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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第二章
12/50

平穏の終わり 4

「なるほどね。そういうことか」

「いかにも」

 雨野家の応接間のソファーに塩沢は座っている。あたりは大量のゴミ袋が置いてある。散乱こそしてはいないものの、部屋の相当のスペースが埋め尽くされている。

「ところで、少しはきれいにできないのか。光里君」

「護が退院するまでには元に戻すわよ」

「いくら、親御さんがいないとはいえ、これは少しまずい。俺も高校生の時、親が家を空けていて、一人で暮らしていた時期があったが、ここまでゴミをため込んではいない」

「へえ、裏世界の人間でも高校には通っていたんだ」

「酒飲みの生徒会長には言われたくないな」

「バレなきゃ別にいいのよ。明後日には護が帰ってくるんだから、これで飲み納めよ」

 雨野は安物の焼酎を水割りでちびちびと飲んでいたが、塩沢はストレートで思い切り飲んでいた。見かけ通り、相当酒には強い。まあ、雨野も相当強い部類に入るのだが。

「まったく、飲むならもっといい酒を飲んだ方がいい。こんな安酒、エタノールを水で薄めて飲んでるようなものだ。クリスマスも近いのだから、そこそこ値段は張るが、この町のワイナリーの赤ワインなどが俺としてはおすすめだ。まあ、もう数年は飲む機会もないと思うが」

 こう見えて、酒にはうるさい性質らしい。

「君は、護君が倒れてから、ずっとこんな風に暮らしてきたのか?」

「そうよ。イライラしたら酒を飲んで、それでもだめなら、チンピラや不良を狩る。学校では優等生を演じる。それだけよ」

 塩沢はクスリと笑った。雨野は塩沢をにらむ。

「いや、君は俺の相棒に似てるなと思ったのさ」

「相棒?」

「今は、東京に出かけている。異能を使えるからな、リリアンの手伝いだ。俺は異能を使えないから、別の仕事を割り当てられたというわけだ」

 その相棒はマジックカードを使うのだが、魔族の作るマジックカードとは理論が根本的に違うものらしい。本人以外は扱えず、塩沢にも仕組みがよくわからないそうだ。

「まあ、この世界の異能を持つものは、魔族や契約主に限らない。また違った力を持つ者もいるのさ。そいつと出会ったのは高校の時だったが、そいつと君はいろいろと性格が似てたのさ。学校じゃ優等生らしく過ごして、本当の姿は……ってな」

 焼酎を一気に飲み干す。しかし顔はまったく赤くならない。

 塩沢は真面目な顔に戻ると、話し出した。

「護君が目覚めたのはいい。ただ、ご両親は戻ってくる気配はあるのか?」

 きつい質問だが、と塩沢は付け加えた。雨野は無表情のままグラスを傾けた。彼は別に思いやりがないわけではない。人の強さを信じているのだとはわかる。しかし、雨野はその質問を平常心のまま答えることは難しかった。

「………ついさっき、連中が来る前に親に電話をかけたわよ……」

 雨野は目を閉じる。塩沢は自分のグラスに焼酎を注いでいく。

「電話の相手が、私だとわかったとき、開口一番に何と言ったと思う? 奇妙なことに二人とも同じことを言ったけど。私から電話したことなんてここ数か月一度もなかったのに」

「さあな。ただ、ろくでもないことを言ったとは予想がつくがな」

「……『いくら足りないんだ? すぐに送る』だって。それはまだ許せるにしても、護が目を覚ましたと言っても『そんなことで電話なんてするな。すべてお前に任せる。勝手にやってくれ。来月からは二人分の生活費を送る。それでいいな?』とか……ふざけてる……」

