平穏の終わり 7
「ねえ、もっとまともに運転できないの? 酔いそうなんだけど」
「雪道を制限速度ギリギリでかっ飛ばすのが俺は結構好きだ」
塩沢の車の助手席に雨野は座りながら、身体をゆらゆらと揺らしていた。何でも屋の車らしく、車内にはいろいろな通信機や、何だかよくわからないメカメカしいものが大量に搭載されていた。
電車が止まっているため、護に会うためには車で向かうしかなかった。塩沢としては、ユリアの情報を集めておきたいと雨野に同行を求めたのだ。
しかし、ここしばらく車に乗ったことのない雨野にとって、塩沢の運転は地味にきつかった。助手席に座っているため、横方向の揺れは直接雨野を攻撃する。物理攻撃にかなり強い雨野でさえ閉口するレベルなのだ。おそらく、ここまで乱暴な運転では一般人は数分でもどすだろう。
「仕方ない…もう少し安全運転にするか……」
ブレーキを踏み、スピードを下げた。横揺れが収まり、雨野もまともに外の景色を眺めることができるようになった。
「やればできるじゃない。安全運転」
「敵に追いかけられたらこんなものでは済まないぞ。君にはそのケースにしまってある拳銃で敵の車のタイヤを撃ち抜いてもらうことになるからな」
平然と恐ろしいことを口にしたが、相手は雨野だ。別に何のためらいもなく「タイヤを狙うのね」と相槌をうった。塩沢は面白そうに笑うと、
「君はこの仕事の素質があるかもしれないな」
と、冗談交じりに語った。雨野が「それもいいかもね」と冗談で返すと、塩沢は真剣な顔つきになった。
「一つ聞いておきたいことがある。別に答えたくなければ答えなくてもいい」
真剣ではあるが、厳しくない声だった。雨野は次の言葉を待った。
「君は、リリアンに協力しようとしたのは、護君を助けるために秤にかけた結果、仕方なく、不本意ながら選び取ったのか、それとも、目的はともかく、リリアンの思想に賛同できたからなのか、どっちなんだ?」
今更聞くのもアレだが、と塩沢は付け加えた。
雨野は塩沢の方を向かずに、外の景色を見ながら答えた。
「………護を助けるためなら、何でもやろうと思ったのは事実。確かに、誰かを殺さずに済むのならそれを選びたかった。でも、復讐したいと思ったリリアンさんの気持ちもわからなくもないし、正しいとも思った。不本意でもないし、進んでやろうとしたわけでもない。護を助けることが第一目標で、あの時は何も他のことを考えてなかっただけだと思う」
「なるほど……では、冷静になってみると君はリリアンの考えについてどう思う?」
急カーブを徐行運転で曲がりながら、車は隣町を目指し続ける。
雨野は目を閉じて、リリアンのことを思い出す。あの薄ら笑いの奥でたまに瞳に映す悲しみの光を雨野は覚えている。
「………今でも、共感できなくはない。私だって、姉として、弟や家族が突然皆殺しにされたら、きっと復讐したいと思う」
「そうか……君はその答えを選ぶか……」
「ええ、恵子はきっと怒るでしょうけど、私は彼女の考えに賛成する」
有島は穏やかな性格だ。それはそれで決して悪くはないが、世間の悪意に対しては生ぬるすぎる気がする。確かに、自分は多少過激な考えを持つこともある。それは認める。でも、この考えが間違っているとは思えない。悪には制裁が下されなければならない。
「だったら、一つ忠告しておく」
塩沢は固い口調で雨野の顔を見ずに言った。
「その考えを持ったとしても、短絡的に動くな。常に物事を深く考えろ。その深層に何があるのかを常に意識しろ」
「……あんたの過去にそんなことがあったのかしらね」
「どうしてそう思う?」
「物事の深層を常に意識したら、そういう答えが出たのよ」
塩沢は「こいつは一本取られた」と言ってアクセルを踏み込んだ。雪を吹き飛ばしながら、車が国道を駆け抜けていく。