第39話:解決編
【登場人物】
・速水小石
女子高生VTuber。過去に引きこもりだったところを助けられてから稲置とは配信者のマネージャーの仕事をしてもらう関係。副業で探偵をしている。殺人容疑をかけられた稲置の無実を証明するために奮闘中。前話から配信で推理ショーを始める。
・氷室稲置
ミコ(小石)のマネージャー。19歳。高校時代は生徒会長をしていた。料理がそこそこできる。変人をなぜか吸い寄せてしまう人生を送っている。配信者の火将ノエル殺人事件の容疑者にされて絶体絶命。
あの人が、真犯人が視聴者としてログインしてくるのがPC上で見えた。急激に鼓動が高まる。集中しろ。集中しろ。
「ノエルさんの発見された現場には、彼女の持っていたスマートフォンが残されていませんでした。それは何故か? 考えられるとすれば、犯人による証拠隠滅。もしくは何らかの狙いがあった。しかしある人物がそれを見つけてくれました。その中には興味深いメモが残されていました」
「今から、ノエルさんの残した、ダイイングメッセージを皆さんにお伝えします」
配信のコメントが一瞬だけ止まった。私の一挙手一投足を、同接10万人が固唾を飲んで見守っている。
「桜音ちゃんの気持ちに気付いてあげられなくてごめんね。稲置先輩と幸せになってね」
世界の全てが、時間を凍結させたようだった。
「真犯人はノエルさんの最も親しく、稲置くんとも関係が深く、彼女を嫉妬の炎で燃やし尽くした、この場のあらゆる人間をたった今まで欺き通した人物。月読桜音さんです」
止まっていたコメント欄が反動で暴れ出す。流石外資系のサービスと言ったところか、システムが止まることはなかった。
桜音ちゃんってノエルちゃんが良くコラボしてたあの!?
最近出てきたVTuberの!?
仲良さそうだったのに……。
闇深すぎだろ……。
「反論できるものなら、今すぐこの配信に入ってきてください。月読さんは今この瞬間にも、配信を観ているはずです」
ほどなくして、彼女は入ってきた。
通話アプリが起動する。
「お久しぶり、小石ちゃん。稲置先輩とはうまくいってる笑?」
「心配には及ばないわ。このあと帰ってこれると思うから」
「本当かなあ。無理だと思うけれど」
「何で?」
「あの人が犯人だから」
「どうしてそう言えるんですか?」
「アリバイの無い人が他にいないからよ」
「ではそのアリバイをまず崩しましょうか」
真実を、撃ち抜くんだ。
「まずノエルちゃんの配信ですが、あなたがアバターを盗んで行ったことですね?」
「その先を聞かせて」
感情の抜け落ちた、氷のように冷たい声だった。学校で知っていた温厚な彼女とは違う人間が、画面の向こう側で喋っているような気さえする。
「先ほども言いましたが、ノエルちゃんの配信アバターの作成者から情報を得ています。彼はあなたがアバターを購入し、事件当日に使用している通信ログを提供してくださいました。これは事実ですか?」
「さあ、それは知らないけれど。どちらにせよ人のことを犯人扱いするにはあまりにも根拠が足りていないのではないかしら?」
「ではあなたが、事件発覚後の警察の捜査を潜り抜けた方法からお話ししましょう。あなたは事件現場のマンションの、401号室に住む老夫婦を何らかの方法で拉致しました。実際に今その部屋は事件当日を境に無人になっていて、現在捜索願いが出されています。ノエルさんを殺害した後、あなたはその部屋に潜伏していたんです。そしてお得意の変装で老婆に化け、刑事の部屋への訪問を切り抜けた」
私の部屋に瑞希ちゃんの姿で現れて襲ってきた時と、同じように。
ノエルちゃんの配信を乗っ取った時と、同じように。
あたかも怪人二十面相が如く。
「まるで見てきたように言うのね。私、変装なんてしたことないわ。ただの人畜無害な女子高生だよう」
「わたしの部屋に襲撃にきた人物の体格からすれば、一般的な女子高生の身長を持つあなたはむしろ真っ先に疑うべきでした。瑞希ちゃんの剣術をコピーできたのも、あなたが一緒の高校に通っていたから。いくらなんでもネットの動画を見ただけで、あそこまで正確に身体能力を真似られるはずがない。盲点だったよ。正直、あなたを侮っていました。ただの可愛い女の子かと思っていた」
この子は正真正銘のサイコパスだ。
「何から何まで、良くできたおとぎ話ねえ」
「ではどうしてあなたはノエルさんのアバターを手に入れ、事件当日に使ったのですか?」
「ノエルちゃんに見せて驚かしたかったのよ。あなたの物まねを練習したわよーってね」
「そのためにお金でアバターの作成者に口止めまでして、ですか?」
「ええ。私、完璧主義なの」
「ではスマートフォンのことはどう説明するんですか? ノエルさんは明らかに、事件直前にあなたに向けたメッセージを残している」