「だから、さっきのチンピラどもを腹立ち紛れにフルボッコにしたってわけか?」

 雨野は苛立ち紛れにコップの液体をすべてあおった。顔に赤みがさす。

 あの時は危うく感情に任せて、家の電話を壊すところだった。せっかく、電話したのに、護が目を覚ましたことなんてどうでもよく、お金の問題としか考えていなかった。

 あの瞬間、護が目を覚ました嬉しさがあっという間にしぼんでいった。幸せは半日も持続しなかった。もしかしたら、また家族でクリスマスを過ごせると思っていたのに、その願いは裏切られてしまった。

「……近くにいてくれる家族が一人でもいるなら、まだましだ。俺は君とは比べものにならないほど不幸だった女の子を一人知っている」

 渋い顔で塩沢は焼酎を口に付けた。

「その子は虐待を受けていてな。顔中がタバコの火で火傷だらけにされた。昔の友人からもそれを気味悪がられ、拒絶された。頼るものは誰もおらず、ただただ孤独に過ごしていた」

「………それで?」

「しかし、彼女にはまだ救いがあった。頼るべき仲間、友達がいたからだ。そう、彼らの存在によって、彼女は生きる気力を持ち続けることができた。事実、幸せに生きることができた」

「……で、何が言いたいわけ?」

 苛立ちながら、雨野は塩沢をにらみつけた。塩沢は雨野の瞳を見据えて、

「少なくとも、君には護君という弟がいるし、霧矢君や霜華君という友人、風華君という契約魔族もいる。孤独ではないし、彼らが君に幸せを与えてくれるはずだ。だからそう嘆くことはない。リリアンだって、エドワードのおかげで生きる気力を持ち続けてるんだ」

 雨野はうなずいた。しかし、その言葉の反面で、ある事実を思いついた。

「ねえ、あんたが言ってるその女の子って、幸せに生きることが『できた』と言ってたけど、何で過去形なのかしらね……」

「………」

「やっぱりね。人間なんてそんなもんよ。幸せの数倍の不幸がある。運のいい一握りの人間だけが幸せと不幸の比率の差が少しで済んでるだけのことでしょ?」

 焼酎を水で割らずにそのまま飲んだ。雨野の顔がさらに赤くなる。

「その年でヤケ酒を飲むものじゃない。体を壊すし、下手したら依存症になる」

「そうね………もう今日はやめにするわ」

「仕事柄、俺は人の闇に嫌と言うほど触れてきた。だが、君はまだ救いようがある。むしろ、その程度で腐るなんて論外だ。だから、気を落とすな」

「そうね……まあ、護が起きたんだから、それ以上を望むなんて贅沢ってもんかしらね」

「贅沢とは言わん。それくらいの望みを持つ権利はある。ただ、俺が言いたいのはそれが叶わないからといって、変な方向に走ってはいけないということだ」

 雨野は酔って焦点がゆがんできたが、塩沢を見た。

「と……言うと?」

「そんな風に、酒に溺れたり、不良を叩きのめしたりするなと言いたいんだ。そうでなくとも、連中のようなカルト教団は、人の暗闇を狙ってくる。そういう連中には気をつけろ。できれば君と敵として再会するなんてことにはなりたくないからな」

「救世の理ねえ……」

 塩沢から聞いた話は、有島が話していたことと一致していた。世の中には穏やかではない連中もいるものだと思う。


「ところで、塩沢さん、あんた探偵の助手って言ってたわよね」

「そうだが?」

「ユリア・アイゼンベルグっていう闇の魔族を知らない?」

「……ちょっと待て、調べてみる」

 塩沢は小型の端末を取り出すと、てちてちと打ち込み始めた。

「……ユリア・アイゼンベルグ…闇の魔族………」

 塩沢の眉が動く。雨野は塩沢の顔を見つめた。塩沢は深刻な表情で顔を上げた。

「…ど……どうしたのよ……?」

 雨野はうろたえていた。塩沢の瞳が非常に鋭く、憂いをたたえていたからだ。


「……ユリア・アイゼンベルグは、現在、教団に囚われている。そう、救世の理だ」


 雨野の酔いが急激にさめていく。背中に冷や汗が走った。

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