025
リオルが目を開き、その言葉を口にしたとき、心の中でアインがさらなる解析を進めていた。遺跡に残された過去のログ、ロウディアの現況、そして施設の規模――それらの断片が、ゆっくりと一つの形を成していく。沈黙の中で、アインの思考が音声となって浮かぶ。
アイン(この施設の観測対象範囲と、現在のロウディアの魔力欠乏域が地理的に一致する可能性が高いと推定されます。さらに、施設の過負荷発生と土地の衰弱時期が符合していることから、当該地域の魔力流失は、この異常終了と無関係ではないと考えられます)
リオルは、アインの言葉を咀嚼していた。推測の域は出ない。だが、その推測の重みは増していく。ノエルも同じ思考に達したのか、彼女の眉がわずかに寄せられた。
ノエル「つまり……この施設の事故と、現在のロウディアの状態は、因果関係にあるということですね」
リオル「そういうことになると思う」
彼は一度言葉を切った。制御盤の焼損パターン、観測装置の残骸、そして床に残された灰――全てを改めて眺めながら、思考を言葉にする。その配置は、明らかに一度の事象ではなく、段階的な劣化と破損の履歴を示していた。リオルはそれを丹念に観察し、心の中で因果関係を組み立てていく。
リオル「施設が事故を起こしたんだと思う。魔力が急激に低下して、システムが暴走した。最後には過負荷で停止して……その結果が、この一帯の魔力が失われたことなんじゃないかな。今のところ、ここまでは一番確実な推測だと思う」
ノエル「『失われた』のですか。それとも『吸い上げられた』のでしょうか」
リオルは、ノエルの言葉の響きに一瞬止まった。失われた。吸い上げられた。同じ現象でも、その原因は全く異なるものになる。
リオル「そう、だね。もし……」
彼は導管の一本に目を向けた。外部へ繋がるはずのその管は、今では何も流していない。だが、かつては何かを――魔力を、あるいは別の何かを――運んでいたはずだ。
リオル「もし、この施設が外部から何かを吸収するために動いていたとしたら。そして、その吸収対象が……魔力だとしたら」
ノエル「ロウディアの魔力が、この施設に吸い上げられていた、ということですか」
リオル「可能性としてはあると思う。観測装置は『広範囲の魔力量を測定していた』という記録がある。測定だけなら、なぜ外部と繋がる導管が必要なんだろう。流動性のあるものを運ぶ必要があったから……つまり、魔力を吸収・供給する仕組みだったのかもしれない」
ノエルが静かに頷く。その思考の先に、ノエルも同じ結論に向かっているのか。リオルはそれを感じながら、二人の推測がゆっくりと重なり合うのを感じていた。
ノエル「では、その施設が停止したことで、魔力の供給が断たれた。その結果、ロウディアは……」
リオル「枯渇した。急激に魔力を失った土地は、それを取り戻そうとするのかもしれない。回復機構を動かそうとするように、本能的に周囲から魔力を吸い込もうとする。だから、ロウディア一帯の生物の生命力が奪われている」
言い終わった瞬間、リオルは自分の仮説の矛盾に気づいた。生命力と魔力の変換。それは既知の魔術理論の中にも存在する。ただし、その効率は極めて低いとされていた。森羅万象の中で、生命力から魔力への変換は、自然界では稀であり、その過程はおおよそ一方向的なものだ。魔力が生命力を生み出すことはあっても、その逆は――。
リオル「ただ、ここがおかしいんだよな。生命力から魔力への変換って、通常の理論では説明できない効率で起きてる。エネルギー保存則を考えると……一体どれくらいの生命力が必要になるんだろう。この規模の土地を活かすために」
その言葉を口にしながら、リオルは心の中でアインに問いかけていた。データの分析、理論の検証。AIならば、この矛盾をどう見るのか。
アイン(推測に過ぎませんが、通常の生命力→魔力変換では、この規模の欠乏を補うのに必要な生命力は膨大になります。生命力と魔力は性質が異なるエネルギーであるため、変換する際に大きなエネルギーの摩耗が予測されます。現在の生物群の喪失速度を考慮すると、変換効率が既知の理論値を大きく上回っていることが示唆されます。これは、この地域が未知の補助機構の影響下にある可能性を示唆します)
