第4話:捨てる神あれば拾う神あり
【登場人物】
・速水小石
女子高生VTuber。ハンドルネームはミコ。主人公の後輩で、過去に引きこもりだったところを助けられてから配信者のマネージャーの仕事をしてもらう関係。副業で探偵をしている。
・氷室稲置
小石のVTuber活動のマネージャーしていたが、前話でクビにされた?。19歳。高校時代は小石の通う高校で生徒会長をしていた。
・月読桜音
稲置の生徒会長時代に書記をやっていた。現女子高生3年。最近VTuberを始めた。小石とはクラスメート。
「本当に来てくれたんですね、先輩。最初は何かの冗談だと思ったんですよ。でも、先輩ともあろう方が一体何があったんですか?」
江古田の駅から20分ほど離れたアパートの1室。見覚えのある高校の制服姿で出迎えてくれたのは何を隠そう、俺の生徒会長時代に書記をやってくれていた後輩、月読桜音だ。
長い黒髪が特徴の、いわゆる大和撫子的な文学少女だ。当時よりも少し大人びてきただろうか。
「話が長くなるから中で話すよ。お茶とお菓子買ってきたからさ。ともかく本当に助かった。持つべきものは優秀な後輩だな」
「そんなっ。やめてください先輩っ」
「? まあいいけど。てかワンターン毎にツッコミ入れなくていい会話久しぶりだわ。心が浄化されていくようだ」
「ワンターン?」
「こっちの話。この部屋来るのは1年振りかな。相変わらず整理整頓されてて、あと本が多いな。うん」
「最近読むより買う方が増えてきちゃって困ってます」
「へー。最近はどんなの読むの?」
「片付けの魔法。あなたの生活を助ける10の方法、というのを読んでますね」
「普通だ。イメージ通りだ」
なんて平和で穏やかな空間なんだろう。ここに住んでいいか。
「ちょっとお腹空いてきましたね。お菓子も良いですけど、どこかに食べに行くのもいいかも」
「じゃあ何か作ろうか?」
あれ? このパターン何処かで見たような?
「えっ? そんな先輩の手料理なんてそんな私なんかにそんなっ」
「いやこのまま泊めてもらうんだからそれくらいは当然だ。何でも言ってくれよ。ある食材でできるものなら何でも」
「やっぱり泊まるんですね……。私は良いんですけど小石ちゃんが怒りませんかね?」
「? あいつなんか多少怒らせるくらいが丁度良いんだよ。ていうかクビにされたんださっき。だからノープロブレムだ」
「え?!?!?!?!」
「あ、ちょうどあいつの配信が始まった」
スマートフォンに通知が来て、それをタップすると動画配信アプリが起動する。聞き覚えのある声が聴こえてくる。
「どうもーーーーーー!!! ミコだよーーー! みんな元気してた? 他の配信者に浮気してなかった? してたら死刑だから!!! してないね。おけおけ!!! それじゃあ始めるよ〜」
画面には彼女のアバターと視聴者のコメントが流れている。画面は俺が制作したものだ。なんとなく寂しい。
「今日は重大発表があります。つまんない宣伝とかじゃないよ。本当に本当に重大な発表だよ。それは、なんと……」
そんなためるようなことがあっただろうか?
「なんと、私のマネージャーが仕事を放置して飛びました!!! この写真の顔に見覚えがあったら110番してね!!! その後私に連絡してね!!! アマギフ5万円払います!!!」
「は???????????????!!!!!!!!!!!!!!!!!」
他ならぬ俺の顔写真が視聴者10万人の配信で、まるで全国指名手配かのようにネットの海に全力で放流されていた。
スマホの画面の向こうにしか人がいないと分かっていたが、あまりにも怒りの感情が急激に発生したせいで考える前に声が出てしまった。
「最近偉い人の悪口言っちゃったりしたのも、裏でこういうことがあってストレス溜まってたからなんだよねえ〜。みんな本当にごめん!!! でももう大丈夫! 損切りします! あんなクソ野郎は地獄に落として、私たちは未来に向かって進んでいこう! さあて今日は新発売のゲームをしちゃうぞ〜!!!」
何事もなかったかのようにナチュラルにゲーム配信に移行しようとしている。俺が見ていたのは幻か何かだったのか? そう思いたい。
「………………先輩、これって」
横で配信を見ていた桜音が、恐る恐る口にする。
「信じてくれ!!! 蒙古タンメン中本の10辛並に真っ赤な嘘だ!!! 真実が1ミリも残ってない!!! フェイクニュースだ!!! 信じてくれ!!!」
「……まあ小石ちゃんのいつもの悪ノリですかねえ」
「悪ノリで済まされてたまるか!!! 俺は捕まるのか?!?! 何罪で捕まるんだ!!!??? どっちかって言ったらあいつが捕まるべきだ!!!」
配信は続いている。FPSの画面が流れていて、ミコのアバターが右横に映されている。流れるようなキャラクター操作で現れる敵プレイヤーをヘッドショットしていく。
「あーそうそう、マネージャーくんも反省してるかもしれないから、シャネルのバッグ持って土下座しに来たら許してあげまーす。人間に失敗はつきものだからねえ。イエローカードで止めといてあげる。多分1週間くらいで帰ってくると思うから、その辺りにマネージャーくんの謝罪動画が撮れると思います! みんなお楽しみに!!」
こいつは何を言ってるんだ???
「……先輩も大変ですね」
「……そんな言葉をくれるのはお前だけだよ」
「私だったら先輩をそんな風に扱ったり絶対しないのに」
「そういえば桜音もVTuber活動始めたんだったよな。この前配信見たよ。良かった」
「ありがとうございます! まだ小石ちゃんの100分の1くらいの登録者数ですけどね。最近読んでる本のお話とかするのが楽しいですね」
「良いねえ。もう桜音のマネージャーになりたいな」
「え!?!?」
目を見開いてこちらを見つめる彼女。冗談のつもりだったが、それも良いかもしれない。そんなことを思いながらも、小石の配信はアパートの部屋に無邪気に流れ続けていた。




