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辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


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 丘陵の斜面を登り切ると、視界が開けた。ロウディアの遺跡が眼前に広がっている。

 石造りの構造物が朝の光を反射し、灰色と白が混ざった冷たい色合いで浮かび上がっていた。風が吹き抜け、周囲の草がわずかに揺れる。鳥の声はもう聞こえない。


 リオルとノエルは並んで立ち、遺跡の入口を見つめた。前回訪れたのはそう昔のことではない。だが今回は違う目的を持ってここに来ている。

 前回は、止まった装置の残骸を調べに来た。動かない機構、失われた機能。それらを確認し、記録し、諦めるための訪問だった。

 だが今は違う。緑豆畑での観測が、新しい視点をもたらした。土地は回復する。魔力を与えれば、吸収圧は下がる。その事実が、遺跡への見方を変えた。

 リオルは一度深呼吸をした。ノエルも無言で頷く。二人は歩き出した。


 遺跡の入口は以前と変わらず開いたままだった。石の扉枠が崩れかけた状態で、中へ続く通路が薄暗く見える。

 リオルが先に足を踏み入れた。靴底が石床を踏む音が響く。ノエルがその後に続く。


 中は冷えていた。外の温度とは明らかに違う。壁から染み出すような冷気が肌に触れる。

 この冷たさは、単なる気温の低下ではない。魔力が失われた空間特有の、生命の気配が薄い冷たさだ。リオルは何度もこの感覚を経験してきた。

 リオルは《鑑定》を起動させた。魔力反応を確認する。前回と同じだ。強くも弱くもなっていない。遺跡そのものは、何も変わっていない。変わったのは、こちらの見方だ。


リオル「魔力の状態は、変わってないみたいだ」

ノエル「はい。それは……良いことですね」


 その言葉には、静かな安堵が含まれていた。変化がないということは、少なくとも状況が悪化していないということだ。

 遺跡が魔力を吸い続けているのか、それとも既に停止しているのか。その判断は重要だった。もし今も吸い続けているなら、対処の方法は全く異なる。

 だが《鑑定》の結果は明確だ。遺跡の魔力反応は安定している。吸い上げ機構は、既に機能を失っている。残っているのは、土地側の飢餓状態だけだ。


リオル「緑豆畑で希望が見えたからこそ、ここで焦っちゃいけないと思うんだ」

ノエル「可能性があるということは……失敗できないということでもありますから」

リオル「そうだね。だから、慎重にいかないと」


 ノエルは微かに微笑んだ。その表情には、リオルの判断を肯定する色が浮かんでいた。

 二人はさらに奥へ進んだ。通路の両脇には、崩れかけた石柱が並んでいる。床には細かな砂利が散らばり、足音が少し変わった。

 石柱の表面には、風化によって読めなくなった文字が刻まれている。かつてここを管理していた者たちの記録だろうか。それとも、観測対象を示す標識だったのか。

 やがて、広い空間に出た。以前も見た場所だ。天井は高く、壁には古い文様が刻まれている。中央には、石で組まれた台座のようなものがあった。

 この空間は、おそらく観測の中枢だ。ここから周囲の魔力流を監視し、記録していたのだと思う。天井の高さは、魔力の流れを妨げないための設計かもしれない。

 リオルはそこで立ち止まり、台座を見つめた。ノエルも隣に立つ。


リオル「ノエル、これまでの事実を整理したいんだけど」

ノエル「はい。お願いします」


 リオルは台座の表面を指先で撫でた。冷たい石の感触が、思考を鋭くする。


リオル「土地は今も魔力を吸っている。枯渇しているから、見境なく吸っている状態だと思う」

ノエル「ええ。それは最初の緑豆畑での観測でも確認できました」


 ノエルは記憶を辿るように視線を遠くへ向けた。


ノエル「以前見た装置の配置を思い出すと……記録や測定に関わる構造が多かったように思えます」

リオル「遺跡は本来、供給装置じゃない。観測施設だったんじゃないかな」


 リオルは台座から手を離し、壁に刻まれた文様へと視線を移した。


リオル「そこに、吸い上げる仕組みが後付けされた。誰かが、観測機構を流用して魔力を吸い上げたんだと思う」

ノエル「その結果、土地全体が枯渇したのですね」

リオル「枯渇した土地は、飢えた状態で魔力を吸い続けている」


 ノエルは静かに頷いた。その視線は、リオルの言葉を一つ一つ確認するように動いている。

 リオルは台座の端に視線を落とした。緑豆畑での観測が、一つの可能性を示してくれた。


リオル「本来、土地の魔力は自然に回復するものだと思う。植物が育ち、枯れる時に魔力を返す。でなければ最初から破綻しているなんて自然のあり方として不自然だ」

ノエル「生命の循環が、魔力の循環でもあるということですね」

リオル「うん。だから、枯渇状態さえ抜ければ、あとは自然に回復していくはずなんだ。問題は、その最初の一歩をどう踏み出すかだと思う」


ノエル「整理すると、矛盾はありませんね」

