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辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


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 翌朝、リオルとノエルはロウディアへ向かった。夜明けの薄明かりの中、灰色の大地に一歩踏み入れると、いつもの静けさと微かな風の音だけが迎えた。

 リオルは前日に粉砕した屑魔石粉末を布袋から取り出し、試験区域の土壌へ薄く撒いていった。粉は乾いた土の上で白い靄のように広がり、風に少しだけ流される。ノエルが隣で採集地点の印をつけながら、撒布の範囲を記録していく。

リオル「とりあえず、これで第一次の散布は完了かな」

ノエル「はい。あとは数日おきに変化を見に来ましょう」

 二人は試験区域を後にした。ロウディアの風景は、相変わらず灰色に沈んでいる。だが、撒いた粉末の白い痕跡が、わずかにその単調さを破っていた。


 ファルドへ戻る道中、リオルは次の行動を考えていた。個人で行っている魔術の効率化について、一度専門家の目を通してもらいたい。そうした思考が自然と学士棟への訪問へと繋がる。魔術理論の専門家と話せれば、今まで見えていなかった視点が見つかるかもしれない。

 ファルドの外れに建つ学士棟は、周囲の建物とは明らかに異なる雰囲気を持っていた。石造りの三階建ての建物は外壁が灰色の花崗岩で覆われ、窓枠には古い鉄格子が嵌め込まれている。窓の向こうには本や羊皮紙が積み上げられた室内が見えた。建物の周囲は静かで、人通りもまばらだった。門の脇には風化した石碑が立っている。そこには「ファルド学士棟」という文字が刻まれていた。

 リオルとノエルは正面の扉を押し開けた。重い木製の扉が軋む音を立てて開く。内部に入るとひんやりとした空気が肌に触れた。内部は薄暗く、壁の両側には天井まで届く本棚が並んでいる。古い魔術書の背表紙が色褪せた革や布で覆われていた。廊下の奥からは羽ペンが羊皮紙を擦る音が微かに聞こえる。受付には眼鏡をかけた中年の男性職員が座っていた。彼はリオルたちに気付くと、静かに顔を上げた。

職員「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

リオル「魔術理論について、相談できる研究者を探してるんだけど」

 職員は棚から一枚の羊皮紙を取り出し、リオルの前に広げた。そこには研究者の一覧と、それぞれの専門分野が記されていた。

職員「こちらの中から該当の分野の研究者を選んでいただけると。オフィスアワーで対応可能な方以外ですとアポイントメントが必要になります」

 オフィスアワー。大学職員等が生徒の質問や相談に乗るために設けられた、研究室にいる時間帯だ。この学士棟に授業や生徒等がいるかはわからないが、リオルはそのような時間だろうと見当をつけた。オフィスアワーの時間に該当する、いくつかの名前に目を通す。


・ハロルド・ゲインズ

 専門:魔獣学、生態系の魔力依存度、環境魔力の回復速度

・アデリナ・フィール

 専門:魔力流体論、魔力式基礎数学

・ルーネ・カルヴァン

 専門:魔術史、古代文明の魔術構造、遺跡の刻印

・ティアナ・フィール

 専門:生活魔道具、魔力式工学、結界基礎構造

・ダグラス・ミンツ

 専門:高等魔術式、攻撃魔術の魔力推進論


「魔力流体論」「魔力式の基礎数学」の分野を扱う研究者として、アデリナ・フィールという名前が目に止まった。

リオル「この人にお願いしたいんだけど」

職員「アデリナ先生ですね。三階の奥、第七研究室です。ノックしてからお入りください」

 リオルは職員に礼を述べ、ノエルと共に階段を上がった。

 階段を上がり、三階へ到達した。廊下は静まり返っていた。窓から差し込む午後の光が空気中を漂う埃の粒子をわずかに照らしている。床には古い絨毯が敷かれ、歩くたびに微かな軋みが響いた。廊下の両側には研究室の扉が並んでいる。いくつかの扉の向こうからは物音一つ聞こえない。別の扉からは低い呟き声が漏れていた。誰かが独り言を言いながら何かを考えているのだろう。

