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辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


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 翌朝リオルは居間の窓際で焙煎の準備をしていた。昨日はロウディアへの散布と学士棟への顔出しを終えたが、今日は別の予定がある。ファルド最大の商会ガンザック商会への初訪問だ。その前にコーヒーの仕込みを済ませておきたかった。

 小さな鉄鍋の底にバンの実を並べる。生豆の状態では薄緑がかった灰色で、表面にはわずかな凹凸がある。リオルは《鑑定》を発動した。


《鑑定応答》

・対象:バンの実(生豆状態)

・内部水分量:約11%

・香味前駆体:未発現(加熱必須)

・推奨加熱温度:初期120度→段階的昇温→最終205度

・クラック予測:内圧上昇により約190度付近で発生

・均一焙煎のための攪拌頻度:2〜3秒ごと


 リオルは鍋の下に火魔術を展開した。《フレイムコントロール》の出力を絞り、弱火に相当する熱量を維持する。鍋の底から熱がゆっくりと伝わり始めた。リオルは木べらで豆を軽く攪拌する。その手つきは慣れたものではない。ただ《鑑定》が示す数値に従って動いているだけだ。


《鑑定応答》

・現在豆温度:平均82度

・温度分布偏差:±3.2度(許容範囲内)

・水分蒸発進行率:8%

・推奨:現状維持


 火力はそのままでいい。リオルは攪拌を続けた。豆が鍋の中で小さく跳ねる音が聞こえる。バンの実特有の青臭さが少しずつ薄れていく。

 ノエルが居間に入ってきた。手には湯を沸かすための小鍋と布巾を持っている。

ノエル「おはようございますリオくん。今日も焙煎ですね」

リオル「うん、今日は商会に持っていく分も含めて多めに焙煎するつもりなんだ」

 ノエルは静かに頷き、竈の脇で湯を沸かし始めた。抽出の準備だ。リオルが焙煎を終えたあと、ノエルが淹れる。この分担は自然と決まっていた。

 リオルは再び《鑑定》を発動した。


《鑑定応答》

・現在豆温度:平均148度

・内部温度差:外側152度/中心141度(差11度)

・水分蒸発進行率:42%

・香味前駆体生成:初期段階

・推奨:火力を120%に上昇、攪拌継続


 リオルは火魔術の出力をわずかに上げた。鍋の底の炎が少しだけ強くなる。豆の色が徐々に茶色へ変わり始めた。リオルは木べらで豆を返しながらその変化を観察する。均一に熱が入るよう、鍋の端と中央を意識して混ぜていく。


《鑑定応答》

・現在豆温度:平均187度

・内部温度差:外側189度/中心183度(差6度・良好)

・水分蒸発進行率:78%

・一次クラック予兆:内圧上昇率91%(まもなく発生)

・香味成分生成進行率:62%

・推奨:火力維持、クラック音に注意


 数秒後、パチン、という小さな音が鍋の中から聞こえた。一次クラックだ。豆の内部で水蒸気が膨張し、組織が破裂する音。リオルは攪拌の速度を少しだけ上げた。クラックが連続して鳴り始める。パチパチと軽快な音が居間に響いた。

ノエル「今日も良い音ですね。順調そうですから、このままで問題なさそうです」

リオル「うん、あと少しで止めるつもりだ」

 リオルは《鑑定》を再度発動した。


《鑑定応答》

・現在豆温度:平均203度

・香味成分生成進行率:89%

・焦げ反応予兆:検出なし

・推奨終了タイミング:あと12秒後

・冷却推奨:金属バットへ移し、送風で急冷


 リオルはあと数回攪拌を続けた。豆の色は深い茶色になり、表面に油分がわずかに浮き始めている。12秒が経過した瞬間、リオルは鍋を火から外した。すぐに金属製のバットへ豆を移し、風魔術で風を送る。豆から立ち上る熱気が顔に触れた。香ばしい匂いが部屋中に広がっていく。

 ノエルが湯を沸かし終えていた。彼女は布製のフィルターを準備し、焙煎したての豆をすり鉢で粗く砕き始める。その所作は丁寧で無駄がない。リオルはノエルの手元を見ながら、自分の焙煎がうまくいったことを確認した。豆の色、膨らみ具合、香り。どれも《鑑定》が示した通りの結果だ。

 ノエルはフィルターに粉を入れ、少量の湯を注いだ。蒸らしの工程だ。粉が静かに膨らみ、小さな泡が表面に浮かぶ。30秒ほど待ってからノエルは残りの湯をゆっくりと注いでいく。湯が粉を通り抜け、下の容器に黒い液体が溜まっていった。