リオル「うん。ただ、これは全部仮説だけど」

ノエル「それでも、筋は通っています」


 リオルは台座から視線を外し、通路の奥を見た。最深部への道が続いている。


リオル「前回は、止まった装置として見ていた。動かない機構、壊れた構造。そういう視点だった」

ノエル「今回は……違うのですね」

リオル「うん。今回は、歪められた流れとして見る。本来の目的と、後付けされた目的。その二つを分けて見ないといけないと思う」


 ノエルは腕を組んだ。その仕草は、思考を整理している時のものだ。

 特殊な《鑑定》スキルを持つリオルにとって、どのような視点をもって事にあたるかというのは大きく意味が異なる。


ノエル「つまり……新しい場所を探す必要はない、ということですか」

リオル「そう。深部を広げる必要もない。同じ場所を、別の見方で調べ直すだけでいいんじゃないかな」


 その言葉には、静かな確信が含まれていた。リオルは《鑑定》で何度もこの遺跡を観測してきた。だが、その視点は常に「現在の状態」に向けられていた。

 壊れた装置、失われた機能、停止した魔力流。それらを確認し、記録し、分類する。その作業は必要だったが、それだけでは不十分だった。

 今必要なのは、過去の意図を読み解くことだ。誰が、何のために、この施設を作ったのか。そして誰が、それをどう歪めたのか。

 本来の設計と、後から加えられた改変。その二つを分けて見ることができれば、復旧への道筋が見えてくるかもしれない。


 リオルは歩き出した。ノエルも無言でついてくる。通路はさらに奥へと続いていた。

 壁の文様が少しずつ変わっていく。初期の構造と、後から追加された部分の境目が見える。石の色が微妙に違う。継ぎ目の処理が雑だ。


リオル「この辺りから、構造が変わってる」

ノエル「後付けされた部分、でしょうか」


 リオルは壁の継ぎ目を指で辿った。段差がある。明らかに後世の手が加わった痕跡だ。


リオル「たぶん。石の材質も違うし、加工の精度も落ちてる」


 ノエルは壁に手を伸ばし、石の表面を指先で確かめた。


ノエル「確かに。こちらは粗いですね」

リオル「手触りでわかる?」

ノエル「はい。明らかに違います」


 リオルは《鑑定》を使いながら進んだ。魔力の流れを追う。わずかな反応が、壁の内側を這うように進んでいる。

 それは均一ではない。途中で分岐し、一部は途切れている。本来の観測ラインなら、もっと規則的な配置になっているはずだ。

 だがこの流れは、意図的に曲げられている。自然な配置ではない。誰かが、何らかの目的のために、魔力の流れを別の方向へ誘導したのだ。


リオル「流れが……途中で曲がってる」


 リオルは立ち止まり、壁に向けて《鑑定》の精度を上げた。魔力の反応が、視界の中で細い線として浮かび上がる。


ノエル「自然な流れではない、ということですか」

リオル「うん。本来の観測ラインとは違う方向に向かってる。これが、吸い上げ機構の痕跡なんじゃないかな」


 ノエルは静かに頷いた。その表情には、リオルの推測を支持する色が浮かんでいる。


 二人はさらに奥へ進んだ。通路は徐々に狭くなり、天井も低くなっていく。

 足音が変わる。石床の響き方が、より密閉された空間特有のものになっていく。空気も重くなっている。

 やがて、最深部への扉が見えてきた。石で作られた重厚な扉だ。表面には複雑な文様が刻まれている。

 この扉の向こうが、観測施設の核心部だ。記録装置、制御機構、そして恐らく、後付けされた吸い上げ機構の痕跡も、そこにあるはずだ。


 リオルは扉の前で足を止めた。ノエルも隣に立つ。


 扉を見上げる。文様の一部は、明らかに後から追加されたものだ。彫りの深さが違う。線の太さも違う。

 本来の文様は繊細で、規則的だ。だが後から追加された部分は、粗く、急いで刻まれたように見える。技術の差ではない。時間の制約があったのだ。

 リオルは《鑑定》を扉に向けた。魔力反応が微かに返ってくる。ただし、それは扉そのものではなく、扉の向こう側から漏れてくるものだ。

 かすかだが、確かに魔力が残っている。完全に枯渇しているわけではない。ならば、何らかの形で復旧の可能性はある。


リオル「……見るべき場所は、ここだな」

ノエル「次は、観測施設としての機能を読み解く、ということですね」


 リオルは頷き、扉の表面に手を置いた。冷たく、重い。この向こうに答えがある。


リオル「うん。記録、同期、観測ログ。そういうものを重点的に見ていくつもりだ」


 ノエルは扉の文様を丁寧に追いながら、視線をリオルへ向けた。


ノエル「では、始めましょうか」

リオル「うん。慎重にいこう」


 リオルは扉に両手を当てた。冷たく、重い。だが、この向こうに答えがある。

 緑豆畑での成果が、希望を与えてくれた。だがその希望は同時に、慎重さの必要性も示している。


 ゆっくりと、扉を押す。重い石の扉が、軋みながら開いていく。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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