020
朝日が、宿の窓を通して静かに差し込んでいた。
リオルとノエルは、朝食を終えた直後の静かな時間の中にいた。荷物は既に整えられ、二人は今からファルドの鍛冶屋へ向かう準備をしていた。
リオル「そういえば、どんな武器を希望してるの?」
ノエルは、テーブルの上に自分の手を置いた。その手のひらは、いくつもの小さな傷で覆われていた。彼女は、自分の手の傷を見つめながら言った。
ノエル「私は強く叩き込むより、相手の隙に入り込んで“切り抜ける”形が得意です。振った流れを殺さず、軌道を次に繋げられる剣が理想です。動きを阻害しない軽さと、しなり。贅沢を言うなら、それでいて強度もあると嬉しいですが…」
リオル「なるほど…。硬い敵だから、ハンマーとか斧みたいな重い武器に変更するのかと思ってた。正直、想像しにくいけど」
ノエル「そうですね、自分でも似合わないと思います」
ノエルは苦笑して、それから少し真剣な表情になった。
ノエル「実は、あのゴーレムとの戦闘中、硬い敵ならばと思い関節部を狙って何度も斬撃を加えてみたのですが…硬さに加えて、衝撃を吸収する構造になってたみたいで。力が逃がされてしまうと言いますか」
リオルは、その説明を聞いて頷いた。人間の肘や膝が衝撃を吸収するのと同じ理屈だ。可動部には、必ず衝撃緩衝の機構が必要になる。
ノエル「だから逆に、今の叩き切るタイプの剣だと、その衝撃吸収構造が余計に邪魔になってしまって…。むしろ精度を高めて、早くキレのある斬撃で対応する方が良いのではないかと」
リオル「そうなると…日本刀みたいな構造とかどうだろう。…僕の趣味も多分に含まれてるけど」
ノエル「ニホントウ、ですか。リオくんの趣味という時点で了承したいところですが、どのような武器なんですか?」
リオル「前世の知識になるけど、あの世界では叩きつけるんじゃなくて、高速の斬撃としなりで切り裂く武器があったんだ。刃の反りが、抜刀や連撃、流れるような動きに適する。それに芯材と刃材が分かれているから、適度な粘りと耐久性があるんだよ」
彼は、手の動きで刀を握る仕草を示しながら説明した。
リオル「この世界の一般的な剣とは違う思想の武器だね。実際にどのくらい古代合金で実現できるかは分からないけど…鍛冶屋さんに聞いてみる価値ありそうじゃないかな」
ノエル「なるほど。リオくんの前世の武器、ですか。それは、とても興味があります」
彼女の瞳には、新しい選択肢への期待が映っていた。
リオル「一度聞いてみて、どの程度実現できるか聞いてみようよ」
二人は立ち上がった。ノエルは深く息を吸い、新しい武器への期待を胸に秘めていた。
鍛冶屋の店は、ファルドの市街地の端にあった。煤けた看板と、外に置かれた鎧や武具が、店の存在を示していた。木製の扉を押すと、炎と鉄の匂いが漂ってくる。
奥から、年配の男が顔を上げた。顔には職人らしい厳つさがあり、腕には古い傷が幾つもついていた。その男は、ノエルを見ると顔を緩めた。
鍛冶屋「おう、メイドの嬢ちゃん……ノエルか。久しぶりだな。どんな用だ」
ノエル「お世話になっております。今回は、新しい剣の制作についてご相談させていただきたいのですが」
ノエルは、リオルを示した。ノエルの動作は丁寧で、少女らしい優雅さがあった。
ノエル「こちらはリオくん、私の御主人様です。前の剣が砕けてしまいまして、新しい剣の制作をお願いしたいと思いまして」
鍛冶屋「砕けたか。そうか」
鍛冶屋は、顎に手をやり、思案した。
ノエル「はい。ですので、新しい剣について…いくつかお聞きしたいことがあります」
鍛冶屋は、テーブルに肘をついた。その手は、やけどの痕が幾つも残っている。
鍛冶屋「どんな剣が欲しいんだ」
ノエル「私の戦闘スタイルに合わせた剣、です。重くて硬い武器よりも、動きを阻害しない軽さが欲しいのです。大振りするのではなく、相手の隙に入り込んで、軌道の正確さを保ちながら…切り抜ける形が理想です」
鍛冶屋は、眉をひそめた。ノエルの言葉をじっくり聞きながら、頭の中で何かを組み立てているようだった。
鍛冶屋「軽い剣か…。そりゃあ、反りがあって刃幅の広い剣みたいな形か」
ノエル「そうですね、そのような形になるかと」
リオルは、ノエルの返答を聞きながら静かに待った。
リオル「ノエルの戦い方を活かすには、受け流しやすい形状の刃…しなりのある刀身と反りが欲しいんです」
