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小説

生き飽きている

作者: ちりあくた
掲載日:2026/08/12

 思うに生き飽きている。私は平生から飽き性だと言われ続け、その度重なる指摘にすら飽きてしまった。ともあれ、「受け入れがたい戯言」と片付けきれないのが私の謙虚さである。最初の記憶は四~五歳あたり、おもちゃ箱から翼竜のフィギュアを取り出しているところから始まる。何の変哲もない一軒家のリビングには、子供を抱え始めた家庭がどこも同じように、おもちゃやら父母の衣服やら仕事書類やら、雑多な光景がそれこそおもちゃ箱のように入り混じっていた。私は灰色のソファの前でうずくまり、黄色い箱から翼竜を取り出した。詳細な学名は知る由もないが、おおよそプテラノドンかケツァルコアトルスだろう。今も当時もそんなことはどうでもよかった。ただ、空を飛ばせれば良かったのである。それは多分、私が空を飛んでみたいだの、彼が空を飛びたいだろうだの、安易な感情故ではなかったように思える。かの竜が翼を持っているなら、それは飛ぶべきだという当たり前があった。だからこそ、彼をぎゅっと握って振り回し、天井にかざしたり窓へ向かって走ったりした。飛翔もどきを終えた後は、すんとして竜を箱へ収めた。人はその様を「飽きっぽい」と形容したのだろうが、私は別に飽きたつもりはなく、「満ち足りた」と表したほうが正しい。車輪のついた機械は走らなければ不安になるし、才能のある人間はそれを発揮しなければもどかしい。こう言えば理解してもらえるだろうか? 我々が望むのは事実としてそう在ることより、自らが思い描いた光景を一瞬でも目にすることだ。かの翼竜は大半の人生を箱の中で過ごし、最期は処分場で火に焚べられた。飛んでいる時間など総合して五分にも満たなかったろう。未発達の脳でも、その事実はどこかで分かっていた気がする。それでもあの一瞬だけ飛翔したことによって、翼竜は翼竜でいる意味を果たしたように感じられた。残りの時間が塵芥であろうとだ。


 要は、私が生き飽きた理由もそこにある。私にとっての翼や車輪や才能はなんだったか、それは明確に述べることができる。「美しい」こと。ただそれだけが私を示す性質だと言えよう。自身の容姿は生まれた瞬間から恵まれていたらしい。他の赤ん坊が紙を一思いに握ったような顔で泣いている中、私は瑞々しい肌つやを光らせながら、寝台にちょこんと転がっていたらしい。その様はアコヤ貝に鎮座した珠のよう。母は何度も同じ話をしたが、年々その描写は冗長になっていった。彼女のみならず、幼い頃から私は他者からの美的評価を知らされた。「かわいいね」「きれいな顔をしているね」と、大人たちは私を見るたびに同じことを言った。親戚も、近所の人も、教師も、時には見知らぬ人までもが、私という人間を覗き込むとまず顔について何かしらの感想を述べた。私はその度に笑った。褒められれば嬉しい子供だったし、嬉しくないふりをするほど賢くもない。ただ、その言葉が私の中に積もっていくにつれて、奇妙な感覚が芽生えた。


 私は美しいから、私なのだ。


 もちろん、そんなことを幼児が言葉にできるはずもない。けれども、言葉になる前の認識というものは確かに存在する。翼竜に翼があるように、車に車輪があるように、私には美しさがある。それは私の一部というより、私という存在の仕様に近かった。だから、鏡を見ることに飽きなかった。鏡の中にいる自分が好きだったからではない。そこに自分がいることを確かめるのが好きだったのである。朝、顔を洗って鏡を見る。髪を整えてもう一度見る。服を着替えてまた見る。写真を撮られれば、真っ先に自分の顔を探す。そこに平時の美しさがあれば安心し、少しでも欠けがあれば不機嫌になった。今日も私は私である。その確認を、私は毎日のように繰り返していた。同級生からの嫉妬や羨望は都合の良い裏付けとなってくれた。


