第十二章 一つの決意
十二月の初め、岸本さんがいつものように来た夜、田所さんも来ていた。
珍しく二人が同じ夜に来ていて、カウンターに並んで座っていた。俺がグラスを出すと、田所さんが言った。
「浜田、お前最近変わったな」
「そうですか」
「なんか、ちゃんとしてきた。最初来た頃は、なんか虚ろな顔してたけど」
岸本さんがグラスを口に運びながら、うなずいた。
「人間、何かを考え始めると顔が変わるね」
俺はしばらく二人の顔を見てから、話した。
「岸本さん、前に薬剤師の話をしてくれましたよね」
「覚えていてくれたの」
「はい。あれからずっと、考えてたんです」
田所さんが「ほう」と言った。
「俺、実家に祖父母がいて。二人とも毎日たくさん薬を飲んでます。俺が子供の頃からずっと、薬を飲む姿を見てきた。それが当たり前だと思ってたけど、その薬がなかったら、二人はもっと早くに弱っていたかもしれない。そういうことを、最近よく考えるんです」
「うん」
「田所さんが肝臓の話をした夜に、マスターが言ったんです。酒は鏡や、毒にも薬にもなるって。その言葉がずっと頭に残って」
俺は少し間を置いた。
「俺、薬剤師になりたいと思います。地元のじいちゃんばあちゃんの役に立てる仕事がしたい。知識を持って、ちゃんと人を助けられる人間になりたい」
田所さんは俺を見て、それからウイスキーを一口飲んだ。
「薬学部か。六年かかるぞ」
「分かってます」
「金もかかる」
「分かってます」
「勉強、できるのか」
「……これからします」
田所さんは少し笑った。
「今からか。遅かったな」
「でも今からしかできません」
田所さんはしばらく俺を見て、それからグラスを置いた。
「まあ、それでいい。今からしかできんのやったら、今からするしかない」
岸本さんが静かに言った。
「薬はね、知識が命を救うんだ。でも知識だけじゃいけない。患者のことを思う心がなければ、薬は届かない。君はその両方を持てる気がするよ」
その言葉が、俺の背中をそっと押した。
その夜、仕事が終わった後、マスターに話した。
「大西さん、俺、薬学部を目指そうと思います」
マスターはグラスを磨く手を止めずに、一言言った。
「遅かったな」
「田所さんにも同じこと言われました」
「みんな同じことを思うやろな」
マスターはグラスを棚に置いて、俺を見た。
「でも遅いことと、できんことは違う。お前がやると決めたなら、やれ。バイトは続けていい。勉強との両立は自分で考えろ」
「はい」
「一つだけ言っとく」
マスターは静かに続けた。
「ここに来る客はみんな、それぞれの人生を背負ってきてる。楽しいやつも、しんどいやつも。お前はこの店で、いろんな人間を見た。その経験は、教科書には載ってない。薬剤師になってから、きっと役に立つ」
俺は深く頭を下げた。




