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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第三章
21/50

師走騒動は終わらない 1

「初めまして、当事務所にどのようなご用件でしょうか」

 エレベーターから降り、塩沢は集団ににらみを利かせる。慇懃な口調だが、敵意を含めた口調に、男たちは眉をひそめた。

「俺たちの目的は一人だけだ。相川昭二を出してもらおうか」

 チンピラ風のガラの悪い男が塩沢に乱暴な口調のまま、近づいてくる。塩沢はピクリとも動かずに、男の正面に立った。

「相川は現在、他の用事がありまして応対できません。私が代わりに用件をお聞きします」

「なあ、兄ちゃん。わかってんだろ、俺たちの狙いくらいよう。わざわざ、主力メンバーが全員出払ってる時に来たんだ。俺たちが欲しいのは相川昭二の命なんだよ」

 男たちは武器を取り出し、戦闘態勢に入る。塩沢はまだ動かない。

「この仕事の都合上、敵を作るのは慣れているけどな。ここまで堂々と殺しに来たのは初めてだ。褒めてやる。ゴミども」

 男たちが塩沢に言い返す前に、塩沢はポケットに入っていたダーツの矢を一人に向かって投げつけた。すさまじい速さで飛んだ金属の棒は男の顔の横数ミリのところを通過し、壁に突き刺さった。

「お引き取り願おう。さもなくば、次は当てなければならない」

 男の顔を冷や汗が伝う。後ろにいた魔力を放っていない襲撃部隊のリーダーらしき男が、感心したように言う。

「その身のこなしと、魔力を放出しているところを見ると、なるほど。貴様が葬儀屋―モーティシャン―塩沢雅史だな」

「………そんな痛々しい二つ名を口にするな。ただ、勝手にそう呼ばれているだけに過ぎない。俺の名は塩沢雅史、それ以上でもそれ以下でもない」

「私は芹島夏雄。異能を持たない凡人風情が随分と大きな態度をとるものだ。貴様はもう楽に死ねると思うなよ」

「……その名は聞き覚えがあるな。八年前のあの事件の実行犯の一人。まさか、わざわざ東京から出てくるとはな」

「やはり、相川探偵事務所の調査力は素晴らしいな。あの時は下っ端だった私までつかんでいたとは」

 リリアンと行き違いになってしまったとは、皮肉としか言いようがない。殺害予定の一人がわざわざこちらに出向いてくるとは。

 芹島は手を伸ばすと、魔力を込める。塩沢は動く。

「くたばれ!」

 芹島の影から黒い槍が浮かび上がる。次の瞬間、槍は無数に分裂し、塩沢に向かって襲いかかる。塩沢は表情一つ変えずに、

「甘い」

 一瞬で手を伸ばし、近くにいたチンピラの男の襟首をつかみ、ものすごい速さで引き寄せる。

 黒い刃と赤い飛沫の色彩が白い壁を彩る。何本もの黒い刃が突き刺さり、異様なオブジェと化した男は絶命しその場に崩れ落ちた。

「少しはできるようだな。最弱とはいえ、さすがは相川探偵事務所のメンバーと言っておこうか、無能力者」

「無能力が弱いと決めつけた時点でお前はすべてを間違えている。今度はこちらから行くぞ」

 塩沢はベルトにつけたケースから一気に拳銃を抜き取る。銃声が聞こえたかと思うと、芹島以外の男は利き手の甲を打ち抜かれ、全員武器を取り落としていた。

「その銃弾には、致死量の猛毒が仕込まれている。経口摂取では大した毒ではないが、傷口から直接血管に入れば確実に死に至る。助かりたかったら、一人分しかないがな…さあ、早い者勝ち、だれが勝つのかな」

 塩沢は懐から注射器の入ったケースを放り投げる。チンピラたちはいっせいに群がる。もはやそれは無残だった。とにかく助かりたい一心で、武器を拾い上げて殺し合いを始める。

 結局、最後は二人になったが、相討ちになった。結局助かったものはいない。塩沢はにやりと笑いながら、芹島をにらみつけた。


「さて、ゴミは残り一人、お前だけだ。裸の王将の気分はどうだ?」

「もともと連中などをあてにした覚えはない。貴様など私一人で十分だ」

 芹島は槍をつかむと塩沢に向かって投げつける。

 おそらく、彼は闇の契約主、魔族にしては攻撃のバリエーションが少なすぎる。影から闇の力を変形させて操る能力だろう。いずれにしても、攻撃は単調なものにならざるを得ない。

塩沢は拳銃を構えて芹島の攻撃を横方向に飛びのいてかわすと、数発を撃ち込む。芹島は影で防壁を展開し、銃弾を受け切った。

「その程度の攻撃、簡単に見切ることができる。貴様は銃以外にまともな攻撃手段を持っていない。勝ち目は万に一つもない」

 塩沢は物陰に隠れながら、芹島の出方をうかがう。確かにあの防壁は面倒だ。まともに攻撃が通らなければ、持久戦となり不利になるのはこちらの方だ。

 異能の力は基本的に異能か、異能でないなら数倍以上の力を持つ攻撃で応戦しなければ通用しない。あいにく、塩沢はマジックカードを持ち合わせていない上に、建物の中で爆弾やショットガンを使用するわけにもいかない。防音設備はあるが、そこまで大きな音を出せばまわりに聞こえてしまうし、建物が持つと限らない。

