまった。霧矢はよくわからず、そのまま座っていた。しかし、次の瞬間、帰り支度をしていた晴代の声が玄関の方から聞こえてきた。

 ドタドタと慌ただしく晴代が駆け込んでくる。

「どうしたんだよ、いったい。古い造りなんだから走るな。床が抜ける」

「前の通りに、この前塩沢さんの写真の女の子、魔族だと思うけど、魔力を放出していない人が倒れてた!」

 霧矢は眉を吊り上げた。ポケットから例の金髪少女の写真を取り出して、晴代に見せた。

「そうそう、この人。間違いない」

 晴代は契約主なので魔力を見ることができる。この点では晴代の言うことは信頼できる。晴代に風華と一緒にいるようにと頼むと、霧矢は霜華を呼び、表に出た。


「霧君、いったい何だっていうの?」

「魔族の襲撃があるらしい。で、表にも魔族が倒れているらしい。何がなんだかさっぱりだ。あと、数十分したら塩沢が来るらしい」

 さっぱりわからないといった表情で、霜華は雪の降りしきる表に立っていた。わからないのは霧矢も同じで、霜華の質問には答えることができなかった。

 警戒しながら、霜華は氷の剣を作り出して構える。霧矢はゆっくりと歩きだし、雪に埋もれている女に近づく。

「霜華、こいつ魔族だよな?」

「うん。契約主ではないと思う。魔力を放出してないのに契約の紋様がないもん。未契約の魔族だと思う」

「だったら、放っておいたらまずいんじゃないのか? お前みたいにハーフだったらともかく、純血だったらそのうち魔力切れを起こして死んじまうだろ」

 霧矢が懸念を浮かべると、霜華は深刻な顔つきで、女の上に積もった雪を払う。

「そのまさかだよう。もう魔力切れを起こしかけてる。今日明日までは持つだろうけど、それ以上はきっと無理だと思う」

「こいつの属性はわかるか?」

 霜華は霧矢のコートのポケットを指さす。霧矢は魔力分類器を取り出す。

「その魔力分類器は高性能だから相手が契約主や魔族であっても区別できると思う、まあ私は、直接相手の体に触れてみれば魔力を感じることもできるけど」

 霧矢は筒を目に当てる。人間とは違って多くの魔力は放出されていないが、肌に薄い色がかかっているのを見ることができた。霜華も脈をとるように彼女の腕を触る。

 彼女の色は茶色だった。つまり属性は土。霜華も首を縦に振る。

「僕が契約すれば何とかなるか?」

「属性的には霧君と契約は可能だけど、ここまで相手が衰弱している以上、一致しているほうがいい。それ以前に、契約は相手が動けないとどうにもならないし……」

 現在彼女が気を失っている以上、契約を行うことはできない。何とか体力だけでも回復させ、土の属性を持つ契約主候補の人間を探し出す必要がある。

「とりあえず、理津子さんみたいな風の人間には近づけない方がいいよ。さらに弱らせちゃうことになるからね。土の魔力が多いところで安静にさせておかないと…」

「土の魔力が多いところねえ……」

「そのための魔力分類器だよう。本来は肉眼で観測できないような微弱な魔力でも探知できるようにと作られたものなんだから。とにかく土の魔力が多いところを探して」

 筒を覗き込みながら霧矢はあたりを見回す。土の魔力が大きい場所は……

 霧矢が指さした方向に霜華は視線を向けた。

「そこでいい。運ぶよ。霧君」


「まさか、こいつがこんなところで役に立つとはな……」

 子供の時に使っていたそりに女を乗せ、霧矢は商店街を歩いていた。霜華はあたりを見回しながら警戒している。

「とりあえず、まわりに敵の気配はないよ。塩沢さんが言っていた襲撃してくる魔族ってこの人のことじゃないの?」

「そんなバカな。契約すらしてない魔族をよこしたりするか? 今にも死にかけてるんだぞ」

 霜華もその点については同意見らしい。同じように首を傾げている。

「ここでいいか?」

「うん。十分。土の魔力が多いところといったら、やっぱり温泉だね」

 休日ではあるものの、大雪のため、スキー場の温泉街の足湯コーナーには誰もいなかった。むしろ見られたくないのでいない方が助かるが。

 霜華曰く、無理につからせる必要はなく、近くにいるだけで多少魔力の消耗を抑えることができるらしい。温泉は、火、水、土の三属性を多く放出しているが、火と水は相殺されてしまうため、霜華のように水の魔族や火の魔族にはあまり効き目はないらしい。しかしその反面で、土の魔族にはすべての属性を活用できる。

