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辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


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016

 ロウディア遺跡の入口に着いたのは、午後の陽光がまだ充分に残っている時刻だった。二人は慎重に既知のエリアを進み、隠し部屋の前の破壊された壁に辿り着いた。前回の調査を終える際に、彼らが積み直した瓦礫が、今もそのままの状態で堆積していた。

 隠し部屋への道を確保するため、リオルとノエルは瓦礫をどかし始めた。大きな石片を抱え、脇へ移す。その作業は単調だが、実務的で確実だ。ノエルは手際よく、重い破片も効率的に移動させている。

リオル「結構、詰まってるな」

ノエル「前回、慎重に積み上げたからですね。その甲斐あって誰にも見つかってないというより、誰もここに来てないだけな気はしますが」

 リオルが《鑑定》を軽く起動させた。積み上げられた瓦礫の配置、動かされた形跡、周囲の埃の状態。数値が脳裏に流れ込む。確かに、ノエルの言う通りだ。誰も近づいていない。

リオル「そだね。まあ好都合だ」

 二人は黙々と作業を続けた。十分ほどで、開口部は完全に露出した。暗い穴が、二人の前に口を開いている。その奥は、闇そのものだ。

ノエル「懐中魔光の準備は大丈夫ですか」

リオル「うん、問題ないよ」

 二人は腰に取り付けた懐中魔光を軽くたたいた。淡い光が一瞬、明るくなり、すぐに落ち着く。装置は正常に機能している。

 その静寂の中で、リオルはノエルに頷いた。

 開口部へ向かい、一歩足を踏み出す。その瞬間、空気が変わった。

 それまで流れていた遺跡内の淀んだ空気とは全く異なる、別の層の空気が漏れ出してきた。より古い、より濃厚な、時間の重みを持つ空気だ。埃の粒子が光に反射し、開口部の隙間から薄日が射し込んだ。その光の中で、二人は足を踏み出した。

 隠し部屋に一歩足を入れた瞬間、視界に異質な構造物が飛び込んできた。

 それは「遺跡」というよりも「施設」だった。

 天井から床へ、斜めに張り巡らされた太い導管のような物体。その表面には赤茶色の酸化色が浮いており、幾度もの年月が刻まれていた。導管は所々で破損し、内部からは何かが漏れ出した痕跡が残されている。壁際には、複雑に絡み合った板状の構造物が積み重なっており、それは制御盤か、あるいは何らかの計算装置だったのかもしれない。その表面も同様に腐食し、本来の機能を失い長久しい。

 部屋全体は、横幅が十メートル以上、奥行きも同程度あるような広さだ。天井は遺跡本体の岩盤そのものであり、照明がなくても光が若干漏れ込む構造になっていた。それは意図的な設計であるように見えた。人工の光源を必要としない――あるいは、人工の光源を設けてはいけない理由があった、のかもしれない。

 リオルは静かに部屋の中に進んだ。ノエルは彼の後に続き、剣に手をかけたまま周囲を警戒している。

 床には、細い金属板が敷き詰められていた。本来は何かを支える構造だったのだろう。その間隙には砂塵が堆積し、古い布や木片が散在していた。かつてはここで、何らかの作業が行われていたのだ。今はただの墓場である。

リオル「導管の素材は……」

 リオルが《鑑定》を起動させると、情報が脳裏に流れ込んだ。導管の金属組成、破損の様子、腐食の進行度。銅と鉄を混ぜた合金で、意図的に腐食に強い設計がなされていたはずが、ここまで劣化している。

リオル「……百年単位で放置されてる」

ノエル「遺跡の隠されていた部屋ですし、無理もないですね」

リオル「破損があるね、ここ。破裂した痕…?内圧に耐えきれず、破断したのかな」

 リオルが指さした箇所には、導管が大きく割れていた。その割れ目から、黒い液体のような物質が固化して張り付いていた。リオルは慎重に近づき、匂いを嗅いだ。何かの鉱物油のようなものだろう。

ノエル「それは……何を循環させていたのでしょうか」

リオル「わからない。だけど見た感じ、圧力管理の機構があったのかな」

 二人は部屋をゆっくり移動した。制御盤のような複雑な構造物に近づくと、その中には数えきれないほどの配線と、ボタンのような突起が取り付けられている。表面には古代の文字のようなものが刻まれており、一般的な魔術式ではなく、より専門的な、あるいは実用的な記号のようにも見える。

 リオルが再び《鑑定》を起動させた。複雑な装置の全体像、各パーツの関係性、全体のシステムが何を目的としていたのか……。データが脳裏に降り注ぐ。

リオル「これは……制御系かな。何かを監視して、調整する装置だ。単純な魔術ではなくて、より複雑な、複合的な仕組み」

ノエル「この施設全体が、何かを管理していた?」

リオル「そうみたいだ。導管で何かを循環させて、制御盤でパラメタを調整する。それが……」

 リオルは言葉を切った。脳裏に浮かぶ情報が、一つの仮説を示唆していた。しかし、それを言葉にするのは時期尚早だ。

 二人は部屋の奥へと進んだ。そこで、リオルとノエルは気付いた。部屋全体に、魔力の痕跡がないということに。

 通常、魔術や魔法の装置があれば、その周辺には何らかの魔力の残響が残されているはずだ。古い装置であっても、完全に消滅することはない。しかし、この部屋には――何もない。空気中に、物体に、どこにも、魔力の痕跡が存在しない。

