帰ってみれば怒る腐女子あり
この小説は Absolute Zero の続編です。未読の方はまず先に前作を読まれることをお勧めします。
十二月二十二日 土曜日 晴れ時々雪
「きぃりぃやぁぁぁぁぁ……」
「さぁんじぃよぉぉぉ……」
昼ごろに家に帰った三条霧矢は二人の友人に詰め寄られていた。
「あたしたちを置いて行くなんてどういうこと!」
二人とも指をバキバキと鳴らしている。霧矢は冷や汗を浮かべながら後ずさりした。
「ちょ、ちょっと、落ち着け……二人とも……」
「うるせえ! 黙れ!」
「とりあえず死になさい!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁ!」
薬局に悲鳴がこだまする。
二人が怒っているのには訳がある。霧矢が二人を置き去りにして物事を解決してしまったからだ。もっとも、この二人も霧矢が誘っても起きようとせず寝落ちしたのだが。
よってたかって霧矢を袋叩きにしている二人の名前は、上川晴代、西村龍太という。
「霧矢、焼き殺される前に何か言い残すことは?」
晴代の右手が赤く光る。
上川晴代は本来、何の変哲もない女子高生だったが、魔族という異世界からやってきた存在と契約を交わしたことで、火の属性の術を操ることができるようになった。具体的には手で触れた物体を数千度まで熱することができるというものだ。
ちなみに、西村龍太は特に契約を交わしていないため、何の能力も持たない。霧矢も同様である。
「ちょっ! 契約異能はマジでシャレにならないって!」
「黙りなさい。風華ちゃんに会おうと思っていたのに、ここにいないし、雨野先輩も有島先輩もいないじゃない……」
こめかみに筋を浮かべながら、晴代は近寄ってくる。彼女の右手では空気が熱せられてゆらめいている。
「霜華! 何とかしてくれよ!」
霧矢は助けを求めるように、脇に立っている和服を着た少女に懇願する。彼女の名前は北原霜華といい、魔族と人間のハーフである。水の力を操り氷の術が使える、自称半雪女である。
「…まあ、晴代もそこまでにしてあげたら?」
「……霜華ちゃんがそういうのなら……まあ勘弁してあげるわ」
霧矢は息を吐き出した。命を取り留めてほっとしている。
北原霜華は一見、温和な女の子として振る舞っているが、実は冷血無慈悲な存在として魔族の中では恐れられている。殺した魔族は数知れず、その冷酷さから絶対零度―アブソリュート・ゼロ―という通り名まで持っている。しかし、そのことを知っているのは、こちらの世界では霧矢と彼女の妹である風華、そして光の魔族のハーフであり、霧矢の先輩で生徒会副会長、有島恵子だけだ。ちなみ彼女が晴代の契約魔族である。
向こうの世界で魔族が際限なく繰り広げる内戦による殺戮に辟易して、霜華はこちらの世界にやってきた。そして少し遅れて妹の風華もやってきた。
ちなみに、風華は偶然、有島の親友である生徒会長、雨野光里と契約した。そして霧矢にはなついていない。といっても、出会ってからまだ半日くらいしか経っていない。
とはいっても、風華は同じく出会ってから半日くらいしか経っていない雨野に対してあり得ないほどなついている。霜華以上かもしれない。
「ところで三条。結局、護は目覚めたとしてこれからどうするのだ」
固い口調でしゃべる眼鏡の女が一人霜華と一緒に立っていた。
彼女は木村文香といって、霧矢の通う県立浦沼高校の科学部員だ。晴代の親友で霧矢も中学校の時から彼女とは面識がある。
ただし、人に対して毒を盛ったり、対人兵器を開発したりするのが難点である。
「…どうするって言ってもな……それは会長が決めることだろう」
雨野には護という弟がいて、彼は長い間眠り続けていた。それが発端で霧矢たちはいろいろと面倒事に巻き込まれていた。つい数時間前に風華との契約異能で雨野が彼にかかっていた呪いを解いたのだが、それに際して、晴代と西村の二人を完全にスルーする形になってしまったので、こうして詰め寄られていたというわけである。
「とりあえず、風華に会いたいなら、もうしばらくしたら来い。昼になったら帰ってくるだろ」
「………きぃりぃやぁ……」
イライラした視線で晴代は霧矢を凝視している。霧矢は無視し、エプロンを身に着けた。
