第37話:フェイクアバター
【登場人物】
・速水小石
女子高生VTuber。過去に引きこもりだったところを助けられてから稲置とは配信者のマネージャーの仕事をしてもらう関係。副業で探偵をしている。殺人容疑をかけられた稲置の無実を証明するために奮闘中。
・氷室稲置
ミコ(小石)のマネージャー。19歳。高校時代は生徒会長をしていた。料理がそこそこできる。変人をなぜか吸い寄せてしまう人生を送っている。配信者の火将ノエル殺人事件の容疑者にされて絶体絶命。
・千本桜皿
イラストレーター。この時代にアナログの技法をメインに使う絶滅危惧種。小石の熱狂的なファン。小石と親しい稲置を敵視している。紅茶はアッサムのロイヤルミルクティーがお好み。
・氷室鷯命
稲置の父親。働くことをやめたアルコール中毒者。ここまで育ててやったんだからあとはてめえらでなんとかしやがれ、と息子と娘に言い放った。キャバクラ狂い。マニュアル免許持ち。
白のプリウスに乗り込み、どういうわけか稲置先輩の父親の運転でどこかに運ばれていく小石。冷房の冷たい空気に体が冷やされていく。七月の空気はもうとっくに、夏の蒸し暑さを含み始めていた。
運転は意外にも丁寧だ。やはりちゃんとお父さんしてたんだな。夜の港区の煌びやかな道路を走っていく。夜とは思えないくらい明るい。
スマートフォンに着信が入る。皿ちゃんだ。
「ミコちゃん、例のノエルちゃんの配信アバターを作ったモデラーを見つけたよー」
「皿ちゃん、仕事で忙しいんじゃなかったの?」
「ミコちゃんのことを考えたらイラストが描けなくなっちゃったから、心当たりを探してたらたまたまSNSで見つけたの」
持つべきものは、優秀なファンだ。
でもSNSで見つけないでよ。ミステリなんだからちゃんと足を使って捜査とかしていて欲しかったかも。
「とにかくありがとう! でも皿ちゃんって麗夜さんと知り合いだったっけ?」
「あの人はミステリー作家さんなんだよね。キャラクターデザインをお手伝いしたりしてるの」
それは意外。世間は狭いな。
「りょーかい。というわけで、そのモデラーのいるところに向かっているわけね?」
「そう。一応アポは取ってるよー。六本木のタワーマンションみたいだね」
「へー、じゃあここから近いな。儲かってるのね」
最近はVtuberブームらしいからね。アバターの制作スキルは需要があるのだろう。
「もうすぐに着くぜ、小石ちゃん」
六本木の天にそびえ立つ、巨大な鉄の塔が見えてきた。ITで成り上がった人達が住んでいるイメージだ。私たち配信者とは纏っている空気が違う気がする。
ビル近くの駐車場に駐車した。扉を開けると、再び蒸し暑い空気に包み込まれる。
「お供するぜ、小石ちゃん」
「ええ。行きましょう」
皿ちゃんから送られてきた住所のビルに向かい、厳重なセキュリティを抜けていく。タワーマンションに住んでいるから慣れてはいるが、相変わらずの用心深さだ。こういう荒んだ時代には、心強さはある。
ハンドバックの中に理由なく手を入れると、そこにはシャネルのコンパクトミラーがあった。稲置先輩から貰ったものだ。弱い私に、勇気をください。
エレベーターに乗り込む。高層階へ上昇していく。
「稲置先輩は、殺人なんてしてないですよね」
慣れない空間にしばらくいると、どんな人間でも心細くなる。警戒心が高まるのは、動物的な本能だろう。つい話しかけてしまった。
「どーだかな。最近の若い奴らは見境ねえんだろ?」
「そういう人達と先輩は違います。親ならそれくらい分かってください」
「息子だからって全ての言動を把握してるわけじゃねえさ。俺とあいつは別の人間だからな。子供のことが何から何まで全部分かるっていう親の方が、きな臭いんじゃねえか?」
……。
「そんな怖い顔すんなよ。可愛い顔が台無しだぜ。心配すんな。あいつはやってねえさ。信じてるんじゃねえ、分かってるのでもねえ。全部見てもいねえが、親は知ってるのさ。あいつはやってねえ」
エレベーターの扉が開く。指定された部屋に向かう。
インターホンを鳴らす。暫くして、どうぞ、という声がして鍵が開いた。
「いらっしゃい。話は聞いている。僕はスティーブ・ラセター、配信アバターを制作する会社を経営しています」
明らかに日本人ではないが、日本語が達者だ。顔つきは欧米系。
かけている眼鏡やスーツは高級そうだ。メーカーは詳しくないけど。
「初めまして。速水です。こちらの人は保護者みたいなものです」
「どうも」
「まあお入りください。火将さんのアバターについて聞きたいのでしょう?」
「……ありがとうございます」
室内は全貌は分からないが、何部屋もある。とてつもなく広いことだけは確かだ。
高校の教室くらいの広さのリビングに通された。シャンデリアが天井からぶら下がり、黒いシックなテーブルと高級なソファーが並んでいる。
「おかけください」
「俺はここで立ってるぜ」
「ご自由にどうぞ」
なんだかピリピリしてきた。大人同士の空気の読み合いがあるのだろうか。
ソファーに腰掛ける。あまり沈み込み過ぎない、丁度良い硬さだ。
「単刀直入に言います。私は火将さんが亡くなった事件を調べている探偵です。彼女が配信で使っていたアバターはあなたが作成したものなんですね?」
「そうでしたか。高校生探偵は実在したのですね。さすが日本だ。ええ、そうです。私が作って提供しました」
良く見ると、ハイスペックなPCがいくつも並んでいる。それにVRに使う、ヘッドマウントディスプレイも転がっている。何故か日本酒の一升瓶も。
「獺祭ね。洒落たものを飲むねえ」
「分かりますか。旨味が強くて美味い酒ですね」
「それで、今回の事件にノエルちゃんのアバターが使われた疑惑があるんです。犯人がアバターを入手して乗っ取り配信をしていたとしたら、その時間帯に既にノエルちゃんは殺害されていたことになる。犯人のアリバイトリックの可能性が高いんです。アバターを第三者に提供したことはありませんか?」
スティーブと名乗る男は窓際に歩いていき、六本木の夜景を眺めていた。
「……速水さんには、その事件の犯人の目星はついているのですかな?」
「ええ」
男はこちらを振り返る。瞬き一つせずに、こちらを凝視する。負けじと睨み返す。
「その人物の名前を聞かせてください」
「その人物は……」
私は、その名前を口にした。
「……ふふ、流石だな。これで彼女も終わりか」
小声で、そう言った気がする。
「では、アバターをその人物に提供したのですね?」
「ええ。正解。ついでに言えば、そのアバターを配信上で動かすシステムも私は提供しています。その人物が犯行当日にそれをしていれば、ログデータが残っているでしょう。後であなたにお送りしますよ」
「ありがとうございます。本当に助かります」
「非常に金払いの良いお客さんでしたが、その話が本当であれば残念です」
「ラセターさんのお仕事に支障がでるようなことにはならないよう、最大限配慮させて頂きます。それでは失礼します」
やった! これで証拠も揃った!
やはり想定通り。けれど。
あの人がこんな複雑な、ある種の完全犯罪を本当に一人で考え、実行していたなんて。
「もういいのかい?」
「はい! これでいけます!」
後はあの人をあそこに誘い出して、真相を暴く。
VTuber探偵は、颯爽と夜を駆けていった。




