平穏の終わり 8
「結局、夕食は肉で、しかも荷物まで僕が持つのかよ………」
「負けたんだから、当たり前よ。ほらさっさと歩いた!」
「こら、年上には少しは丁寧な言葉を使え!」
「そういう割には、霧君も私には普通に話してるよね」
「僕が言ってるのは精神年齢のことだ。お前は僕より年下だ」
霜華は外見年齢と精神年齢は霧矢と同じか下に見えるが、実年齢は十八だ。霧矢としてはこんな十八歳がいてたまるかという思いが強かったが。
買い物袋を両手で抱えて、霧矢はよろよろと雪道を歩いていた。お一人様一本限りのサラダ油を三本も買ったため、霧矢の袋の重量は軽く五キロを超える。袋の持ち手の部分が手に食い込んで痛い。
「霧矢もさ、もう少し体力をつけたら?」
「何が言いたい」
「明日、スキー行かない?」
「やだ。めんどくさい」
呆れたような視線で晴代は霧矢を見た。霧矢は重たい袋を持ちながら道を歩く。晴代はため息をつくと、
「文香も誘うつもりだし、西村君も誘う。霧矢が来れば楽しいと思うんだけどな……」
「お前、そんな暇あるのか?」
「あたし、もう課題は投げる気だから」
「おい……」
霧矢が険しい目つきで晴代をにらみつける。霜華も呆れの混じった笑顔を浮かべていた。
「……冗談よ。ちゃんとやります……って何よ。その疑いの眼差しは……」
「…お前が宿題を期日までに終わらせることができたら、スキー場で雪崩が起こるだろうな」
「ヒドイ言い草。あたしはやるときはやる女ですから」
霧矢は頭を振った。頭上に積もっていた雪が落ちる。
「お前、正月には二人を家に誘うんだろ? それまでに課題をきちんとやれるのか?」
「やってみなきゃわからない」
ふんぞり返って、晴代は腕を組んだ。三人とも無言で歩き出した。
「ねえ、ちょっと待って! 何であたしを置いて行くの!」
晴代と別れ、家に帰ると霧矢はテレビをつけた。大雪に伴って交通の乱れが発生していることが大々的に報道されている。いくら雪国でも、限度を越えれば交通はマヒしてしまう。事実、今日は車がないと町の外に出られない。というより、この雪の中わざわざ外に出たいと思う人はほとんどいない。
こたつに入りながら、風華は静かに晴代から借りたという本を読んでいる。タイトルからあらかた内容をネットで調べたらまともなものだったので、霧矢は許可している。晴代も相手の年を判断はできるらしいが、油断は禁物だ。
前に、霧矢が本を借りた時、赤面するような描写が普通にされていたことがあり、嫌な思い出と化している。そういうものが描かれているときは、あらかじめ断ってほしいと思った。
あくびをしながら、霧矢はこたつに入る。風華と向かい合う形ではあるが、視線を合わせずに突っ伏した。霜華は昼食の支度を始める。
心地よい眠気が霧矢を誘う。昼食まで寝るとしよう……