第十八章 田所さんの入院
大学三年の秋、田所さんが入院したと聞いた。
マスターから連絡が来た。「肝硬変で入院した。しばらく来られないと思う」という短いメッセージだった。
俺は大学の授業を終えた後、病院に行った。
田所さんは病室のベッドに横になっていた。あの豪快な声がなく、顔色が悪かった。でも俺を見ると、少し笑った。
「浜田、来たか」
「田所さん、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないから入院してるんや」
俺は椅子を引いて、ベッドの横に座った。
「肝硬変って、お医者さんに言われたんですか」
「そうや。ずっと言われてたけど、やめられんかった。酒が」
田所さんは点滴の管を見ながら言った。
「馬鹿やな、俺。分かってたのにやめられんかった。薬で数値を下げながら、また飲んで。医者に怒られながら、また飲んで」
俺は黙って聞いた。
「浜田、お前が薬剤師になったら、俺みたいな馬鹿な患者の話もちゃんと聞いてやれよ。怒るんじゃなくて、なんでやめられんのかを聞いてやれよ。怒られるだけやったら、患者は隠すようになる。隠したら、もっと悪くなる」
俺はその言葉を、胸に刻んだ。
「田所さん」
「何や」
「絶対に良くなってください。俺が薬剤師になったら、担当になります」
田所さんは少し笑った。
「六年も待てるかな」
「待ってください」
「……分かった。待ったる」
病室を出て、廊下を歩きながら、俺は俯いた。
悔しかった。今の俺には、田所さんに何もできなかった。薬の知識も、処方の判断も、まだ何も持っていない。ただ横に座って話を聞くことしかできなかった。
だから勉強するんだ。
廊下の窓から、秋の空が見えた。灰色だった。尾鷲の空に似ていた。
俺は歩き出した。