 第七研究室の扉の前に立つと、中から何かを書き殴る音だけが聞こえた。羽ペンが羊皮紙を擦る音が一定のリズムで繰り返されている。

 リオルは軽くノックした。

 「どうぞー」

 その声は、テンションのない平坦なものだった。リオルは扉を押し開けた。

 部屋の中は知識の混沌だった。本と羊皮紙が机の上、床の隅、窓際の棚にまで積み上げられている。壁には魔術式の図が無数に貼られていた。それらは複雑な幾何学模様を成し、一部はインクが滲んで判読不能になっている。机の上にはインク瓶が三つ、羽ペンが五本ほど散乱していた。そのうち二本はインクを含んだまま放置されている。窓際には古びた測定器具やガラス製の実験道具が並んでいた。

 そして、その混沌の中央に座る女性が一人。

 髪は肩より少し長く、若干ボサボサだった。ルーズサイドテールといえば聞こえは良いが、ただ邪魔にならないように横に垂らされた髪を一つに縛っているだけである。服装は研究者用の簡素なローブで、袖口にはインクの染みがいくつも付いていた。眼鏡は細い銀縁で鼻の上でずり落ちかけている。だがその目だけは鋭く、何かを見つめていた。机の上の羊皮紙に数式が走り書きされている。右手がペンを握ったまま微かに震えていた。その震えは緊張ではなく空腹によるものだと、リオルは直感的に理解した。

 女性はゆっくりと顔を上げた。その動作は機械的で、思考の中断を最小限にするかのようだった。

アデリナ「ああ、ちょっと食べてないだけだ、気にしなくていい」

 その言葉は淡々としていた。リオルは少し戸惑いながらもノエルが持ってきた焼き菓子の包みを取り出した。

リオル「もしよければ、これを」

 アデリナは包みを受け取り、中身を確認した。焼き菓子が三つ、丁寧に並んでいた。

アデリナ「む、ここは大人として遠慮したいところだが……。手軽に摂取できる糖分はありがたいな。いただこう」

 そう言って、アデリナは一つを口にした。食べる動作は淡々としていたが、その後に小さく息をついた。

アデリナ「君、貴族様だね? 何と呼べばいい?」

 その視線はリオルの服装を一瞬だけ見て、すぐに机の上へ戻った。貴族かどうかは重要ではなく、呼び方だけが必要な情報のようだった。

リオル「リオルで大丈夫です」

アデリナ「そうかね。では、リオル君」

 アデリナは二つ目の焼き菓子を口にしながらリオルとノエルを見た。

アデリナ「従者の方?」

ノエル「はい。ノエルと申します」

アデリナ「焼き菓子、ありがとう。助かった」

 その言葉には感謝というより合理的な評価が含まれていた。糖分補給という目的が達成されたという確認のようだった。

リオル「あの、お茶を淹れる道具はありますか?」

アデリナ「その棚のどこかにあったはずだ。埃かぶってるかもしれないけれど」

 リオルは指差された棚を開け、小さな陶器のポットと茶漉しを見つけた。確かに埃が積もっていた。ノエルが布巾で拭き、リオルは持参していたコーヒー豆を取り出した。

 簡易的にドリップして淹れる。温かい香気が鼻腔を通り、焦がした果実のような苦味が立ち上がった。その香りが、研究室の空気を少しだけ柔らかくした。

 リオルはカップをアデリナの前に置いた。アデリナは一口飲んだ。

リオル「これ、コーヒー……僕達が作ったお茶みたいなものです。もしお口に合えばどうぞ」

アデリナ「ほう、これは……悪くないね。バンの実の風味があるけど、すごく香り高いな。それに味も……うん。あの雑味が一切ない、でもすっきりした苦みがあっていいね。頭がスッキリするよ」

 アデリナは二口目、三口目を自然に口につけていた。その動作が、気に入ったことを示していた。

アデリナ「で、本日はどのような要件で? このコーヒーというものを売りに来たというわけではないのだろう? 私としてはそれでも構わないが」

 リオルは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、机の上に置いた。

リオル「個人的に初級魔術の効率化について色々考えてるんですけど、一度詳しい人に見てもらいたくて。見てもらえませんか?」

 アデリナは羊皮紙を手に取り、目を通し始めた。最初はさっと流し読みするような様子だったが、途中から目の動きが止まった。視線が一点に留まり、そこから次の行へゆっくりと移動していく。その速度が明らかに遅くなっていた。