(水葉なら数秒で倒せるのだろうが……)

 塩沢でダメなら、相川もダメだろう。今ここに異能が使えるメンバーは残っていない。倒せないこともないだろうが、勝算はあまりない。しかし、ここを放棄して逃げるわけにもいかない。やはり戦う必要がある。

(……仕方がない、修理が面倒だが、あれなら効果があるだろう)

「どうした。やはり貴様はその程度か」

 見下すような声で芹島はボロボロになったホールに立っていた。塩沢は弾倉を交換すると、階段の方に向かって駆け出す。

「逃げるとは軟弱な。敗者には相応しいがな」

 黒い矢を回避し、塩沢は階段を駆け降りて地下へ向かう。駐車場の車の陰に隠れた。

 芹島も階段を下りてくる。塩沢はチャンスを待つ。

「やれやれ、私はかくれんぼ好きではないのだが……」

 無防備な様子で地下駐車場の鋼鉄の扉を開けた。

 塩沢は車の陰から躍り出ると、銃が芹島に向かって火を吹いた。しかし、銃弾は芹島にではなく、脇の配電盤に命中した。警報が鳴り響き、防火扉がロックされる。

「ここで外すとは、貴様もとことん運が悪い。所詮は異能を持たない凡人。相川ともどもここで死ぬのが定めだ」

 薄笑いを浮かべながら、芹島は塩沢に向かって腕組みしながら勝ち誇った。

 しかし、塩沢は慌てなかった。むしろ、笑っていた。


「死ぬのはお前だ」


「何だと?」

「聞こえなかったのか。この密室に閉じ込められた時点でお前は負けだ」

 塩沢は拳銃を数発芹島に向かって撃ち込む。平然とした様子で、影から防壁を展開し、銃弾を受け切ると、数本にも枝分かれした影の槍が塩沢に向かって襲いかかった。

 しかし、塩沢は拳銃を使わず、芹島の正面に向かって走り出した。しかし、身を守るものは何もなく、このままでは塩沢は確実に絶命する。それでも塩沢は前方に向かって走りだすと、芹島の横の物体を撃ち抜いた。


 次の瞬間、芹島の背後で爆発が起こった。

 爆風のあおりを受け、芹島は吹き飛ばされる。塩沢は車の陰に飛び込むようにして隠れ、爆風をやり過ごした。地下駐車場という狭い空間では爆風はすさまじい威力を誇る。塩沢も車がなければ重傷を負っていただろう。

 地下駐車場のスプリンクラーが起動し、あたりに水が降り注ぐ。

 塩沢が銃弾を命中させたのは、ガソリンタンクとその配電盤だった。弾が命中し、電気回路がショートし、火花が気化したガソリンに引火し爆発した。

 びしょ濡れになりながら、塩沢は仰向けに倒れている芹島の四肢のすべての関節を銃で撃ち抜いた。痛みにうめく芹島に近づき、塩沢は頭に銃口を向ける。

「異能ばかりに頼るとこうなる。せっかく契約主となったのに、ここで死ぬ。契約魔族はさぞ哀れだろうな。新しい相手が見つからなければ、数日以内に衰弱死だ」

 芹島は自分の影から剣を取り出そうとするが、関節がすべて破壊されている以上、どこの部位も動かせなかった。顔中に汗をかきながら、塩沢を見つめる。

「お前は自分の愚かさを自覚すべきだったな。心理戦に簡単に引っかかるような手下を引き連れ、異能だけに頼って俺たちを襲撃しようとしたんだからな」

「心理戦だと……?」

「毒なんて入っていない。普通の銃弾だ」

 芹島は苦々しい表情を浮かべた。塩沢は続ける。

「俺たちを殺そうとした以上、自分も死ぬかもしれない覚悟くらいしてきたはずだ。違うか? それに……俺もお前らには個人的な恨みがあるしな」

 恐怖に囚われ、芹島の顔は青白くなった。塩沢は引き金を引いた。


 塩沢の使用した拳銃は、軍用の大型のものだ。普通の人間が扱うには重すぎるが、その反面で抜群の殺傷力を持つ。男の顔面は、もはや原形をとどめてはいない。

 復讐で満足したという感情は浮かんでこない。あの事件が塩沢に与えたものは、燃えたぎるような復讐を求める感情ではなく、罪もない人たちを守れなかった後悔だったからだ。今更、仇の息の根を止めたところで、塩沢が得たものは、男の返り血だけで他には何もなかった。


 動かなくなった男の懐を塩沢は漁った。何らかの情報が欲しいと思い、手帳を抜き出した。

 パラパラとページをめくると、今日の日付のところに、襲撃と書いてある。しかし、塩沢はそのページを見て固まった。


 十二月二十三日 相川探偵事務所・復調園調剤薬局 十四時

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