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辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


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015

 ファルドの街へ戻ったのは、ロウディア遺跡を後にしてから数時間後のことだった。街道を歩む間、リオルとノエルは明日の再突入に備えた物資について、細かく打ち合わせを重ねていた。その準備の中身は、単なる「持ち物の確認」ではなく、二人が想定し得る限りの危機を、一つずつ体験的に思い出していく作業だ。

 ファルドの街へ入ると、そこは昼下がりの穏やかな時間帯だった。市街地へ向かう道の両脇には、商人たちの店が軒を連ねていた。木製の看板が風に揺れ、各店舗の営業を示している。その店先では、旅人や冒険者たちが行き交っており、街全体が緩やかな活気に満ちている。灰色のロウディアの大地も、この商業区では石畳の上に消えていた。かつてこの街が栄えた時代の痕跡が、そこここに残されている。

 ノエルが向かったのは、商業区の奥の方にある武器屋だった。店の入口には、槍や盾が立てかけられており、その脇には古ぼけた暖簾が揺れている。その暖簾をくぐると、店内の光景は一変した。壁一面に剣や槍が収納されており、その奥には革製品やロープなどが整然と並べられている。床は木製で、歩くたびにきしむ音が響く。空気中には金属と革の香りが満ちており、この場所が武器を扱う職人の手による空間であることを示していた。店主は、自分の作業台に向かっていたが、入店者の気配を感じて顔を上げた。

ノエル「こんにちは。明日、戦闘になりそうな予定が立て込んでいまして……」

 店主は、既に見覚えのあるノエルの顔を見て、にこりと笑った。その笑顔には、常連客に対する親しみと信頼が込められている。

店主「また何か修理か。それともお嬢さん、新しい剣をお探しで?」

ノエル「いえ、今回は別件です。古い遺跡に長時間滞在する予定がありまして。そこで、剣の刃こぼれや靴の摩耗に対応するための……いくつか予備品と、軽い張り替え作業をお願いしたいのですが」

 彼女の依頼は具体的で、店主の手も自然と動き始めた。リオルは、その側で二人のやりとりを観察していた。ノエルがこうして常連として扱われる背景には、この街での数週間に及ぶ活動実績と、彼女の信頼を勝ち取るまでの丁寧さがある。実際に、店主が取り出した予備品の数々は、ノエルの希望に細かく応えるものだった。刃こぼれ用の砥石、靴の底張り用の革。そうした細々とした品を、店主は手慣れた動作で梱包していく。その作業の合間に、昼下がりの陽光が店の窓から差し込み、金属製品に反射して輝いていた。

 武器屋での用を終えると、次に向かったのは雑貨屋だった。商業区の別の場所へ足を進めると、そこはより小ぶりで、生活用品を扱う店舗が多く立ち並ぶエリアだ。その中でも特に目立つのが、ロープや釣り具、懐中魔光などの冒険者向け物資を専門とする店だ。その店の入口には、様々な長さのロープが束ねられて吊り下げられており、その奥にはガラスケースに収納された懐中魔光が、淡い光を放っている。店内に足を踏み入れると、そこは整理整頓された倉庫のような空間だった。棚には数え切れないほどの品が詰まっており、経験のない者にとっては圧倒的だ。しかし、ノエルはその中を手慣れた足取りで進み、必要な品を次々と指摘していく。

 ここでロープの太さと長さ、そして懐中魔光の型番について、店の者と丁寧な相談が交わされた。その中には、耐久性の高い魔光源が複数個含まれており、長時間の使用でも劣化しにくいものだ。

 買い物を終えたのは、太陽が西に傾き始めた頃だった。商業区から街道に戻る際、リオルたちは一度立ち止まり、そこまでに集めた物資の状況を確認することにした。持ち運んだ荷物は、すでにかなりの量に達していた。

リオル「準備の段取りはどう?ノエル」

ノエル「ここまでで、装備の部分はほぼ揃いました。後は、明朝に薬の調達を済ませれば準備完了です」

リオル「そっか。さすが段取りが良いね」

 その言葉を聞いて、ノエルは微かに目を細めた。彼女の顔には、充足感が浮かんでいた。明日の危険な調査に向けて、これ以上ない準備ができた。その確信が、彼女の表情に現れているのだ。

