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辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


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008

すみません、一部描写に誤りがあったので修正しました。

・「ロウディア」が「ファルド」と記述されている

・時間帯を間違えている

等です。失礼しました。

 ロウディアへの道は、思ったより長かった。往路は目的地への意識が強く、距離を感じなかったのだろう。だが復路は異なる。リオルは、一日十本の苗を毎日観察する現実を前にして、その労働量の大きさを改めて認識させられていた。

 十本の苗。毎日、同じ時刻に、同じ条件下での観察。一本ずつ《鑑定》を放ち、結果を記録する。ロウディアまでの往復時間を考えると、毎日これを続けることは、リオルの時間のほぼ全てを占めることになるだろう。

リオル「毎日行くのは、ちょっと厳しいかもね」

 歩みながら、リオルは呟いた。ノエルはその言葉に、すぐに答えを用意していたかのように、静かに口を開く。

ノエル「そうですね。でしたら、毎日の採取と観察地の管理を、信頼できる人に委ねるのはどうでしょう。苗のサンプルと土を毎日採集してもらい、リオくんはファルドでの渉外や分析に専念する。誰にでもできることは他者に委託し、ご自分にしかできないことに時間を使うべきではないでしょうか」

 ノエルの提案は、合理的だった。リオルが毎日ロウディアに赴くことは、確かに効率が悪い。だが、採集を委ねることで、自分は《鑑定》と分析に専念できる。それなら、説得力がある。

 もちろん、毎日足を運んでロウディア領地内で片っ端から《鑑定》をかけてもいい。それでも多少は調査進捗するだろうけど、ロウディアを往復するコストに見合っているだろうか。

 しばらく沈黙が続いた。歩みを止めずに、リオルは様々な可能性を考慮していた。そして、やがて口を開いた。

リオル「そっか。信頼できる人がいれば、試してみる価値はあるな。ただ、毎日ロウディアに行って採集してくれる人……どうやって探そうか」

ノエル「ファルドの冒険者ギルドに依頼を出すのはどうでしょう。条件さえはっきりしていれば、適切な者をギルド職員が選んでくれるでしょうし、お金による契約は信頼できます」

 ノエルの言葉に、リオルは頷いた。確かに、ギルドであれば、仕事内容を正確に説明でき、相応しい冒険者を選別することができるだろう。リオルたちに懐を気にしなくて良いほどの資金はない。だが、実質的にはこの依頼はほぼ少し長く徒歩で移動するだけのものだ。道中に魔物は出るかもしれないが、十分対処可能な範囲。そこまで多額の報酬は必要なく、場所の問題さえなければ楽に小銭を稼げる内容だろう。

 やがて、ファルドの町が視界に入ってきた。ロウディアの灰色とは異なる、生活の色彩が戻ってくる。人声が聞こえ、商人の呼び声が行き交う。町の喧騒が、リオルを包み込んでいく。

 井戸の水汲み、商人との交渉、日用品の補充。ロウディアの灰色に満ちた土地を離れ、ファルドに戻ることで、リオルは一つの居場所に帰還した感覚を覚えた。

 夕刻、二人は買って来た夕飯の食材を部屋に置いたあと、宿舎の屋上で町を見下ろしていた。ロウディアの灰色の大地は、既に視界の向こう側にある。その代わり、ファルド特有の灯りが点々と浮かび上がり始めていた。

ノエル「リオくんのしたいこと。それは、もう一人では出来なくなってきているのだと思います」

 リオルは何も言わず、目で続きを促す。

ノエル「リオくんのやりたいことは、これから大きくなってきていくのだと思います。一人では、どうしても限界がある。リオくんには、《鑑定》の分析、ロウディアの開拓、人員の配置。そうした判断を伴う仕事が増えていくのではないでしょうか。だからこそ、毎日の採集という手作業は、他の人に任せるべき。そうすることで、リオくんにしかできない事に力を注ぐことができるのではないでしょうか」