リオルはリュックから一枚の紙を取り出した。そこには、ノエルの戦闘スタイルに合わせた刀身の特徴が、細かく描かれていた。刃の厚みの配分、反りのカーブ、鋒部の角度。あらゆる寸法がミリ単位で記載されている。それは、前世の知識を単に翻訳したものではなく、古代合金という素材の特性とノエルの身体能力を計算に入れて、最適化された設計だ。アインの協力があってこそ、これほどまでに正確にまとめられた。複数の方向からの圧力シミュレーション、刃筋が通る角度の検証、軽さと耐久性のバランス。情報量の多さから、一見すると難しそうに見えるかもしれない。だが、アインがまとめてくれたおかげで、極力伝わりやすいように、分かりやすく図示してある。
鍛冶屋「片刃の、言ってしまえば鎌を大きくしたような剣を想像していたが、こいつは……」
鍛冶屋は興味深そうに設計図を眺めている。
鍛冶屋「今すぐ取り掛かりたいくらいだがよ。どのくらい出せるんだ。ただ頑丈でいいだけならともかく、色々よくばるならそれなりに高くつくぞ」
リオル「素材なんですが、用意してきたのでこれを使ってほしいんです」
ノエルは、手に持っていた布に包まれた金属塊を取り出した。古代合金は、光を反射して青白く輝いていた。
鍛冶屋「ほほぅ…。さっきから気になってたが、見たことない金属だな。硬度も高い。面白い」
鍛冶屋は、その破片を手に取り、光にかざした。
鍛冶屋「正直なところ言うと、出どころを知りたいところだが……。まあ冒険者に商売のタネを聞くわけにはいかないか」
リオルとノエルは困ったように笑った。特に不都合があるわけではないが、今はまだあの遺跡のことは伏せておくべきな気がしたのだ。
鍛冶屋「受け流す思想で、この素材を活かすってわけだな。柄巻はどうする」
柄巻は、持ち手部分に行う加工で、単なる握り心地の問題ではない。振動の伝わり方、手首への負担、重心バランス。それらすべてが戦闘の精度に影響する。素早く次の動作へ繋げるためには、柄も軽く、かつ手首の負担を最小限に抑える必要がある。ノエルは、自分の手のひらの傷を見つめながら、そう考えていた。
鍛冶屋は、視線をリオルに戻した。
鍛冶屋「ほとんどの剣は、金具を多く使って、グリップを重くしてある。だが、軽さと応答性を求めるなら別だ。別の選択肢もある」
ノエル「どのような素材が考えられるでしょうか」
鍛冶屋「麻布か、魔獣の皮か。まずは握ってみて、感覚を確かめるのが一番だ」
鍛冶屋は、いくつかの柄巻きの見本を取り出した。麻布、革、絹のような素材。
ノエル「では、この形状で…」
ノエルは、異なる握り心地の柄を実際に握ってみた。麻布のざらりとした質感。革の柔らかさ。絹のようなしなやかさ。それぞれの柄を握る度に、手にかかる負荷が違う。自分の手の大きさに合わせて、腕を振ってみる。その動きは、確かに軽やかだった。空を切るような音。身体の動きに応じて、柄がどう反応するか。ノエルの目は集中していた。
ノエル「この麻布と皮の組み合わせが、一番馴染みやすいです。振動吸収と安定性のバランスが、他より優れています」
鍛冶屋は頷いた。その選択を理解した表情だ。
鍛冶屋「刃の長さと反り具合も重要だな。浅すぎると効かん。深すぎると刃筋が通らん。ノエル、何度か構えてみてくれ。感覚で決めよう」
鍛冶屋は、いくつかの木製の模型を卓上に並べた。反りが浅く、刃長の短いもの。反りが深く、やや長めのもの。その中間のもの。ノエルは何度も手に取った。構えてみた。自分の身体が、その刃とどう調和するか、その感覚を丁寧に確認していく。肩の可動域。肘から手首にかけての動き。足運びとの連携。あらゆる要素が、この一本の刃の形状に依存していることをノエルはよく理解していた。
ノエル「この程度の反りが…ちょうど良いように思います。軌道を修正しやすく、受け流しの感覚も自然です。長さはこれくらいですね」
彼女が指差した模型は、反りも刃長も、まさに先ほどの設計図が示していた理想形だった。
鍛冶屋「わかった。重心位置はどうする」
ノエル「刃の返しを考えると……手首に近い位置が…理想ですね」
鍛冶屋は、もう一度ノエルの構えを見つめた。
鍛冶屋「確かにな。重い武器じゃ、この動きは出ない。軽さと応答性が強みになる戦型だ。面白い剣を作ることになりそうだ」
ノエル「ありがとうございます。これなら…同じ敵にあっても次は必ず仕留めます」
彼女の言葉は鍛冶屋に向けられていたが、その確信の念は、単なる期待ではなく、確たるものだった。
鍛冶屋「納期は…そうだな。一週間から十日か」