ノエル「それこそが、異常なのかもしれませんね」
ノエルの言葉は静かだが、その中には確かな指摘が含まれていた。この現象全体が、常識の外にある。通常は起こり得ない。だからこそ、この土地は『窒息』していたのだ。不可能な変換を強いられ、それでも足りない魔力を求め続ける。その結果が、周囲の生命を奪う吸収だったのかもしれない。
リオル「アイン、この仮説が正しいとして……逆に考えると、魔力を供給すれば、ロウディアは回復するんじゃないか」
アイン(仮説に基づいた推定ですが、外部からの魔力供給により、土地の欠乏状態が緩和される可能性は存在します。ただし、必要とされる供給量は、当該地域の規模と枯渇の深刻度に依存します。推定は困難です)
ノエル「魔力を供給するということは……具体的には、どのような方法になるのでしょうか」
リオル「魔石を埋設する、というのが一般的かな。あるいは、術者が直接的に魔力を注ぎ込む方法もあるけど、この規模だと……」
彼は再び観測装置を見つめた。かつて、この施設は広範囲の魔力を操作していたはずだ。その規模を考えると、個人の手による魔力供給では到底及ばない。巨大な空洞全体を見回しながら、リオルは思考の焦点を探っていた。この問題を解くには、何段階ものアプローチが必要になる。簡単な道も、難しい道も、両方が視界に入ってくる。
リオル「この規模の土地全体に魔力を行き渡らせるなら、仕組みが必要になる。ちょうど、この施設が備えていたような」
ノエル「つまり、この施設自体を修復して、逆に動かすということですか」
リオル「可能性としては。ただ、現状どれくらいの魔力が必要なのか、施設はどこまで修復可能なのか、そもそも……」
彼は言葉を一度切った。思考が追いつかない。情報が足りない。だが、一つの可能性が浮かぶ。心の中でアインの見解を求めた。
アイン(主・リオル及び従者ノエルの技能と手持ちの設備では困難な要素が多数存在します。ただし、局所的な魔力供給試験であれば、実施の現実性は著しく向上すると判定されます)
リオル「土地に魔力を供給すれば、この状態は緩和されるんじゃないかな。施設全体を修復するのは……難しいと思うけど」
ノエル「では、規模を小さくして試すというわけですか」
リオル「そう。例えば、村の畑の一つで、少量の魔力を供給してみるとか。それで何か変化が出れば、仮説の手応えが出る」
ノエルが静かに頷く。その視線も、巨大な空洞から徐々に手前へ戻ってきている。理論の確認より、実行可能性への思考へ。二人の焦点が、いま現在の村へ、そして小さな畑へと移動していくのを感じながら、リオルは一抹の安心を覚えていた。大きな目標よりも、小さな確認。その積み重ねこそが、真実への道標になるのだ。
リオル「もちろん、どれくらいの魔力量が必要なのか、供給の方法をどうするのか。その辺りはまだ不確かだけど……」
彼は立ち上がった。空洞の天井へと一度視線を向ける。かつての装置、過去の記録、そして現在の謎。全てが、小さな実験へと繋がっていく。
ノエル「小さな成功が、大きな道へ繋がるかもしれませんね」
リオル「そうだね。一歩ずつ、確認しながら進むしかない」
ノエル「リオくん。これまでのことを、どう思いますか」
ノエルが問いかける。その声には、確かな好奇心と、同時に一抹の不安が滲んでいた。
リオル「……大きな一歩だと思う。ロウディアの問題が、単なる『呪い』や『自然現象』ではなく、人工的な何かに起因していた可能性が出てきた。その原因がわかれば、対策も立てられるかもしれない」
彼は一呼吸置いた。
リオル「ただ、対策を実行するには知識も力も足りない。誰の力が必要なのか、どこまで頼れるのか。その判断が難しいのが……本当のところだ」
ノエル「けれど、確実に前には進んでいるのですね」
リオル「そうだね。小さな光がね」
二人は、巨大な空洞をもう一度眺めた。かつての科学の遺産。現在の謎。未来への鍵。それらが複雑に絡まった、この場所。明かりの届かない天井の上には、今も尚、誰も知らない多くの秘密が眠っているのだろう。
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