 リオルは、ノエルの言葉に頷いた。彼女の指摘は的確だ。自分は、《鑑定》の謎を解きたい。そして、同時に、ロウディアが何であるのかを知りたい。毎日ロウディアに赴いて採集するという作業だけでは、その全貌は見えないのかもしれない。ならば、信頼できる者にサンプル採集を任せ、自分はより大きな視点から、この灰色の大地を観察する。その選択が、今のリオルに必要なことなのだろう。

 その夜、二人はギルドを訪ねることにした。ファルド冒険者ギルドの扉を押し開くと、熱気と人声が一度に押し寄せてきた。広い内部は、木材と石造りで構成されている。奥の方には酒場と思しき場所があり、手前には受付のカウンターが配置されていた。夜間だというのに、ギルド内には多くの冒険者が出入りしており、其々が自分の装備を点検したり、仲間と談笑したり、掲示板の前で依頼内容を眺めたりしていた。その喧騒の中でも、一種の秩序が存在していた。経験を積んだ者たちの動きには無駄がなく、一方で新参と思しき冒険者たちは、先輩たちの様子を伺いながら足早に移動している。壁には無数の依頼書が貼られており、その中には血染みや焦げ跡のついた古い張り紙もあれば、真新しいものもあった。

 受付嬢は見た目は三十代程だろうか。短く切った髪に、ギルド職員としての簡潔な身なりをしている。その横には、武装した男が立っており、ギルドの秩序を守る役割を担っているようだった。

 リオルが依頼を出すために近づくと、受付嬢は顔を上げた。その瞬間、彼女の表情は業務的な微笑みへと変わる。ギルド内の目もまた、この二人へと向いていた。メイドを連れた少年。お貴族様がやってきた、金になるか、と期待のまなざしがギルド内に満ちる。

 リオルは丁寧に依頼内容を説明した。

・ロウディアまで行き特定の場所にある植物に水やりをし、毎日一本の植物のサンプルと周辺の土を採集する

・植えてあるサンプルは10個なので十日間、毎日同じ時刻に行うこと

・同じ条件で、同じやり方で行うこと

 それに加え何よりも時間を守れる人を希望することを伝えると、受付嬢は聞きながらメモを取り始めた。しかし、その手は次第に遅くなっていき、やがて完全に止まった。毎日一本の植物のサンプル。十日間。危険な戦闘なし。彼女の期待は、瞬時に霧散したのだ。

受付嬢「ロウディアでの採集ですか。十日間、毎日同じ時刻に。かなり……地味な任務になりそうですね」

 その言葉の奥底に失望が隠されていた。貴族の少年だと思って色めき立つギルド内の空気は、この仕事内容を聞くと一転。簡単で退屈な採集業務。さらにロウディアという縁起の悪い場所。ギルド内の冒険者たちは既に目をそらし、各々がやっていたことへと戻っていった。報酬が低いことは火を見るより明らかだ。

 受付嬢も、業務的な対応へと戻った。彼女の職業意識は、どんな仕事でも登録を進めることに変わりはなかったが、その動作には明らかに熱意が失われていた。

 しばらくすると、一人の女性が歩み寄ってきた。その接近は、まるで野生動物のそれだ。足音ひとつしない。衣擦れの音さえも、細心に抑制されているかのように。リオルが気づいた時には、既に彼女はギルド内の喧騒を分けて、受付前へと移動していた。

 まず艷やかな黒髪が目に入った。濃い色合いで、陽光を受けると青みが差すほどだ。その髪を左右を低く結い、ローツインの形に整えている。編み込みや装飾はなく、根元を単純な紐で軽く束ねているだけ。前髪は流れるまま、肩先に柔らかく滑っている。風に揺らぐたびに、その髪筋が動く様は、一種の優雅さすら感じさせた。