 その自意識は膨らみを増し、やがては行き場を失ったシダのように、外界へと伸びていった。矛先は一輪の花だ。種名は詳しく覚えていないが、気のいい橙色をたたえる小さな花だった。ある夏、中学二年生の帰宅路、最寄り駅前の花屋の軒先でのことだ。黒いプラスチックの鉢の中で、かのオレンジが一際輝いて見えた。それは運命的でも必然的でもなく、ただ全ての事象がそうあるように、確率的な偶然だった。二重表現であろうと構わない、別に私は縁など信じていないのだから。ともあれ、花は自然と私に買われ、ベランダで新たな生を始めることとなった。鉢は百均の安陶器に移され、百円にも満たない水道水を与えられ、それでも価値を超越した美を晒していた。鏡が増えたような気分だった。毎日学校から帰ると、ベランダへ一直線へ駆けて行って、ガラスのコップで水をやる。しばしの間、赤らんだ空と花とを見比べた後、満ち足りて部屋へ戻る。その所作はしばらく続き、とはいえ、花の寿命が有限であることは言うまでもない。花弁の橙は徐々にくすみ、がくは「支える」というより「添えられている」ように変じた。茎と葉に触れると妙に柔らかく、もはや美しい自己を外界から独立させることは不可能になっていた。私はその現状に対してさほど衝撃を受けなかった。気づかないふりをしたという解釈も可能だが、ならば尚更「何もなかった」とするほうが良いだろう。昔とて自分は自分、かばわない道理はない。まあ、あの頃の幼い私でも、死やそれに付属する衰えは知識として知っていた。小学五年生で祖母の葬儀に参列した際、あの枯れ木のような肌に、淡い雪国のような化粧がなされているのを見た。その様は美しかった、当然、葬儀屋が誇りを持って仕事をこなしたのだから。しかし、生者のそれとは種類が違う。質感が違う。美しさは再び得ることができても、同じ輝きを取り戻すことはできない。死に化粧が教えてくれたことだ。彼女の昔の写真と、棺の中の光景とを見比べたとき、二者が同一の直線上にいるとは思い難かった。でも、受け入れざるを得ないらしい。私はその一事を経て、花の枯れる様へ構えずに向き合うことができていた。


 やがて秋も深まり、身を包む空気には棘が芽生えてきた。花はようやく枯れ切った。葉をつつけば粉っぽい躯体が舞い散り、花弁は軒並み土の上でしなびている。私は鉢をベランダから持ち出すと、裏庭へと駆けていき、砂利の隙間に小さな穴を掘ってやった。一思いに鉢を逆さにして花を落とすと、わずかな衝撃で周囲の砂利が穴を埋めてゆく。彼の葬儀は死に化粧も焼香もなしに終わった。祖母の場合はともかく、花の場合、付け足した美しさなどに価値はないと思えた。やがて砂利が花の残骸を隠した後、手でささっと砂利を整え、一瞥もせずに立ち去った。この経験は特段、後悔も恐怖も、その他あらゆるプラス・マイナスを持つ感情を呼び起こすことはなかった。残ったのは教訓とも言い難い経験則である。花はただの一度でも美しく咲けば、自身の意義を果たしたことになる。私にはあの輝きを目にした瞬間があり、記憶があり、花自体が消えた今でも意味を失っていない。翼竜と同じだ。一瞬でも美しくあったこと、一瞬でも空を舞ったこと、それだけで私は満ち足りるのだ。では、私自身は? 他者から美しさを認められた瞬間に、私は私でいることを果たしたのではないか?


 花を片付けた夜、夕飯の焼き鮭をほおばりながら私は思っていた。「醤油とって」と母が言い、返事もなく応える。醤油は分かりやすくてよい。透明な瓶に、明確に不透明な茶褐色が詰まっている。減ればその量がすぐ分かる。「美」もこんな風に示されればよいのに。花も私も醤油のようにはいかない、枯渇がはっきりとしない本質を抱えている。祖母が若い頃の可憐さを失ったのは、明確に何月何日だと言うことはできない。美は確かに減る、しかし、その減衰はグラデーション式に蒙昧である。ひょっとしたら今の私も、とっくに美しさのピークを過ぎているのかもしれない。徐々に相貌を評する大人たちは減っていくのかもしれない。いや、それらの事実や体験はどうでもよく、一番の懸念は自分自身に対する認識の変化だ。私はもう美しいと言われた。それで十分ではないのか? そんな考えを補強するための論理として「美の減衰」は利用されるのではないか。私はもちろん生きたいと思っている。しかし一方で、何かに指を、爪すらを引っ掛け、歯を食いしばってまでして、生にしがみつきたくはない。その考えを抱えたまま、私は鮭の骨を箸で拾い上げた。白い皿の上には、薄桃色の身と、黒ずんだ皮と、細長い骨が残っている。この食べ物を語るのに、鮭の三・四年の魚生を知り尽くす必要はない。ただ、彼は生き、獲られ、食われた。その点のつながりで十分ではないか。


 きっと、私も同じ。美も同じ。

 だから思うに生き飽きている。

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