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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第二章
17/50

平穏の終わり 9

「雨野護さんは本日、検査のため、面会謝絶となっております」

「………忘れてた」

「そんな大切なことを忘れるな」

 護の病室がもぬけの殻なので、二人は病院の受付に聞いていた。塩沢はうんざりした表情でベンチに腰掛けた。雨野はバツの悪そうな顔を見せた。

 雨野は塩沢の隣に腰を下ろした。

「どうしよう?」

「俺に聞くな。帰りたかったら送るぞ。俺も生憎ここ数日は暇なんだ。まあ、君らの護衛や連中の調査という仕事もあるんだが、今のところどうってことはない。どこか寄りたいところがあるなら連れて行くが、どうする?」

「じゃあ、恵子の家に久々に行ってみようかな。この町の郊外にあるんだけど」

「有島恵子、光の魔族のハーフ、上川晴代の契約魔族だったな」

 塩沢は完全に有島の情報をつかんでいたらしい。雨野は舌を巻く。

「そうよ。まあ、もうすぐ昼時だし、午後になってから行った方がいいかも」

「どこで何をして時間を潰す気だ?」

 そこまで言われて雨野は黙り込んでしまう。特にやりたいことなどなかった。

 しばらく考えているうちに、雨野はあることを思いついた。

「ねえ、リリアンさんの事件ってどこら辺で起こったの?」

「……そこに行きたいのか?」

「ええ、遠いの?」

「高速を使って一時間半くらいだ。午後まで時間を潰すならちょうどいいかもしれん」

 時計を見て、塩沢はうなずく。しかし、雨野は塩沢の瞳に映る何かを見逃さなかった。


「……あんた、あの事件に何かしら関わってるでしょ」

 塩沢は黙っていた。無言で立ち上がると病院の出口に向かって歩き出した。

(………お見通しとは、この子は本当に只者ではないな……敵に回したくないものだ)

「……まあ、想像に任せる」

 話を終わらせると、塩沢は雨野を車に乗せる。病院の駐車場から勢いよく車が飛び出した。


「さて、飛ばすぞ。酔わないように気をつけな」

 制限速度を大幅にオーバーしたスピードで高速のインターチェンジに向かって、車は町を駆け抜けていく。高速に入ると、車はさらにスピードを上げた。追越車線に入りどんどん前の車を抜いていく。

「ねえ、いくらなんでも、警察に捕まったらまずいでしょ」

「警察に捕まるほど俺は間抜けじゃない。知ったことか」

 高速道路でどんどん北へ向かっていく。海に近づくにつれて、雪の量は減っていく。


「…そろそろ着くぞ。町の中心街のアーケード街だ。そこであの事件は起きた」

 高速を降りて下道を走るが、大雪に伴う渋滞でなかなか進まない。塩沢はイラついた様子でハンドルを指で叩いていた。

 予定よりもかなり遅れて、雨野たちは町の中心街に入った。

「大雪でも活気があるわね」

「まあな。うちの事務所はこの町の郊外にあるんだが……」

 人口は百万には達しないものの、それに準ずる規模の街だ。大雪であっても街を歩く人の数は多かった。

 デパートの裏の駐車場に車を止めると、二人はアーケード街を歩く。


「ここだ」

 人ががやがやと行き交う中で塩沢はつぶやいた。雨野は人ごみの中で何人もの人が亡くなった地面の上に立った。

「………ここで、たくさんの人が……」

「ああ……八年前のイブに、ここで起きた。リリアンの弟と両親もここで死んだ」

 本当にここはかつて多くの人が死んだ跡とは思えないほど、にぎわいに満ちていた。クリスマスギフトを買う人でアーケードはあふれかえり、道行く人はみな幸せそうな表情だった。

「ここに花を供える人も昔はいたが、今はもういない。この国の人間は忘れやすい。あんな事件が起こったことを記憶にとどめている人など今は数えるほどしかいないだろう」

「そうね……私も、リリアンさんの話を聞くまでは完全に頭の中にはなかったわね」

「だろうとも。俺だって、君みたいに事件と無関係だったら何も思わないだろうさ」

 息を吐いてアーケードの屋根を見た。雨野は塩沢の顔を見た。

「無関係じゃないなら、どうして復讐したいと思わないわけ? 異能がないなら私みたいに魔族を探し出して契約すればいいのに。まあ、その力が私みたいに役に立たなかったらダメだろうけど」

「……俺と犠牲者はそれほど近い関係じゃなかった。そのせいなのかどうかわからないが、俺の意欲はリリアンとは違って復讐よりももっと別の方向にある」

 握り拳を胸に当てて、塩沢は黙祷する。背の高い男がそのようなポーズをとっているのを見て、通行人は変わり者を見るような目で見ていた。

 雨野も目を閉じて、亡くなった人を悼んだ。せっかく生きようとしていたのに、突然、予期せぬ形で自分の人生を破壊されたのだ。さぞかし残念だっただろう。

 そして、それだけにとどまらず、多くの人の人生を狂わせてしまった。リリアンをはじめとした遺された人々は、何を思っただろうか。何もできない警察や司法に対する失望、あるいは自分自身に対する嫌悪、いろいろあっただろう。

「どうして、連中は無差別に人を殺すような思想に至ったのかしらね……」

「……選民思想をはるかに超えた、もはや差別思想だ。殺戮を救世の手段とする。選ばれし彼ら以外の無能で役に立たない人々を殺戮することで、増えすぎた愚民を淘汰し、それが救いへの第一歩となる……らしい。そのために、魔族の力を利用したい。非科学的な力を使えば、マークされにくいし、より神秘性も高められる。それだけのことだ」

「……ふざけた話ね」

「……そう思う人が多いだろう。ただし、彼らからしたら、それは絶対正しいと思っている。ああいう集団にいると、個人の独立した思考力を失くす。失くさせることを目的としているのが特徴だ。そうでもなければ、ああいう集団は成り立たない」

 苦々しい顔で吐き捨てた。塩沢は続ける。

「……俺は何度でも言う。とにかく、何でも物事を深く考えろ。その物事の核心に何があるのかを常に意識しろ。俺の発言ですら例外ではない。疑わしいところがあったら絶対におかしいと思え。無抵抗に物事を受け入れるのは危険だ」

「…そうね。でも、私は、行動する。考えるけれども、優柔不断にはなりたくない」

「それでいい。ただ、すべて人の意見を鵜呑みにするな。自分の芯を持て。自分を見失ったらその時きっと役に立つ」

 戻るんだろ、そろそろ行くぞ、と言うと、塩沢は歩き始めた。しかし、雨野は気が変わった。

「恵子の家に行くのはまた今度の機会にする。ねえ、事務所に連れてってくれない? ここの近くにあるんでしょ?」

「………光里君、君は正気か?」

「機密上で無理?」

「別に見られても問題ないところしか立ち入らせないから構わないが、よくまあそんな裏の世界に足を踏み入れたいと思うものだな。下手したら死ぬかもしれんぞ」

 呆れたような表情で塩沢は、自信のこもった雨野の顔を見据えた。その表情に迷いはない。奇妙な笑みを浮かべ、楽しそうな雰囲気をまとっていた。


「……私の就職先候補にしたいのよね。見学を希望します」

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