「とりあえず、遅れたけど復調園調剤薬局は営業開始。用がないなら帰れ」
レジカウンターの椅子に霧矢は腰を下ろした。しかし、晴代は霧矢に詰め寄ってくる。
「ねえ、あたしへの感謝の気持ちはないわけ?」
「ない」
「あ、そう……」
霧矢が無表情で即答したため、晴代の怒りは沸騰した。再び、右手が赤く光る。
「霧矢、もう一度だけ聞くわよ。あたしへの感謝の気持ちはないの?」
霧矢はため息をつく。霧矢としては、ちゃんと誘ったのに眠いと言って断ったのは誰だという思いが強かった。
「焼き殺される前に、逆に聞くぞ。もし僕を焼き殺す気なら、霜華と西村の二人にお前の秘密を全部ばらすぞ。それでもいいのか? 特にこの前の日曜日のこととか」
晴代がギクリと動く。二人は何のことやらと首を傾げた。
「……そ、それは……」
このことは学校では霧矢と文香しか知らない。
上川晴代は重度のオタクである。いや、授業中に漫画の男性キャラと男性キャラを組み合わせる妄想を繰り広げるほどである。詳しくは霧矢としても説明したくない。
「用がないなら帰れ。風華が帰ってきたら連絡するから」
客向けのおまけのポケットティッシュを投げつけると、霧矢は新聞を広げた。晴代は震えている。
「霧矢のバカァァァァ!」
涙ぐみながら、晴代は乱暴に店の戸を引くと駆け出して行った。霜華は唖然として銀色の道を走り去る晴代を見ていた。
「なあ、三条。上川の秘密って何なんだ?」
「それは聞かないであげてくれと、親友として頼みたい」
文香が残念そうな表情を浮かべて、西村の問いを遮った。丸眼鏡が太陽の光を反射して、白く光っている。
「で、どうするんだ。お前ら。お前たちは晴代と違って家は遠いから、会長が帰ってくるまでどうやって時間を潰す気だ? それとももう帰るのか?」
新聞の一面記事を眺めながら霧矢は問いかける。
「俺はそろそろ帰るぜ。一応一通りの事情は知ってるしな」
リュックを担ぎ、「よいお年を」と言うと西村は店を出て行った。しかし、文香は残りたいらしい。霧矢も別に構わないので適当に座って待ってもらうことにした。
「霜華、お前、今日は休んでていいぞ。たまには僕がやっておく」
霧矢の言葉に霜華は意外そうな顔をする。
もともと、霜華はこの家の居候なのだが、それではいろいろと不都合なので、薬局の店員としてアルバイトをしている。霧矢としては反対したが、母親にして店長にして薬剤師である理津子の評価は上々であり、町の老人や子供たちの人気もなぜかやたらと高く、薬局の看板娘として定着しつつある。
「いいの? 霧君一人で?」
「別に土曜日にはそれほど客は来ない。もともと母さんだけでもこなせるくらいだ。この三連休の間はゆっくりしててもいいぞ」
隣の内科・小児科診療所では、平日こそ老人や小さな子供でごった返しているが、土曜日は数人の成人の患者がいるくらいでそれほど混み合ったりはしない。
もともと、若者の少ない町であり、若者は医者にかかるときは、それなりに賑わっている隣町までドライブがてら行くことが多い。特に土曜日は帰りに大型量販店でゆっくりと買い物もできるのでなおさらだ。距離も十数キロメートルで、車ならそれほど時間はかからない。電車なら二駅、十分ほどで行ける。まあ、その近さがこの商店街をますます寂れさせているのだが。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ソファーに座りながら、待合客用の備え付けてある雑誌を読んでいる文香に霜華は耳打ちする。文香はうなずくと、脇に置いてあったコートを取った。
「すまんが、出かけさせてもらう。世話になった」
文香は霧矢に頭を下げると、コートを羽織って外に出て行った。霜華もそれに続く。
「おい、どこか行くのか?」
霜華は首を縦に振ると「晴代の家」とだけ答えて、そのまま店から出ていく。
「……相変わらず、薄着で出かけやがって」
霧矢はぼそりとつぶやいた。
霜華は氷使いで、しかも半雪女と自称するだけあって、寒さにはありえないほど強い。氷点下の中、薄手の着物やブラウス一枚にスカートで平然としているほどだ。
それはそれで利点なのだが、この寒い中、他人から見たら嫌でも目立ってしまうという短所もある。
「……まあ、いいか」
霧矢は新聞のページをめくった。