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いつも雨  作者: 猫の尻尾
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第十七章 六年間の洗礼

薬学部の最初の授業で、俺は自分の甘さを思い知った。


有機化学、薬理学、解剖生理学、生化学。次々と新しい科目が始まった。予備校で化学の基礎を学んだつもりだったが、大学の薬学は別次元だった。分子の立体構造、受容体と薬の結合メカニズム、代謝経路の図。どのページを開いても、覚えなければならないことが山積みだった。


最初の定期試験で、二科目落とした。


試験が返ってきた日、俺は図書館の端の席に座って、点数を眺めた。有機化学、四十二点。薬理学、五十一点。どちらも赤点だった。


「浜田さん、どうでした」


隣に座った同級生の女子が聞いてきた。名前は坂井といった。現役で入学してきた十八歳の女子で、勉強熱心なことで知られていた。


「二科目落とした」


「私も有機が怪しかったです。難しかったですよね」


「そうじゃなくて、俺の方が根本的に理解できてなかったと思う」


坂井は少し間を置いてから言った。


「浜田さん、再試前に一緒に勉強しませんか。私、有機が不安なので。教え合えると思うんですけど」


その一言が、転機になった。


再試験に向けて、坂井と図書館で毎日勉強するようになった。


坂井は理解が早かった。俺が分からない部分を、違う角度から説明してくれた。逆に、俺の方が得意な部分もあった。生物の知識は、村田と夜中に話し合っていたおかげで、実は同級生よりも深く理解していた。


「浜田さん、生物の説明が分かりやすい。どこで勉強したんですか」


「バーのバイトで知り合った受験生に教わりました」


坂井は少し笑った。「面白い勉強の仕方ですね」と言った。


再試験は二科目とも合格した。


その夜、アパートに帰ってから、天井を見上げた。


落ちた。恥ずかしかった。悔しかった。でも諦めたいとは思わなかった。尾鷲の水産会社で、最初の遅刻の翌朝に「合わない」と思ったあの感覚とは、何かが根本的に違った。


ここは合う。しんどくても、ここは俺の場所だ。


そう感じていた。


大学二年、三年と時間が流れた。


科目は増え、内容は深くなった。薬の作用機序、病気と薬の関係、調剤の実務。覚えることは膨大だったが、一つ一つが繋がり始めると、学ぶことが楽しかった。


特に薬理学が好きだった。


薬がどうやって体に作用するか。受容体に結合して、細胞の反応を引き起こす。その仕組みを学んでいると、祖父の飲んでいた血圧の薬が頭に浮かんだ。あの薬は、こういう仕組みで祖父の血管を守っていたのか。子供の頃に眺めていた白い袋の中身が、初めて意味を持って見えてきた。


岸本さんが言っていた言葉を思い出した。


その六年が、その後の四十年を支えてくれる。


時間をかける意味が、ようやく分かってきた気がした。



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