第十六章 薬学部、入学
二度目の受験で、俺は大阪の私立大学の薬学部に合格した。
二十二歳の春だった。
合格通知が届いた日、俺はしばらくその紙を持ったまま、動けなかった。信じられなかった。二年間、毎日勉強した。予備校が終わればバイト、バイトが終われば参考書。休んだのは体を壊した時だけだった。
でも本当に受かると、実感が湧かなかった。
マスターに報告した。
「受かりました」
マスターはグラスを磨く手を止めて、俺を見た。
「そうか」
「はい」
「よかったな」
それだけだった。でもその「よかったな」に、二年分の何かが詰まっている気がした。
田所さんは「よっしゃ!」と叫んで、その夜一人で盛大に飲んだ。
「浜田! お前、やったやないか! 俺の目に狂いはなかったぞ」
「田所さんは何もしてないですよ」
「何も言うな。俺が育てた」
「育ててないです」
岸本さんは静かに微笑んで、「おめでとう」と言った。
「六年間、大変だよ。でも君ならできる」
「頑張ります」
「一つだけ、覚えておいてほしいことがある」
岸本さんはグラスを置いて、俺を見た。
「薬学の知識は、勉強すれば身につく。でも患者を見る目は、人と関わった分だけ育つ。この店でいろんな人間を見てきたことを、忘れないように」
俺は深くうなずいた。
さくらへの連絡は、メッセージで送った。
「薬学部、受かった」
すぐに返信が来た。
「本当に!? おめでとう!!!」
スタンプがいくつも続いた。それからすぐに電話がかかってきた。
「悠斗、すごい。本当におめでとう」
「ありがとう。さくらが叱ってくれたおかげかもしれん」
「叱った?」
「愚痴ばかり言うなって言ってくれたやん。あれがなかったら、多分まだぼんやりしてた」
さくらは少し黙ってから、「そんなことないよ」と言った。
「悠斗が自分で動いたんやから」
「半分は俺で、半分はさくらのおかげや」
「……ありがとう」
電話口で、さくらの声が少し滲んだ気がした。
「六年、長いけど、お互い頑張ろな」
「ああ」
「また話しような」
「うん」
電話を切った後、俺は窓を開けた。夜の大阪の空気が入ってきた。
四月の風だった。