 その夜、宿で夕食を摂った後、リオルは考えを改めて整理し始めた。前世の記憶が完全に統合され始めたことで、彼の思考の枠組みが変わっていた。魔術というものが、もはや「経験的な試行錯誤の先にある直感」ではなく、「理論的な構築の対象」として見え始めたのだ。

 そして、その夜の就寝前、リオルはノエルへ一つの提案をした。

リオル「明日の遺跡再突入の前に、一つ試してみたいことがあるんだ。ファルドの町外れで、魔術の……最適化の実験をしてみたいんだけど。」

ノエル「最適化、ですか?」

リオル「うん。ここに来てから思いついたことがあってね。魔術の効率化について、鑑定スキルを使って試してみたいんだ」

 その言葉を聞いたノエルは、一度静かに考え込んだ。その後、頷いた。

ノエル「わかりました。それであれば、明朝は一刻早く出発して、町外れで時間を取るのが良さそうですね」


 翌朝、二人はファルドを出発して、町の南側へ向かった。そこは、農場と雑木林に挟まれた、比較的広い原っぱだ。周囲に人気はなく、実験に適した場所だった。

 リオルは、その原っぱの中央に立つと、深く息を吸った。ノエルは、彼から少し距離を置いて、静かに見守っている。

 リオルは、まず自分の内を観察することにした。心を落ち着め、《鑑定》を起動させる。リオルの脳裏に、視覚化された情報が流れ込んだ。それは、彼の身体の魔力流、空気中の温度分布、光の屈折率。そして、彼が今から放つとなる魔術の方程式だ。

 ――これなら、調整できる。

 その確信は、前世の知識と、《鑑定》の能力が統合されたことで初めて生まれた。これまでのリオルは、そうした情報を感覚的に「知覚」していただけだ。だが、今は違う。その情報が「調整可能なパラメタ」として見えている。

 リオルが思い直した理論の一つが、ファイアボルトの効率化だった。昔、屋敷で勉強していた時に考えた理論だ。当時は構築時の集中力が足りず、実践できなかった。机上の空論として家族に見られていたが、今ならどうだろう。通常ファイアボルトは「掌から火球を発射する」という単純な構造だ。だが、火球の形状、圧縮率、燃焼面積。これらのパラメタを精密に調整することで、同じ魔力量で、より高い威力と直進性を実現することが可能なはずだ。更に、当たり前ではあるが射出時の角度やタイミングによって命中率は大きく上下する。

 リオルは、その場で魔術の詠唱を始めた。

リオル「炎よ、姿を現せ」

 リオルの掌から、火が生まれ始めた。と同時に、《鑑定》からの返答が脳裏に響く。《鑑定》を発動する―――否、発動し続ける。


《鑑定応答》

- 火球形成中

- 現状の圧縮率:78%

- 推奨調整:中心部の温度を+320K

- 推奨調整:球面均等性の歪み補正

- 推奨次手:このまま射出で直進性向上が期待できます


 リオルは、その指示に従った。掌の中の火球を、わずかに回転させる。中心部の温度を、意識的に上昇させる。その調整は、極めて繊細だ。通常であれば、何度もの試行錯誤を通じて、ようやく身につく技術だ。しかし、《鑑定》がリアルタイムで数値を提示することで、その調整は劇的に加速した。

 リオルは、調整が完了したと同時に、ファイアボルトを射出した。

 火球は、空を切り裂いて飛んでいく。その軌跡は、これまでのファイアボルトより遥かに真っすぐだ。蛇行することなく、一直線に進む火球。そして、数十メートル先の雑木に着弾すると、激しく燃え上がった。火が枝を伝い、次々と広がっていく。その燃焼の広がり方は、これまで見てきたファイアボルトのそれとは明らかに異なる。圧縮率が高いため、燃焼面積が限定されながらも、その分の熱が集中している。雑木の幹が炭化し、黒い焦げ跡が深く刻まれていた。