ノエル「……この設備に魔力痕跡が一切ないのは、相当に不自然ですね」

リオル「そうだね。これだけ複雑な機構なら、何らかの痕跡があってもおかしくない」

ノエル「むしろ、痕跡が『意図的に消去された』ような感覚さえ……」

 ノエルの言葉は、リオルの心に引っ掛かった。単なる風化や劣化ではなく、何か意図的な工作が加えられたのではないか。その可能性が、二人の間に微妙な緊張をもたらす。

―――でも、人の意思で人為的に魔力痕跡を消し続ける等可能なのだろうか?

 リオルは考えていた。あり得るとしたら魔力痕跡を消す魔道具等の存在だが、今のところそれらしきものは確認できていない。あるいはもっと奥に隠されているのかもしれない。

 二人は部屋の最奥へと向かった。その先には、さらに踏み込む余地があるのか。それとも、この部屋がすべてなのか。

 奥へ進むにつれ、天井の石積みがより高くなり、視界が広がった。そして――二人はそれを見た。

 黒い。それが第一印象だ。金属製の黒い物体が、部屋の最奥に聳えている。それは「扉」だった。

 高さは三メートルはあるだろう。幅は二メートル。その表面は完全に黒く、何の傷もない鏡のような光沢を持っている。古代のものとは思えない――あるいは古代のものだからこそ、途方もない精密さで製造されたのだろう。その表面には無数の文字が刻まれ、制御盤のものより複雑で、より美しい。それは魔術式であり、同時に言語でもあるように見える。

リオル「これは……」

 リオルが《鑑定》を試みた。その瞬間、脳裏に情報が殺到した。


《鑑定応答》

- 対象:金属製構造物(扉)

- 素材判定:未確認(既知の金属分類外)

- 表面処理:極度の高精度加工。現代技術レベルでも複製不可の精密度。

- 魔力痕跡:微弱に存在。封印状態推定。

- 周辺環境:魔力反応に異常な歪み(※解析不十分。詳細は直接接触時に判明する可能性)

- 注意喚起:開放は高いリスク。鑑定のみでは全体像不明。

- 推奨:慎重な調査継続。無理な開放は避けるべき。


 リオルは一度《鑑定》を解除した。脳裏の情報が霧のように晴れていく。

リオル「……扉だ、これは」

ノエル「扉、ですか」

リオル「いや物体としては扉なんだろうけど、役割としてはこれは『封印』に見える」

 ノエルは扉に一歩近づいた。彼女の表情は、緊張と好奇心の間を揺れ動いている。

ノエル「表面の文字は……」

 彼女は手を伸ばし、扉の表面に刻まれた文字をなぞった。その瞬間、扉から微かな光が立ち上った。青白い、微弱な光。それは一瞬で消えたが、確かに存在したのだ。

 二人は同時に息を止めた。

ノエル「……魔力反応が、ありました」

リオル「あいかわらずこれで痕跡が無かったのは謎だけど」

ノエル「この先が、本命でしょうか」

 リオルは扉を見つめた。黒い表面、刻まれた文字、微弱に存在する魔力。それらが示すのは、確実に何かだ。

 リオルは数歩、前へ進んだ。ノエルが続く。

 扉に手を置く。その瞬間、リオルの掌から微かな反応が生じた。扉の表面の文字が、淡く光り始めた。それは連鎖的に広がり、全体を薄く照らす。

 扉が、開く準備を始めたのだ。

リオル「やっぱり、これだ」

 二人は、扉の前に立ち尽くしている。その黒い表面には、古い時間の重みが確実に刻まれていた。何千年も、何万年もの間、この扉はここに存在し続けたのだ。その奥に何があるのか。もしかしたら、ロウディアの異常の原因が、そこにあるのかもしれない。

ノエル「入りますか」

 それは問いかけではなく、確認だった。ノエルの視線は、扉の表面に据えられたまま。動かない。その背筋には、戦う者としての緊張が走っている。

リオル「準備しよう、中に何があるかわからないし」

ノエル「そうですね、一度装備の点検をしましょうか」

 その言葉に、ノエルが静かに首肯した。二人の間に、これ以上の言葉は必要ない。互いに何を感じているのか、何を覚悟しているのか。それは、この沈黙の中に十分に伝わっている。

 懐中魔光の灯りが、二人の周囲を薄く照らしている。外の時刻がまだ夕方前だとしても、この深い地下では時間の経過は意味をなさない。リオルとノエルは、静かに身支度を整え始めた。準備とは、再び動くまでの間、決意を新たにする時間だった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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