026
本話より品質向上のためのペース調整として、隔日更新に変更します。
引き続きよろしくお願いします。
遺跡を抜ける坑道を、二人は静かに歩んでいた。明かりの届かない天井の上には、今も尚、誰も知らない多くの秘密が眠っているのだろう。その思いを抱きながら、リオルとノエルは地上へ向かった。洞窟の入口が近づくにつれ、ロウディアの昼間の光が徐々に増していった。やがて、地上へ足を踏み出した時には、外の光が二人の瞳を優しく照らしていた。
帰路の途中、ノエルが口を開いた。
ノエル「ゴーレムとの戦闘で忘れていましたが、そもそもここがただの遺跡ではなく目的を持って作られた設備だという事が大きな発見でしたね」
その言葉は、彼女の思考が、施設の本質的な役割へと向けられていることを示していた。リオルはそれを聞きながら、ロウディアの灰色の地面を踏みしめた。
リオル「そうだね。あれが単なる廃墟じゃなくて、意図的に設計された施設だっていうことが分かっただけでも、大きな手がかりになると思う」
ノエル「意図的に……であるなら、この施設は何をしていたんでしょうか」
ノエルの指摘は的確だった。ロウディアが長きにわたって魔力不足に陥っている理由が、その施設と関連しているのではないか。そうした推測が、二人の頭の中で形を取り始めていた。
家に帰り着いた時には、既に午後の日光が傾き始めていた。ノエルは玄関脇に新しい剣を立てかけ、リオルは机の上に採集したサンプルを並べ始めた。乾いた植物、変色した葉、萎れた茎。毎日採取されたそれらが、日ごとの変化を示していた。
サンプルを日付順に並べながら、リオルの目は各々の状態を追っていった。変化の程度、色の濃淡、枯れ具合の差。それらが、単なる劣化ではなく、何か規則的なパターンを示しているように見えた。
リオル「ミレイさんから毎日同じ時刻に採集してもらったサンプル、そしてその後いくつか採取したサンプルのデータ。これを見ると……」
リオル「植物の衰弱が、一直線に進むんじゃなくて、波のように変動してる」
ノエル「波……ですか」
リオル「衰えが強まる日と、緩和する日がある。その周期が、ほぼ一定のリズムを持ってるんだ。最初はただの誤差やゆらぎかと思ってたんだけど」
リオルは机の上に置いた採集サンプルの一つを手に取った。乾いた植物の茎。その表面には、明らかに生命力を失った痕跡が残っていた。
リオル「この変動のパターンを見ると、何か外部からの作用が定期的に加わってるように見える。まあ、それ自体は既知の事実だけど」
ノエルが身を乗り出す。彼女の目は、リオルが示すサンプルと、その周辺の変動データを追った。
ノエル「外部からの作用……それは、施設と関係があるのでしょうか」
リオル「それをアインに聞いてみたいんだ。このサンプルの詳細な分析を。何が、周囲の生命力をこんなに奪ってるのか」
リオルは心を落ち着めて、《鑑定》を発動させた。このサンプルの衰弱の根拠は何か。その変動の周期は何に由来しているのか。そして、その背後にある仕組みは。
《鑑定応答》
採集地点の土壌特性:魔力吸収傾向を検出。周期的に変動する吸収強度。上限時と下限時で約25%の差
吸収パターン分析:規則的な波動。自然現象ではなく、地下構造の周期的活動を示唆
推定原因:土壌の根本的な性質。魔力を吸収し栄養へ変換する機構。現在は過剰吸収状態
リオルはその応答を受けて、机の上に身を伏せた。その内容は、彼の予想の根本を揺さぶるものだった。土壌そのものが、魔力を吸収している。それは施設が吸い込んでいるのではなく……土地の根本的な性質だということか。
ノエル「リオくん。その『土壌の根本的な性質』というのは……」
リオル「つまり、ロウディアの土そのものが、魔力を吸い上げる機能を持ってるってことだ」
ノエルが呼吸を整え、その意味を噛みしめるように言葉を続けた。
ノエル「吸収……ですか。一体なぜそのような…」
リオル「その答えがアインの応答に含まれてる。『栄養へ変換する』って」
リオルはサンプルを机に置き、もう一度《鑑定》を発動させた。今度は、その吸収した魔力がどこへ向かうのか。その変換の行き先は。
《鑑定応答》
吸収魔力の処理:土壌栄養変換機構によって、土地の肥沃性を保つために消費される
正常時の動作:微量な吸収により、地表の生態系を安定的に維持
現在の状態:過度な吸収が継続中。周囲の生命力を強引に引き寄せ、魔力に変換しようとしている
推定原因:地中の基礎魔力が枯渇した結果、土壌が『飢えた』状態になっていると考えられる
リオルは応答を読み直した。土壌が飢えている。その表現は、技術的な記述の中では異質だった。だが、それ以上に正確な言い方がない。魔力を失った土地は、今、生命の本質そのものを根こぎにしてでも食べたいという衝動に駆られているのだ。その恐ろしさが、サンプルの枯れ方に集約されていた。
ノエルが息を呑んだ。その瞳に映るのは、理解と同時に、恐怖だった。
ノエル「では、現在の『窒息の地ロウディア』は、土地そのものの……」
リオル「そう。土地が飢えてるんだ。今は……土地に吸える魔力がない。だから、周囲の生命から無理やり徴収している。その結果が、この衰弱だ」