 灰茶色のロングコートは、丈がくるぶしまで達する長さだ。裾は幾度となく修繕された跡が見えるほどで、使い込まれた実用性がそこかしこに感じられた。その下には、軽装のアーマーが見え隠れしている。金属は光を反射させるように磨かれ、かつ、音を立てないよう細部まで調整されていた。腰には複数の小瓶や簡易記録板が吊り下げられており、その一つ一つが彼女の仕事の道具として機能していることが一目瞭然だ。

 顔立ちは端正で、目は少し吊り気味だ。常に周囲を観察しているような鋭さが、その瞳に宿っている。その視線には、感情的な温かみはなく、ただ冷徹で論理的な判断が隠されているように見えた。肌は整った白さを持ち、化粧気はない。その肌色は、野外活動を重ねてなお白さを保つ珍しさであり、それは彼女の体質か、あるいは常に危機から身を守ることを優先する生活がもたらしたものなのか、判断を付けがたい。唇は引き締まり、表情に厳しさと信念がにじみ出ていた。

 彼女の存在そのものが、ギルド内の空気を微妙に変えた。経験を積んだ冒険者たちですら、その接近に気づくと、無意識のうちに視線を向けてしまう。それは敬意なのか、あるいは別の意図なのか。リオルには判断がつかなかった。彼女はリオルの前に立ち、簡潔に言った。

???「その仕事、私が引き受けましょうか」

 その女性に、受付嬢が視線を向けた。すると、彼女へと対するそのまなざしは、単なる業務的なそれではなく、一種の信頼を含んでいた。

受付嬢「ミレイ・カルナさんですか。確かに、あなたであれば適任かもしれませんね。時間の正確さには定評があり、依頼者からの苦情も一切ありません」

リオル「そこは僕としても優先したい要素ですね」

 リオルは、改めてその女性に目を向けた。ミレイ・カルナ。その名が、ギルド内でどのような評価を受けているのかは不明だが、受付嬢の言葉からは、少なくとも信頼に足る冒険者だということが読み取れた。

ミレイ「同じ時間に的確な調査を行い、報告。私の最も得意とするところです」

 答えは淡々としていた。だが、受付嬢がこの女性を推薦したという事実が、その言葉の重みを担保している。

ノエル「では、報告の方はどのようなペースで?」

ミレイ「特に要望がないのであれば、お昼前には指定された場所にサンプルをお届けします」

 リオルは、受付嬢の評価とミレイの返答を合わせて考えた。時間に正確で、報告が信頼できる。この条件だけで、今のリオルたちには十分だ。

 リオルは、ミレイを雇うことにした。先程の受付嬢とのやり取りを聞いてはいたと思うが、報酬を提示し採集方法を詳しく説明した。それをもう聞いたから不要と切り捨てるでもなく、自分への説明はまだということで丁寧に聞いている姿にもリオルの中で信頼が積み上がっていた。

ミレイ「了解しました。明日から開始します」

 その返答は、疑問の余地なく明確だった。

 ギルドを後にする際、リオルは夜空を仰ぎ見た。ロウディアへの道の向こうは、既に深い闇に包まれている。その静寂の中で、これまでの調査が、一つの次の段階へと進んだのだと感じた。

 毎日ロウディアに足を運び、独り採集を続けることから、採集者を雇い、自分はその分析に専念する形へと移行する。その第一歩は、一人の信頼できる採集者を雇うことだった。

 ギルドを出ると、ミレイはリオルたちに一礼した。その後灰茶のコートの裾を風が翻すまま、ロウディアの方角へと歩み去っていった。

 ノエルが、ミレイの背を見送りながら呟いた。

ノエル「良い出会いであるといいですね」

 リオルは頷いた。確かに、これでロウディアでの調査方法が変わる。毎日自分が赴くのではなく、ミレイからの報告を受けて分析する。その分析に基づいて、次の調査方針を立てる。それが、『リオルにしかできない仕事』だ。

こうして、リオルの調査体制は新たな段階へ進むことになった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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