リオル「可能でしたら、できるだけお願いします」
鍛冶屋「おう、わかったよ。それじゃあ、取り掛かるか。面白い挑戦だ」
街道を歩みながら、ファルドの市街地が視界に入ってきた。人通りが増え始め、朝の雑踏の中に二人は溶け込んでいった。商人の声、荷車の軋む音、そして様々な人々の足音。その中で、見覚えのある姿がリオルの目に映った。
茶髪で、腰には書類を括った少女。ミレイだ。彼女は、市場の片隅で何かを記録していた。おそらく何かの調査を行なっているのだろう。
リオル「ミレイさん、おはよう」
ミレイは、その声に顔を上げた。記録用の紙を胸に抱きながら。
ミレイ「あ、リオル君。ノエルさんも。朝早いですね」
彼女の声には、少しの驚きと、見覚えのある人物への親しさが混じっていた。
ノエル「おはようございます。ミレイさんは依頼ですか?」
ミレイ「はい、市場の調査をしているところです」
ミレイは、記録用の紙をちょっと示した。その筆跡は丁寧で、きちんとした仕事ぶりを物語っていた。
リオル「だったら今は忙しいかな。前に話してた通り、お礼に何か奢ろうかと思ってたけど」
リオルの言葉には真摯な響きがあった。
ミレイ「あ、あれはその…社交辞令かと」
ミレイは顔を少し赤くした。彼女は完全には信じ切れず、照れ笑いを浮かべている。
リオル「いやいや、本気だよ。依頼してた以上に仕事してくれたし、足りないくらいだよ」
その言葉を聞くと、ミレイの表情は変わった。本気なのだと悟ったのだろう。
ミレイ「そ、そんなことは…いえ、ご厚意をありがとうございます。このあと、ご一緒させていただけますか」
彼女は、遠慮しながらも、明らかに嬉しそうに提案を受け入れた。
リオル「え、本当? さっきの仕事の方は大丈夫?」
ミレイ「はい。市場の商品流通の確認なので、これで終わりです。報告も後日ということになっていますし。では、参りましょう」
彼女は記録用の紙を荷物に仕舞い込んだ。
三人は、街の通りへと足を進めた。
午前中の日光が、石畳の上を照らしていた。ファルドの街は、いつもよりも活気があるように見える。その理由は定かではないが、市場の人波も多く、祭りでも近いのかもしれない。
三人が進む先には、市街地の中でも少し落ち着いた区画が見えていた。そこは、数軒の店が立ち並ぶ区画だ。その中の一つが、ミレイが示したカフェだった。
ミレイ「ここが、私がよく利用するカフェです。雰囲気も良く、落ち着いていますので」
木製の扉を押すと、奥へと進むことができた。店の中は、午前中とは思えないほど落ち着いた雰囲気だった。天井は高く、白い漆喰で丁寧に仕上げられている。壁には淡い色合いの布が張られ、光を柔らかく拡散させていた。窓からは、市街地の通りが見え、そこを行き来する人々の姿がちょうどいい距離感で映る。テーブルの上には、朝摘みのような新鮮な花が活けられ、その香りが微かに漂ってくる。床は敷き詰められた石板で、足音が気持ちよく吸収される。
店員が近づいてきて、三人を席へ導いた。リオルたちが選んだのは、窓際の席だった。外の街並みが見え、かつ隣のテーブルとの距離も十分にあり、プライバシーも保たれた位置だ。
三人が座り終えると、店員がメニューを手に近づいてきた。
リオル「ところでさ。ミレイ、ここよく来るカフェなんでしょ。オススメってなにかある?」
ミレイ「あ、そうですね。こちらのお店は、ランチプレートがとても評判良いです。毎日変わるのですが、今日は…」
ミレイはメニューを確認した。
ミレイ「今日は野菜と塩漬け肉のパスタと、焼き立てのパンのセットみたいですね。私はこれにしようかと」
リオル「お、いいね。ノエルもそれでいい?」
ノエル「はい」
リオル「じゃあそのメニューを三人分お願いします。ドリンクは……僕は紅茶で」
ノエル「私も同じもので」
ミレイ「では、私は…果実水を、お願いします」
店員は、うなずいて去っていった。飲み物と食事の到着を待つ間、一瞬の沈黙が落ちた。その沈黙を破ったのは、ミレイの問いかけだった。
ミレイ「……それで、あの調査って何か進展はあったんですか? あ、もちろん支障がない範囲で構いませんが」
その問いには、確かに興味が込められていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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