リオルは立ち上がり、窓の外――その視線の先にあるでさろうロウディアの大地を眺めた。その灰色の土地には、かろうじて植物が生えているが、その色合いはどこか生気を欠いていた。その不気味な灰色は、もはや自然の色ではなく、土が生命を吸い尽くした跡だった。
リオルは机に向き直り、あの施設について、もう一度《鑑定》を発動させた。あの地下広間。その複雑な配管。あの全てが指し示すもの。
《鑑定応答》
地下施設の推定機能:世界規模の魔力循環を観測・制御する装置
制御対象:世界各地の魔力フローと、それに伴う地域的な魔力濃度
稼働状態:制御システムが崩壊。吸収過剰な状態で固定化している可能性あり
その応答が脳に落ちた時、リオルの思考は一気に転開した。かつて、古代文明がこの地に建設した施設。その施設の暴走。それによって、この地の魔力が……枯渇させられた。だが、その暴走はいつの事か。数百年も前のことなら、今この瞬間も施設が吸い続けているわけではない。ならば、現在の飢えた土地は、施設の事故による遠い後遺症なのだ。もはや原因は消えても、その結果は生き続けている。
リオル「そもそも、最初からこの土地のシステムが成り立っていなかったというのは考え難いんだよな。はじめから破綻で始まるよりも元々は成り立ってて、その魔力循環を観測する施設をあとから建てたと考えてみる方が自然だ」
ノエル「では、その施設の故障が、ロウディアを……」
リオル「施設が制御を失った時、吸収過剰な状態のまま固定化したんだと思う。そのせいで、この土地の地中魔力が全部吸い上げられた。完全に枯渇するまでね」
ノエルはその言葉を静かに受け止めた。彼女の目は、一度窓の外を見やり、再びリオルに向けられた。古い遺跡から発見された施設。その時点で既に崩壊していた制御システム。つまり、今目の前で苦しんでいるロウディアの土地は、遠い過去の事故の傷が、今も癒えずに膿み続けている状態なのだ。その現実の重さが、彼女の瞳に映り込んでいた。
ノエル「元々成り立っていたシステムが、施設の暴走で崩壊した。今、土地は魔力を失った代わりに、周囲の生命力で補おうとしている。ただ、その変換効率が悪いから、こんなに過剰に吸収してしまうということですね」
リオル「その通り。つまり逆に、土地に『吸える魔力』を与えればどうなるか。生命力の代わりに本来の燃料を与えれば、変動も落ち着くはずだ」
リオルの声には、仮説というより、確信に近い音があった。それは、サンプル分析を通じて得られた複数の観測が、一つの結論へ収束したことによるものだった。
ノエル「では、どのように魔力を供給するのですか」
リオル「微量な魔力を持ってる、使用済みか粗悪な屑魔石を粉砕して撒く」
ノエル「屑魔石のような少ない魔力で良いのでしょうか?」
ノエルの声には、疑問が含まれていた。そのような微弱な魔力で、本当に効果があるのか。その懸念は自然だった。リオルは机の上の乾いたサンプルに目を落とす。枯れ果てた植物の形状を指でなぞるように、微かに触れた。
リオル「この土地のシステムが元々成り立ってたなら、今ほどの大量な吸収は必要じゃなかったはずなんだ」
ノエル「そもそも成り立たないシステムであれば自然がそうなるはずはない、と」
リオルは小さく息をついた。その一呼吸の間に、彼は過去のサンプル記録を脳裏に再現していた。変動の波形。その周期性が、微量供給によって安定していた時代の記憶のようなものを留めている。
リオル「うん。昔は土地が微量な魔力で回転していたんじゃないかと思うんだ。今、土地は魔力の代わりに生命力で補おうとしてるんだけど、生命力から魔力への変換は効率が悪い。だからこんなに周囲が枯渇してるんだ」
ノエル「生命力を魔力として変換して使うという研究はなされてましたね。性質の違いすぎるエネルギーなので変換効率が悪い、とか」
ノエルの言葉にリオルが頷いた。その動作は賛同を示しながらも、彼の目は依然として採集サンプルの上に固定されていた。無駄に失われた生命の記録。それらが、逆説的に最も正確なデータとして機能していた。
リオル「その通りだ。その変換効率の悪いエネルギーを使ってるから、こんなに吸い込まなきゃいけなくなってるんだ。本来の魔力に戻せば、微量で十分に機能するはずだ」
ノエル「では、屑魔石の微量な魔力でも」
リオル「機能するんじゃないかという仮説だね。試してみる分にはタダだし。畑の一角を選んで、粉末を撒いてみる。それで変化を観測してみようかな。これなら毎日変化を見なくてもある程度経過してから見に行けばいいだろうし」
ノエルは静かに頷いた。その頷きには、理解と同時に、新しい課題への自覚が込められていた。
窓の外では、ロウディアの夕日が西の空を赤く染め始めていた。かつての古代文明の遺産が、今も尚、この土地を支配している。だが、その支配の仕組みを知ったことで、対抗手段も見えてきた。土地が飢えているなら、食べさせればいい。その単純な論理が、ロウディアの呪いを解く最初の一歩となるのだろう。リオルとノエルは、その夕日を眺めながら、次なる実験への準備を静かに進めていた。
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