第24話:世界から取り残された二人
【登場人物】
・???
???
・スティーブ・ラセター
???
リモート通話ツールは、あの誰もが忘れたがっているパンデミック、ウイルスの大規模流行により、怪我の功名というべきかはともかく、普及した。
かつての大地震でチャットメッセージングアプリが普及したのと同じように、災いは絶望や死以外の何かをも、この世界にもたらすのだ。
「……淡野さんはやはり邪魔だったわね。予想以上の手練れだったわ」
「君がそこまで言うなんて、珍しいね」
彼と彼女は、PCの画面越しに話す。その二人の間の空気に温度があるとしたら、冷たい、だ。ひんやりと、危険な冷たさ。
「相手の実力が高ければ高いほど強くなるタイプのようね。手の内もまだ隠してるようだし。けれど人間性は単純だし、ウィークポイントも露出しすぎてる。次は無いわ」
「君が言うならそうなんだろうね」
彼は思った。彼女に目を付けられた標的が気の毒だと。彼女は一度決めた標的は必ず逃さない。その恐ろしくも強かな執着心が彼女にはある。
「あなたは相変わらず毎日、日本酒を飲んでいるのかしら? その年でその体たらくだと、長生きしないわよ。スティーブ」
彼女は、その深淵から空間に低く響き渡るような声で、彼の名前を口にした。彼を心配しているわけでは決してないことを、彼は十分わかっていた。
「僕は日本の文化を愛している。その中でもサケと築地のスシは最高だ。これが無いのならカルフォルニアに帰るよ」
「全く、クリエイターというものは難儀な生き物ね。私も人のことは言えないけれど」
全くその通りだ。声帯模写、変装、体術もお手の物の殺人鬼に言われたくはない。
「それよりも、証拠は残さなかったのだろうね? 余計な事をしては、僕が手伝った偽装トリックが水の泡だぞ」
「深夜に黒のハンググライダーが目撃されるわけないじゃない。空域監視が厳しいのは国会議事堂や大使館、空港の上空だけよ。ドローン落として捕まる方が馬鹿なのよ」
「まあ、心配しているわけじゃないけれどね」
江戸切子で獺祭を飲む。美味い。舌に確かに残る米の旨味を感じる。命の味だ。
「それで、きっと速水小石が動いてくるだろうけど、彼女は氷室稲置がいなければ恐れるに足らないわ。どんなに発信力があっても、目の前に立ってしまえば震えてうずくまることしかできない。やつらはそういう生き物よ」
「本当に目の前までたどり着けてしまう奴は君くらいだよ。ところで、今度六本木のビルで日本の芸術家が個展をやるんだが、一緒にどうだい?」
彼女は、間髪入れずに感情をこめずに返した。
「興味ないわ。人間の心と体で遊んだ方が飽きないもの」
「残念だよ。速水小石に嫉妬してしまうな」
「あなたも私のおもちゃになってみる?」
「興味深い誘いだが、平均寿命の近くまでは遠慮しておこう。痛くて苦しいのは嫌いでね」
「好きな人なんているの?」
「むしろ殺してあげた方が楽になるような人間はいそうだがね。ともかく僕は寿司屋に行くよ。イワシの握りを食べたい気分だ」
「あなたのインスタグラムを楽しみにしてるわ」
二人の間の世にも奇妙な空気感。それは世界から取り残された者たち同士でしか共有不可能な、禍々しくも妖艶な色をしていたことだろう。




