平穏の終わり 3
「……しかし、霧矢。面倒なことになったわねえ……」
「何でそんなに穏やかな表情なんだ。もっと心配そうな表情はできないのかよ」
理津子はまったくと言っていいほど、穏やかな表情をしている。もともと天然な母親だ。これが何を意味しているのかは理解していても、ことの重大性はまったく理解していないのだろう。
「霧君……晴代とか会長さんは大丈夫かな……?」
霜華が心配そうに聞く。霧矢も、敵が契約主も狙う対象にしていることを知っている以上、その懸念ももっともなことだと思った。
「私も……光里が……」
霧矢はポケットから携帯電話を取り出し、雨野の番号にかける。もはや、数日前から携帯電話は手放せない道具となってしまい、風呂以外の時は常に手元に置いている。
電子音が鳴ったが、つながらなかった。
「……つながらない……」
「じゃあ、晴代は?」
上川晴代の番号を選び、通話ボタンを押す。
「はあい! 何か用?」
数秒も経たないうちにハイテンションな声が聞こえた。霧矢は何も言わずに電話を切った。
「残念だが、あいつは無事だ」
ついでにこの時間限定で、着信拒否リストに追加した。しかし、雨野から連絡は来ない。
「……もしかして……光里……」
風華が不安そうな表情をする。あたりは沈黙が続いた。
五分くらい経って、霧矢の携帯電話の着信音が鳴った。
「会長からだ」
霧矢が通話ボタンを押して、話そうとすると、風華が霧矢から電話をひったくった。スピーカーホン状態にしてあったので雨野の声は霧矢たちにも聞こえる。
「光里! 大丈夫だった?」
「……その声……、風華ちゃん?」
「さっき連絡が取れなかったから心配したんだよ!」
「ごめんごめん。さっき、ナイフを持った変な男どもが家の前をうろうろしててさ……」
雨野が困惑した声で答えた。風華の顔が青くなった。
「全員速攻で倒したのはいいんだけど、変な男に絡まれて説教されてて……」
「変な男とは失敬だな。そこにいるのは風華君か?」
携帯をもぎ取る音が聞こえた。スピーカーから流れてきた声は塩沢のものだった。霧矢はため息をついた。
「塩沢。あんた、雨野会長のところに行ったのか?」
「霧矢君か。そうだ。彼女が狙われているという情報がさっき入ったから駆けつけたんだが、着いた時には俺はもう用無しだった。どうやら風華君の契約主みたいだが、呆れたじゃじゃ馬だな。本当に」
「じゃじゃ馬ってのは失礼な言い方だね」
「とりあえず、光里は無事なんだね?」
「無事も何も、彼女は一撃も浴びずに、武器を持った三人をあっという間に倒した。まったく……」
塩沢の不機嫌な声が聞こえてきた。
「君も含めて浦沼高校の生徒会は武闘派ぞろいだな。会長にせよ。君にせよだ。直接攻撃かマジックカードを使うかには差があるが、いずれにしても敵を倒し、自分の身を守る力は備わっているようだな。君たちは」
「それはどうも……」
塩沢は雨野に携帯を返したようだ。声の主が雨野に戻る。
「とりあえず、こっちは無事よ。そっちの大丈夫みたいだからここで切るわね。おやすみ」
雨野は電話を切った。霧矢は風華から電話を取り上げた。
「人が持っているものを勝手に奪い取るな。そういうのは一言言ってからだ」
「うるさい!」
霧矢の説教に対して、風華はツンとそっぽを向いてしまう。霧矢は苦い顔で携帯をポケットにしまった。
「とりあえず、もう何もわからん。僕は寝る」
またしても面倒事に巻き込まれ続けるのか……