第32話:孤独な宇宙人のソナタ
【登場人物】
・???
犯人。
・スティーブ・ラセター
共犯者。
そこは、六本木の某映画館。
30度を超えた外気の熱風から避難してきた人々が、上層階に映画館を併設したショッピングモールの冷房の効いた空間に集まっていた。
私には、彼ら彼女らの気持ちが分からない。目的も無いのに、とにかく群れようとする。中身の特にない会話をとにかくしたがる。政治家や経営者、芸能人のスキャンダルが大好き。会ったこともない全くの他人についてそこまで興味関心を持とうとする心理には、一体どんな説明がつくのだろうか? きっとただの暇つぶしだろう。全身で没入できるような解像度の高い、神経が興奮するような物語が身の回りに無いから、仕方なく他者の人生を生きているのだろう。いつも歩いている舗装された安全な道を踏み外せば、いつでも非日常はすぐそこに転がっているというのに。
「今日もつまらない映画を観てしまったわ。やっぱり小石ちゃん、あなたと遊ぶ方が楽しいわね」
最新型のスマートフォンに通知が付く。ラセターからチャットが来ていた。淡野瑞希があの現場のマンションに来たらしい。小石ちゃんの差し金だろう。
あの部屋を調べられたとしたら、私のあの芸術的なアリバイトリックにたどり着くのも時間の問題かしら。
チャットを返信する。ロシア製の、履歴が完全に暗号化された、会話の内容が傍受されることが絶対にないメッセージングアプリを使用している。
「あの剣術の突破力は邪魔ね」
排除して、と。
慣れた手つきで打ち込み、モール内の高級イタリアンレストランの入り口に入った。あの時から、イタリアンしか胃が受け付けなくなってしまったからだ。
ローマ風のカルボナーラを注文する。人の目が無ければフランス産の白ワインを頼むところだ。カルボナーラは白ワインと出逢うことで初めて口の中で完成するのだ。
「万が一の時は、ローマにでも逃げるとしますか。大人に化ければお酒も飲み放題だしね」
これもあれもそれも、全部あなたが悪いんですよ。先輩。
私のものになってくれない、あなたのせいです。
あなたこそが、私の世界の全てだったのに。
絶対に、絶対に許さない。
この世界は私に優しくしてくれない。けれど、そんな世界にも、1人だけ、私がここで生きたいと思えるだけの価値を感じさせてくれる人がいた。その人はどんな時にも諦めず、どんな悪人にも立ち向かい、弱きを助け強きを挫く。稲妻のような人。憧れだった人。けれどその憧れは、奪われてしまった。もう、どうでも良いんだ。
わたしはもう、どうでもいい。めんどくさい。
こわしてしまおう。
スマートフォンに通知が付く。ラセターから、了解、と。
これで彼女は、小石ちゃんは独りぼっちだ。
頼れる人間が一人ずついなくなっていく恐怖を、知ると良い。
それでもあなたが折れないのなら、その時はまた遊んであげよう。