 ノエルは二つのカップにコーヒーを注ぎ、一つをリオルに手渡した。

ノエル「どうぞリオくん」

リオル「ありがとう」

 リオルは一口飲んだ。苦味の奥に甘みがある。酸味は控えめで後味がすっきりしている。バンの実特有の雑味がほとんど消えていた。

ノエル「今日のは特に美味しいですね。昨日より香りが強いように感じます」

 ノエルはカップを傾けながら湯気の向こうでリオルを見ていた。口角がわずかに上がっている。

リオル「うん、焙煎の温度管理を少し変えてみたんだ。鑑定のおかげで調整がやりやすいよ」

 リオルは《鑑定》の数値を微調整しながら焙煎の精度を上げ続けていた。ノエルは二口目を飲む前に一度香りを嗅ぎ、それからゆっくりとカップを傾けた。

 二人はしばらく無言でコーヒーを飲んだ。朝の静けさの中で、カップを傾ける音だけが小さく響く。

リオル「今日はガンザック商会に行くよ」

ノエル「はい。鑑定の仕事を紹介してもらうのと物資供給先の確保ですね」

 これは昨日アデリナの提案を受けて思いついた案だった。商会に顔を覚えてもらうために、自分が今最も出せる強みを活かさない手はない。

リオル「そう。あとコーヒーも少し持っていこうかなと思ってる。試飲してもらえれば取引の話も進むかもしれないし」

 リオルは焙煎したコーヒー豆の入った小袋を手に取った。これで相手の興味を引けるかどうか。

ノエル「商会長のバルム・ガンザックという方、どんな人なのでしょうね」

 ノエルは小袋を見つめてからリオルへ視線を戻した。その目は穏やかだが、声の調子はいつもより少しだけ慎重だった。商人との交渉は貴族の日常業務だが、リオルにとっては不慣れな領域だ。

リオル「さあて、どうだろう。でも大きな商会を仕切ってるくらいだから切れる人だとは思うけど」

 リオルはカップを置いた。コーヒーの残り香が鼻に残る。このコーヒーは量産できない。バンの実の入手も限定的だし焙煎には《鑑定》が必要だ。大量に卸すことはできないが今日のところは品見せが目的だ。

ノエル「準備ができたら出発しましょうか」

リオル「うん、少し早めに行こうと思う」


 ファルドの商業区はギルドや学士棟のある区域とは少し離れていた。街道沿いに建物が並び、荷車や商人たちが行き交っている。リオルとノエルは石畳の道を歩きながら周囲の店を眺めた。雑貨屋、武具店、食料品店。どれも小規模だが客の出入りは多い。

ノエル「この辺りは活気がありますね」

リオル「うん、商業区らしい雰囲気だね」

 ガンザック商会の建物は商業区の中心に位置していた。三階建ての石造りで、正面には大きな看板が掲げられている。「ガンザック商会」という文字が金色の装飾で縁取られていた。建物の周囲には荷車が何台も停まっており、荷物の積み下ろしをする作業員たちの声が聞こえる。

リオル「あれがガンザック商会か。想像してたより立派だな」

 リオルとノエルは正面の扉を開けた。中は広い吹き抜けになっており、左右に商品棚が並んでいる。魔石、素材、薬草、道具。様々な品が整然と陳列されていた。奥には受付カウンターがあり、二人の職員が応対している。

 リオルが入ると、受付の女性職員が顔を上げた。彼女はリオルの服装を一瞬見て、表情をわずかに改めた。

受付嬢「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

リオル「会頭のバルム・ガンザックさんとお話ししたいんだけど。アポイントメントは取っていないんだが」

 受付嬢は一度視線を伏せ、それから奥の扉の方を見た。数秒の間があった。

受付嬢「少々お待ちください。確認してまいります」

 彼女は奥の扉へ消えた。リオルは待合のベンチに腰を下ろした。ノエルが隣に座る。周囲では他の客が商品を眺めたり、職員と交渉したりしている。商会の空気は活気があり、金の流れが見える場所だった。

リオル「アポなしで来たけど、会ってくれるかな」

ノエル「この時間は確かいらっしゃったはずです。貴族の方が挨拶したい、と来ればよっぽど忙しくない限り問題ないかと」

 しばらくして受付嬢が戻ってきた。

受付嬢「会頭がお会いするとのことです。こちらへどうぞ」

 リオルとノエルは職員に案内され建物の奥へ進んだ。廊下を抜け階段を上がる。二階の応接室らしき扉の前で職員が立ち止まった。

受付嬢「こちらでお待ちください。すぐに会頭が参ります」

 リオルは頷いた。扉が開かれ、中へ案内される。部屋の中央には大きなテーブルがあり、椅子が四脚並んでいた。窓からは商業区の街並みが見える。リオルとノエルは席に座った。

 その時、廊下の向こうから重厚な足音が近づいてきた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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