「私に殺されたと書いているわけではないでしょう? そもそも、稲置先輩の部屋でスマホが見つかったんだから、疑わしいのは先輩の方だと思うけれど」
賭けに、勝った。
その言葉を待っていた。
「ようやくボロを出してくれたね、桜音ちゃん。私はスマートフォンが見つかったとは言ったけれど、それが見つかった場所は一切口にしていません。どうしてあなたはそれを知っているんですか?」
「…………」
「そう、あなたは稲置先輩に疑いの目を向けるために、彼女のスマートフォンを彼の部屋に持ち運んだんです。そしてそれを知っている人物は一人しかいません。彼女の命を奪い、顔を変えて警察を欺き、まんまと逃げおおせて今そこにいる、桜音さんしかね」
「……褒めてあげるわ。小石ちゃん。やはり私を止められるのは、あなただけだったようね」
「この配信は警察の方が見ています。すぐにあなたの部屋に警官が向かいます。残念です」
「私は捕まらないわ。この変装術と声帯模写があれば、いくらでも他人の人生を借りて、私は生まれ変われる。月読桜音という名前も、私の本当の名前じゃないの」
そのセリフを、彼女はノエルちゃんの声で口にした。
「そうやって、何もかも嘘で塗り固めた人生で、あなたは良いんですか?」
「わたしは生まれた時から空っぽなの。私の中には何もない。空虚な入れ物、それが私。私はそこに他人の情報の断片を詰め込んでいるだけ。それがフェイクと言われようがコピーと言われようが、構わないわ。私はそれしか生き方を知らない」
それが月読桜音という人間。空っぽの伽藍洞。中身が無いから、何にでもなれる。誰にでもなれる。自分を殺して他人に成りすましているのではなく、そもそも自分が無い。だから全く躊躇せずに、他者を演じることができる。感情から表情から声まで、全ては借り物。
「じゃあね、小石ちゃん。楽しかったわよ。けれど稲置先輩のことは、必ず殺す。あなたにだけは彼は渡さない。どんな手を使ってでも逃げ延びて、いつの日か彼の枕元に立つわ」
「……」
そこで彼女の通信は切れた。
私は実際のところ、彼女に返す言葉を持っていなかった。
彼女はそこまでして稲置先輩のことを。
私には、私の中にはそこまでの感情が、気持ちがあるだろうか? それは分からない。
それでも私は。
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今回は遊び過ぎた。一刻も早く逃げなければ。
今頃、警察は私の江古田のアパートに行っているだろう。しかし今私は、六本木のタワーマンションにいる。しかしここに彼らが来るのも時間の問題だろう。
「それにしても、ラセターが裏切るとはね。まああんな金の亡者のヒッピー野郎なんて、最初から何も信じちゃいなかったけれど」
最低限の持ち物を持ち、部屋を後にする。パトカーの音が近い。小石ちゃんが手を回したのだろう。流石に早い。エントランスは使えないな。
いい加減学習して欲しいものね。わたしには翼があるって、この前見せてあげたでしょうに。
マンションのベランダから六本木の夜景を眺め、風向きを確かめる。この風ならあのルートで空港に向かうのが良いわね。どんなパターンでも安全圏まで逃げられるように、全ての逃走ルートは用意してある。
折り畳み式のハンググライダーを展開する。ベランダに足をかける。真夏の摩天楼の中を飛び立とうとする。
私を捕らえられるものも、縛り付けられるものも、この世界にはありはしないんだ。
いや、正確には一人だけいる。いた。
「そうは問屋が卸さへんで」
「……あなたは、ラセターに排除させたはず……。まだ生きてたのね。本当にしつこいわね」
ナイフを抜いた。それは彼女が、竹刀を抜いたのが見えたからだ。
淡野瑞希。こいつと正面から一対一だけは避けたかった。
「あんたみたいな人間はなあ、いざというときは逃げることを考えるとわかってんねん。せやけどここから先は行き止まり。先輩の敵は私の敵や。さあ、そんなリーチの足りてへん得物で二度もこのあたしから逃げられるっちゅうんならやってみいや。桜音ちゃん」
ラセターめ。地獄に落ちろ。
「あんたが稲置先輩を好きなんわバレバレや。隠せてると思ってたんか? そこまでして先輩を手に入れたいというその執念だけは褒めたる。せやけどあたしらを舐めたらあかん。あたしと小石ちゃんがいる限り、先輩に手ぇ出す不届き者は許さへん。本当にスキなんやったら守れやドアホ!!!」
「良く喋るわね。先輩に振られた癖に」
「あたしは二番目でもええねん。先輩の幸せがあたしの幸せ。何もかも自分のものにせんと満足できん、てめえみたいなもんとは土台からちゃうねん。往生せぇやっ!」