 傍らで、ノエルは静かにそれを観察していた。

ノエル「先日と比較して、威力と精度が向上していますね。発動までのラグも明らかに短くなっています」

リオル「そう、だよね。体感としても、えっと……飛び方が綺麗になった気がする」

 リオルは、自分の手のひらを見つめた。その掌には、未だ熱が残っている。だが、その熱さえも、今のリオルには「魔力制御の質」として知覚できるようになっていた。

リオル「やっと、出来るようになった……」

ノエル「どのような改善を取り入れたのですか?」

 ノエルには純粋な興味と、リオルのことを誇らしく思う気持ちがあった。同時に、心配もあった。何か無茶な手段、代償を伴った結果の成果なのではないかと。

リオル「えっと……前は魔術の構築中に、脳が一杯一杯になってたんだ。魔術を行使する際の環境、常に動き続ける敵や敵から飛んでくる攻撃、自分のポジションや体調。そのうえで魔術を最適化する。その全部を同時にやろうとして、脳のリソースが足りなかったんだと思う」

 ノエルは、その説明を静かに聞いていた。彼女の眼鏡の奥の瞳には、リオルの言葉が一つずつ収まっていくのが見えた。

リオル「だけど、鑑定がリアルタイムで情報を処理してくれれば。その『環境への適応』の部分を、鑑定に任せることができる。だから、集中力を鑑定がフィードバックしてくれるパラメタの調整に回すことができた」

ノエル「なるほど……。それで前回より明確に改善されていたのですね」

 彼女の評価には、感情的な褒め言葉ではなく、純粋な観察結果としての価値判断が込められていた。それがかえって、リオルの達成感を引き立てた。

 今日急に魔術を効率化しようと考えても実現は不可能だっただろう。そもそも人の枠にいる以上脳のリソースはある程度決まっており、魔術に対してできる干渉は限られている。それはすでに研究により明らかになっている一般的な常識である。息をするように魔力を扱ったり、生まれつき膨大な魔力を用いた力技で魔術行使を運用したりする者はいるが、それは一部の限られた天才と呼ばれる者である。

 常人は汎用的な、最低限発動できる魔術の型を覚えて浮いたリソースを状況判断に注ぎ込む。それが常識であり、それこそ最適解とされている。

ノエル「リオくんは鑑定や前世の知識を得る前、リソースが足りないとわかっていたのに制御の勉強をし続けていましたよね。私は、知っています」

 ノエルはそう言って、どこか遠くを見ていた。

リオル「あはは、そんな立派なものじゃないけどね。諦めが悪かったのと、効率化が楽しかっただけだよ」

ノエル「理由がどうあれ、それはリオくんがしっかり積み重ねてきた事です。私は立派な"必殺技"だと思いますよ」

リオル「……うん、そうだね。ありがとう。こればっかりは謙遜せずに、ちゃんと受け取っておくよ」

 その後、リオルは別の理論を試してみることにした。それは、「並列魔術」と呼べるものだ。つまり、同時に二つ以上の魔術を維持し、制御する技術だ。いわゆるそれこそ"机上の空論"では、これが実現できれば、大きな戦術的な価値がある。例えば足元から土属性で石のトゲを出し、そこに火属性魔術を撃てば命中率も与ダメージも高くなる。

リオル「あと、もう一つ試してみたいことがある。いわゆる二つの魔術を同時に起動」

ノエル「並列魔術ですか……」

 ノエルの表情が、わずかに緊張した。彼女は、リオルの肩へ手を置いた。それは、励ましではなく、万が一の時に備えた準備の姿勢だ。

 リオルは、深く息を吸った。そして、掌と足元に、同時に二つの異なる魔力の流れを起動させようとした。

 その瞬間、リオルの内部で、魔力の制御が破綻した。掌から出るはずだった火が、一瞬だけ輪郭を得たが、足元のニードルは完全に形を成さなかった。代わりに、リオルの全身に突然の痛みが走った。それは、魔力が無理に分散されたことによる反動だ。

