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いつも雨  作者: 猫の尻尾
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第二章 進路と、さくらの手

三年生に進級して最初のホームルームが終わった後、担任の田村先生が「来週までに進路希望調査票を出せ」と言った。


新しい教室は三年B組。窓の外には、散り始めた桜の花びらが風に流されていた。進路指導室の開放時間が廊下に貼り出されていた。月・水・金の放課後。担任またはキャリア担当の先生と個別に話ができますと、几帳面な字で書いてあった。


俺は三日間それを無視した。


四日目に田村先生から「浜田、まだ来てないぞ」と言われて、しぶしぶ進路指導室のドアを開けた。


古い木造の匂いがした。先生の机の上には分厚いファイルが積み上げられていて、窓の外には春の雨が降っていた。田村先生は眼鏡の奥の目を細めながら、まだ何も書かれていない俺の調査票を眺めた。


「浜田、希望欄が空白やな」


「はい」


「三年になったばかりやのに、もう白紙か」


「……まあ」


先生は眼鏡を外し、こめかみを揉んだ。


「地元の水産か、林業の会社に当たってみるか。親父さん、漁師さんやろ。継ぐ気は」


「ないです」


「ないんか」


「ないです」


間があった。先生はため息をついた。


「まあ、地元に就職しとけ。今の時代、若いもんが町に残らんと困る。お前の親父も同じ気持ちのはずや」


その一言が、何かを決定づけるように言われた。俺は黙ってうなずいた。


教室に戻ると、クラスの連中がひそひそやっていた。どうせ就職か、大学は無理やろな、そんな話が聞こえてきた。この町の高校で大学進学を選ぶ生徒は毎年数人しかいない。それも、ほとんどが地元の短大か三重大学。


そんな中で、木本さくらが手を挙げた。


ホームルームの時間。田村先生が「大学進学を希望するやつは」と半ば形式的に聞いた瞬間、さくらの手がすっと上がった。


教室がざわめいた。


「木本、どこの大学や」


「名古屋か大阪の大学の教育学部を考えています。先生になりたいので」


しんと静まり返った。次の瞬間、誰かが笑った。


「県外? すごいな、さくらちゃん」


嫌みのない言い方ではなかった。俺はその笑い声の方を見たが、誰が笑ったのか分からなかった。


さくらは視線を前に向けたまま、表情を変えなかった。少しだけ、唇が引き結ばれているのが見えた。


木本さくらとは、小学校からの付き合いだった。家が近所で、登下校を一緒にすることが多かった。勉強ができて、真面目で、でもどこか芯の強いところがある女だった。俺みたいにぼんやり生きているのとは対極にいる人間だと、ずっと思っていた。


放課後、俺は昇降口でさくらとばったり会った。


「さくら、今日は目立ったな」


俺が言うと、さくらは少し間を置いてから答えた。


「笑われたけどね」


「まあな」


「悠斗は? 進路、何も書かなかったって聞いたけど」


「どうせ地元に就職だって。先生にもそう言われた」


さくらは俺の顔をじっと見た。探るような目だった。


「それでいいの?」


「良くはないけど、他にどうしろって話だよ」


「……そっか」


さくらはそれ以上何も言わなかった。俺も言わなかった。二人の間を春の雨が濡らしていた。


その日の夜、俺は自分の部屋の天井を見つめながら、思った。


俺は何になりたいんだろう。


答えは出なかった。


この町には、口に出されない決まりごとがある。


男は漁師か林業か、地元の会社に勤める。女は地元の男と結婚して、子供を育てる。大学へ行くとか県外へ出るとか言い出したやつは、「町を捨てた人間」と呼ばれる。あいつは変わった、気取り始めた、俺たちとは違うところへ行きたいんだろう、と陰で言われる。


誰かが決めたわけじゃない。でも確かにそういう空気が、この町には流れていた。


さくらが県外の大学を目指すと言った日から、彼女の周りの空気が少しだけ変わった。気のせいかもしれないが、女子たちの輪から外れる場面が増えた気がした。さくらは気にしていないような顔をしていたが、俺には分かった。気にしていないわけがない。


そして俺はといえば、そんな状況を遠くから眺めながら、何もしなかった。



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