 アデリナは羊皮紙を机の上に置き、自分のペンを取った。

アデリナ「少し書き込んでも?」

リオル「はい、写しですので好きなようにしてもらって構いません」

メモの余白に小さく式を書き込み、それをリオルの式と照らし合わせる。その動作を数回繰り返した後、アデリナは小さく息をついた。

アデリナ「最初に聞きたいんだが、この研究の目的は?」

リオル「目的、ですか」

 リオルは面食らった。よかったら褒められて、良くないなら自分の計算や理論の間違いを指摘されると思っていたからだ。

アデリナ「まずはそこがダメだね。どんな研究にも目的が必要だ。さすがに何も無いところからいきなり思いついたわけではないだろうから、君にも何か目的があったんだろう。でもまずはそれを書かないとね」

 リオルはその言葉を聞きながら自分のメモを思い返していた。確かに目的という項目は書いていなかった。ただ観測した数値とそれを改善するための仮説だけが並んでいた。目的を書く。そんな発想自体がなかった。

アデリナ「目的を常に意識した研究ではないと段々手法にこだわった薄い論文になる。まあそういった論文をいくつも見てきたよ」

 アデリナの声には経験に基づいた確信があった。リオルは頷きながらその言葉を受け止める。

リオル「そう、ですね。まだ形にはなってないですが、僕はすごい魔力量だったり魔術の扱いに秀でた才能があるわけではなかったので。それでも実用的に魔術を使う方法を模索していた、といいますか」

アデリナ「ふむ。うーん、それでもまだダメだね、小さいな。研究目的というのは、世界や人類をどう良くするかという視点を持ったほうがいい」

リオル「世界、ですか。それはまた随分と大きい……」

 世界や人類。リオルはそうした壮大な目的を掲げたことがなかった。ただ自分の魔術が少しでも効率的に使えればいい。それだけだった。

アデリナ「そう言うと胡散臭く感じるかもしれないがね。何も人類愛や、世界平和を願う聖人になれというわけではないんだ。研究が好きな理由とか、モチベーションなら小さなものでもいいんだけどね。研究目的が小さいと、出るアイデアも小さくなる。考え方の根幹とでも言おうか、何か大きなモノのためになる意識を持っておくと、広がることがあるから意識したまえ。もっと大きな目的を持っておくと、自分の行っていた研究が実はもっと大きな研究につながる事もあるし、そういったことから大きな発見や新しい技術が生まれたりもする」

 アデリナの言葉は淡々としているが、その内容には重みがあった。リオルは少し考え込んだ。目的を大きく持つ。魔術の効率化という数字の先に何があるのか。今まで考えたことのない方向だった。

リオル「なるほど……。わかりました、考えてみます。好きな理由やモチベーションなら、僕は効率化や無駄をなくすことが好きなので、それで良いのですけどね」

 リオルは軽く笑いながら話した。それは自己紹介というか自分という人間の気質を開示するものだった。効率化や無駄をなくすこと。それがリオルの根底にある動機だった。

アデリナ「お、いいじゃないか。いいね、むしろそこを手がかりに考えていくと良いかもしれないね」

 アデリナの目がわずかに明るくなった。ペンを取る手の動きが速い。

 アデリナはメモの端に簡単な式を書き加えた。

リオル「ありがとうございます。これ、すごく参考になります」

アデリナ「とはいえ、だ。やっている内容自体はおもしろいね。いくつか詰められるかもしれない部分をメモしておいた。進捗があれば、また持っておいで」

 リオルは羊皮紙を受け取った。余白にはアデリナの走り書きがいくつも並んでいる。それらは簡潔だが的確に改善点を示していた。

 その声は淡々としていたが、どこか期待を含んでいるようにも聞こえた。リオルは羊皮紙を丁寧に畳み、懐にしまった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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