リオル「っ……!」

 リオルは、その場に膝をついた。ノエルが、即座に彼の背を支えた。

ノエル「大丈夫ですか!」

リオル「う……大丈夫。でも、ダメだな。やっぱりできないや」

 リオルの脳裏には、すぐに《鑑定》からの返答が降りてきた。


《鑑定応答》

- 並列魔術実験:失敗

- 主因推定:〈制御複雑度超過〉

- 詳細分析:

 - 並列制御は干渉による非線形的な負荷増加が発生

 - 主・リオルの脳と魔力制御回路の現在の処理能力では対応範囲外

- 推奨次手:魔術制御に関する根本的な改善が必須。現在の方法論では達成不可能。

- 注意喚起:並列制御の複雑さは指数関数的。継続の試みは危険。


 リオルは、その返答を見て、言葉を失った。ファイアボルトとストーンニードル、たった二つの魔術を並列させるだけで、制御負荷が指数関数的に増幅されるということか。単純な足し算ではなく、二つの魔術が相互に干渉し、その複雑さが自分の脳では処理しきれないほど跳ね上がるのだ。いかに《鑑定》がリアルタイムで最適解を提示しても、その最適解そのものをリオル自身の脳で処理することが、今のリオルには物理的に不可能なのだ。

リオル「結局、並列魔術自体を制御するのは僕だから負荷に耐えきれないな…」

ノエル「そうですね。並列制御は、単純な負荷の足し算ではないようですね」

 その指摘は、正鵠を得ていた。二つの魔術が相互に干渉することで、複雑さが指数関数的に跳ね上がるのだ。いかに《鑑定》がリアルタイムで最適解を提示しても、その処理を行うのはリオル自身の脳である。その限界を超えることは、今のリオルには不可能なのだ。

ノエル「また少しずつ、勉強して改善していきましょう。これまでもやってきたことです」

 リオルは、ノエルの支援を受けながら、ゆっくりと立ち上がった。その際、彼は心の中で一つの認識が形になっていた。――力というものは、時間をかけて自分の身体や魔力そのものを変化させることによってのみ、得られるものなのだ。

 原っぱでの実験を打ち切った時点で、既に日は高く昇っていた。リオルとノエルは、集めた物資をもう一度確認し、それから街道を南へ進むことにした。ロウディア遺跡への道は、何度も往復したおかげで、もはや見知ったものになっていた。

リオル「効率化のおかげで少しは戦闘時の判断力に回す脳のリソースが増えたはずだし、消費魔力も抑えられていると思う」

ノエル「そうですね。結構大きな成果だと思います、魔術の弱点が初動の遅さや撃てる回数ですので」

 ノエルは静かに頷いた。彼女は、リオルの肩に目をやった。彼の立ち歩き方には、これまでより確かな自信が滲んでいた。ファイアボルトの効率化に成功し、同時に自分の限界も明確に理解した。その両面が、リオルの姿勢に現れているのだ。

 街道を進む間、二人の会話は一度静寂に包まれた。その静寂の中で、リオルは思いを巡らせていた。――前世の知識が戻ってきたことは、確かに大きな武器だ。だが、それは同時に、自分ができないことの広さをも明らかにした。だからこそ、小さな改善の積み重ねが重要なのだ。ファイアボルトの効率化は、その積み重ねの第一歩に過ぎない。

 ただ、過去に諦めたいくつかの理論があるのも事実。これからも時間を見つけて実験していこう。リオルに訪れたのは、かつて待っていたブレイクスルーの実感だった。結果自体が楽しみというのもあるが、自分の好きな実験や研究に打ち込める喜びもまた味わえたのだ。

 午後の陽光が、遺跡へ向かう道を照らしている。ロウディアの灰色の大地は、彼らの足跡を一つずつ記録していた。そして、その足跡の先には、隠し部屋の奥。新たな領域の調査が、二人を待っている。一度今後の研究計画のことは頭から追い出し、まずは眼の前の遺跡に集中しようとリオルは気を改めるのだった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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