第20話:四半世紀末の切り裂きジャック
【登場人物】
・速水小石
女子高生VTuber。主人公の後輩で、過去に引きこもりだったところを助けられてから配信者のマネージャーの仕事をしてもらう関係。副業で探偵をしている。ハンバーガーが好き。
・氷室稲置
ミコ(小石)のマネージャーだったが無職になったがめでたく再就職した。19歳。高校時代は生徒会長をしていた。料理がそこそこできる。変人をなぜか吸い寄せてしまう人生を送っている。
・淡野瑞希
主人公の後輩の女子高生。剣道有段者。眼鏡が似合うショートカット。大阪出身で関西弁。稲置の懐刀。毎日4時起きで朝練している。
ピンポーン。
小石の3LDKの部屋中に、来客を告げる聴き慣れた電子音が響き渡る。淡野が戻ってきたのだろう。
ちょうど粗挽き牛肉のハンバーガーができたところだ。あいつにも英気を養ってもらうか。
玄関の扉を開ける。
「淡野、早かったな。ちょうどハンバーガーができたから英気を養ってくれよ」
「……それは楽しみですー。私ハンバーガー好きなんで」
彼女は学校の紺と白のセーラー服を身に着け、キャンプにでも行くような黒い大きなリュックサックを背負っている。剣道の防具でも持ってきたのだろうか。
「まあ荷物を置けよ。小石を呼んでくる」
廊下のドアを開ける。
「小石! 飯だぞ!」
「はあい」
淡野はダイニングの窓際にリュックサックを置いた。
「稲置先輩はいつもこんな良い眺めのところで暮らしてたんやなあ。羨ましい」
「? 俺は高いところ苦手だからあんまり外は見ないけどな」
「そういうだけの意味じゃなくて……」
淡野の雰囲気が、いつもと違う?
「こんな奇麗な部屋で、美味しい料理が毎日あって。それでなにより、なにより」
「淡野……?」
関西弁、じゃない?
背筋の端から端までを稲妻のように電流が走り、頭蓋の奥で火花が散った。
「あ~一応配信の台本はできたけど……」
「来るな小石っっ!!!!!!!!!!!!!!!」
激痛。
意識が飛ぶような激痛。
脊髄反射で伸ばした左腕の、上腕に果物ナイフが突き刺さっていた。やわらかいジューシーな脂肪を包み込んだ皮膚を無機質な金属の鋭利な切っ先が貫き、そのまま筋肉の林を抜けてその下に無数に走る血管の迷宮を切り裂いた。
「があああああああああああああっっっっっ!?!?!?」
阿
鼻
叫
喚。
そのナイフを突き刺した手の持ち主は勿論、一人しかいない。この場には。
「……淡野っ!?」
「意外と反射神経があるんやなあ、先輩?」
今更関西弁になったところで、もうとりつくろえない。
「……お前は、誰だ?!?!」
「いやああっっ!?!?!?」
小石がその場に崩れ落ちる。まずい。このままでは小石が。
「もう遅い」
彼女は俺の腕から無表情でナイフを引き抜き、慣れた手つきで血を払い、忍び寄る蛇のごとし速足で小石に接近していく。やめろ。
ナイフを抜かれたことによる出血の痛みで朦朧とする意識の中、小石に向かって右手を伸ばす。届かない。遠い。
いつかの光景がフラッシュバックする。小石が泣いている。
もうそんな思いは、させないと決めたのに。
誰か。
誰か。
「そうは問屋が卸さへんで」
それは実に聞き慣れた関西弁。今、世界中の何よりも聞きたかった声だった。
瞬間、淀んだ空気を霧散させるように、圧倒的な質量を持った物体が後方から”射出”された。それは彼女の左腕を的確に狙い撃ち、それによって彼女はナイフを取り落とした。
カランカランカラン。
その物体の正体は、木刀。そんな重さの物をそんなコントロールでスローイングできる。間違いない。
「待たせたようやな。稲置先輩。小石ちゃん」
「……おせえよ。死ぬとこだ」
「冗談言える口があんなら大丈夫や」
「……いやガチだから」
本物の淡野瑞希だ。




