第二十章 合格
三月の初め、合格発表の日が来た。
厚生労働省のウェブサイトで番号を確認する。画面を開いて、受験番号を入力する。指が少し震えた。
番号があった。
しばらく、画面を見つめた。
何も考えられなかった。ただ、番号があった。俺の番号が、そこにあった。
気がついたら、涙が出ていた。
泣くつもりはなかった。でも出てきた。声も出なかった。ただ、涙だけが流れた。二十二歳から六年間。中学の教科書から始めて、赤点を取って、再試験を受けて、田所さんの入院を見て、夜中に参考書を開き続けた時間が、この番号に集約されていた。
坂井にメッセージを送った。「受かった」。すぐに返信が来た。「私も! 本当に良かった!!」
さくらに電話した。
「受かった」
電話口で、さくらが泣いた。俺の声を聞いた瞬間に、泣いていた。
「悠斗、おめでとう。本当に、おめでとう」
「さくらは。三重の採用試験」
「受かった。先月結果が出てた」
「そうか。おめでとう」
電話口でしばらく、二人とも黙った。
「二人とも、帰れるね」
さくらが言った。採用試験に受かった、ではなく、帰れる、という言葉を使った。それがなぜか、胸に刺さった。
「ああ。帰ろう」
「尾鷲で会おう」
「ああ。待ってる」
BAR「Port」に報告しに行った。
田所さんはあの入院から退院して、今は酒を完全にやめていた。月に一回、ノンアルコールのドリンクを飲みに来る。それが今の田所さんのスタイルだった。
俺が店に入ると、田所さんとマスターと岸本さんが、偶然三人揃っていた。
「受かりました」
三人が俺を見た。
田所さんが立ち上がって、俺の肩を叩いた。
「やったな! 浜田、やったやないか!」
岸本さんが静かに微笑んだ。
「おめでとう。良かった」
マスターは何も言わなかった。ただカウンターの奥から、特別な棚に仕舞っていたボトルを取り出した。滅多に出さない、古いスコッチウイスキーだった。
「今日だけ飲んでいい」
マスターが俺の前にグラスを置いた。
「ありがとうございます」
「礼はいい。お前が自分でやった」
マスターはそう言って、グラスにウイスキーを注いだ。
俺はそのグラスを両手で持って、一口飲んだ。
深い味がした。苦くて、でも甘かった。喉を通った後に、温かいものが残った。
これがウイスキーの本当の味か。
大阪に来た夜、バスを降りた早朝を思い出した。人の波に押されて、透明になっていくような感覚。名前も顔も知られていない街で、根拠のない自信と薄い財布だけを持って立っていた十九歳の俺。
あの俺が、今ここにいる。