 落ち着いたところで、霧矢は塩沢の電話番号に電話をかけた。しかし、電話に出たのは探偵助手ではなく、霧矢のよく知っている女子高校生だった。


「三条、無事なの?」

「か…会長! 何で塩沢と一緒にいるんです?」

 霜華も驚きの表情を浮かべた。その中で、受話器の向こうではバラバラというプロペラの音が聞こえている。

「今、助手さんは出られなくて、私が代わりに出たんだけど、そっちもいろいろ面倒事に巻き込まれてるみたいね」

「……とりあえず無事です。塩沢に伝言を頼みます。襲ってきたのは例の写真の魔族だったと」

「了解。さっきまでこっちもいろいろあってね。塩沢が一人敵を倒したんだけど、まあ詳しいことは後でね」

 電話が切れると、霧矢はため息をついた。足湯の湯煙を吸い込みながら霧矢は椅子に腰かける。霜華も同じように東屋の中でため息をついた。


「何で、僕たちってこんなに面倒事に巻き込まれるんだろう……」

「私たちがいけないのかな……」

「そうかもな。お前が来てから変なことに巻き込まれるようになった。リリアンにしても、今回にしてもだ」

 鉛色の空を見ながら霧矢は棒読みの口調で答えた。霜華は霧矢を見て、

「霧君、怒ってる?」

 心配そうな表情で霧矢を見たが、霧矢の表情は怒りというより、あきらめだった。

「今更そんなことを言っても、しょうがないだろ……これからどうするか、だろ」

 霜華を見ずに、力の抜けた表情で天を仰いでいた。

 霧矢は思う。自分は中途半端なエゴイストだと。この前はそれをやめてやると言ったけれども、結局はそれすらエゴだったのかもしれない。

 そもそもエゴって何だろう。自分の利益を追求すること? だったらエゴイストじゃないやつなんているのか?

「霧君」

 常に利他的に振る舞う人なんていないし、常に利己的に振る舞う人もいない。必ず人間は中途半端にどちらかを選んでいる。

「霧君」

 要は、比率の問題だろう。利己的になるのと利他的になる比率。そのバランスが崩れた人間がこの世界で生きていくのは難しい。でも、その比率はどれくらいならいいのだろう。

「霧君ってば!」

 何度か霜華に呼びかけられ、霧矢ははっと我に返った。

「この魔族、意識を取り戻したみたいだけど、どうするの?」

 霧矢は少女を見ると、もぞもぞと動いているのを確認できた。霧矢は身構えながら、立ち上がる。霜華は一切の警戒を見せずに彼女を揺さぶった。

「大丈夫?」

「……はい…」

 焦点の合わない目で東屋の天井を見ていたが、明らかに衰弱している。霧矢は知っている土の属性を持つ男に電話をかけた。


「はい。何の用だ。三条」

「急用ができた。お前に仕事を頼みたいからすぐに電車に乗って浦沼駅まで来い」

「今は立て込んでる。明日スキーでそっちに行くからその時にしてくれ」

「霜華と風華、晴代のお願いでもあるんだが」

「すぐにこの俺様、西村龍太が駆けつけるぜ。待ってな!」

 プツンと電話が切れる。いつでも女が絡むと扱いやすい人間だと呆れた。

「霧君は、契約主候補に西村君を選んだわけ?」

「まあな。土の知り合いで頼れそうなのはこいつ以外いないしな。この商店街の誰か適当な人ってわけにもいかないだろうし」

 正直な話、西村に頼るのは癪だったが、彼以外に適任はいない。これ以上魔族の存在をまわりに知らしめてしまえば、ますます穏やかならない状況を作り出してしまう。

 西村と彼女を契約させてしまうというのもあまり気が進まなかったが、土の属性を持ち、魔族の存在を知る人間は、彼以外いない。

「塩沢さんが来るまで、あとどれくらい?」

「あと十分くらいだ。そろそろ、ヘリが来てもおかしくはないんじゃないのか?」

「この人どうするの?」

 霜華がまだ、力が入らずに仰向けで寝ている女を指さしながら尋ねる。霧矢は何も答えずに降りしきる雪とともに黙っていた。

 しかし、霜華ははっとした表情を浮かべると、顔色が一気に変わる。

「ねえ、もしかしてこれって、敵の策略かもしれないよ」

 霧矢がキョトンとした表情を浮かべると、霜華は早口でまくしたてた。

「私たちを引き離して、晴代と風華を狙っているかもしれない。もしかしたら、まずいかも!」

 霧矢の背中に冷や汗が走る。確かに、刺客が彼女一人だけというのは明らかに不自然だ。彼女はおとりで本来の敵が襲撃をかけようとしていると考えても何らおかしくはない。

「急ぐよ! 霧君!」

「ああ!」

 足湯の隣で仰向けに寝ている女を置いて、霧矢と霜華は走り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