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5.力が見える

わたしは弱い。

でも、強くならないといけなかった。

それが魔族の(さが)だから。

そして、魔族の頂点に君臨するための宿命だから。


お母様は誰よりも強く、わたしは一番尊敬している。

でも、同時に厳しくもあった。

物心ついた頃から毎日のように特訓をしてもらったが、怒られはしても褒められたことは一度もなかった。


周りの視線も怖かった。

お母様がいるときは大丈夫だったけど、一人のときは皆わたしのことを腫れ物でも見るかのような顔をしていた。


あるとき、お母様から突然魔王の座を託された。

お母様は弱くなるどころか、日に日に強さを増しているようにさえ感じた。

だから、なぜこのタイミングなのかがわたしには分からなかった。


魔王になってしまったからには、強くならないといけなかった。

魔王の座を降りると同時に姿を眩ましたお母様の代わりに、わたしを強くしてくれる誰かを見つけないといけなかった。

そこで、わたしが目をつけたのはホーランだった。

ホーランは純粋に強さを求める根っからの魔族気質だから、わたしが強さを求め続ける限りは、決して裏切らないと思った。


そうして、わたしは努力し続けた。

お母様の血を継いでいるということもあり、その努力が実り、ついには魔族一の魔力量を持つまでになった。


そんなある日、突然お母様がわたしの目の前に現れた。わたしと同じくらいの歳の人族の女の子と一緒に。

許せなかった。

お母様はわたしに見せたこともないほどの笑顔で、その子と楽しそうに話していたから。

お母様をわたしだけのお母様にしたかった。

だから、お母様に戦いを挑んだ。

魔力量はわたしのほうが高いと思ったし、もしかしたら、という気持ちもあった。


そして、わたしはお母様に負けた。

悔しかった。

負けたことよりも、これまで努力をしてきたのに、今度こそお母様に見捨てられるのではないかという恐怖が強かった。

わたしは要らない子なの・・・?


わたしが唇を噛んでいるところに、あろうことか、その子がわたしの前に現れた。

その子はとても悲しそうな顔をしているように見えた。

いや、わたしはその子に心配されているんだと分かった。

あなたに何が分かるの?と思った。

その子はゆっくりとわたしに近づいてきた。

きっとお母様によく見られたいから、わたしを利用しようとしてるんだと思った。

堪らずわたしはその子に牙を向けた。

こんな意地悪で醜いわたしをお母様が見たら、きっと失望するだろうな、と思った。

でも、それでも良いと思った。

あの子が逃げてくれれば、お母様はきっとあの子から離れてくれると思ったから。


でも、その子は逃げてくれなかった。

そうだ・・・いつだって、わたしの思い通りにならないんだ。

わたしはヤケになっていた。

もう周りは何も見えなかった、お母様さえも。

わたしはその子を本気で殺すつもりだった。


前を見ると、その子がわたしに微笑んだのが見えた。

わずかに手が震えた。


その子に向けて放った弾は外れ、それ以上の被害が出ないように軌道を上に逸らした。

わたしには殺せなかった。


それよりも、お母様のお気に入りに酷いことをして、お母様にどれほど怒られるのかを考えて本当に怖かった。

恐怖に震えるわたしに、あの子が近づいてくる。

やめて・・・来ないで・・・。

わたしはもう怯えることしかできなかった。

わたしにもう味方は居ない———


気がついたら、わたしはその子に優しく抱きしめられていた。

何が起きたか分からなかった。

わたしはあなたに意地悪したんだよ?


「大丈夫。」


その言葉を聞いて、なぜか目頭が熱くなった。


「大丈夫だよ。」


ああ、この子は本当にわたしのことを心配してくれていたんだ、と思った。

わたしが一人にならないように。

わたしの心が折れてしまわないように。

この子は命懸けでわたしに向き合ってくれた。

それなのに、わたしは・・・。


この子はわたしなんかより、よほど強いと分かった。

魔力量ではなく、心が強かった。

でも、その強さのお陰でわたしはこんなにも温かい気持ちになれた。

お母様はきっとその強さに惹かれたんだ。

わたしが見放されるのも当然だよね。


暫くその子の温かみを感じていると、その子はわたしから少し離れた。

その子の後ろから、わたしが誰よりも尊敬するヒトがわたしに向かってきた。

そのヒトは、勝者にも関わらずとても悲しい顔をしてわたしの目の前で膝をついた。

今度はそのヒトに抱きつかれた。


「頑張ったのう。」


初めてだった。

初めて褒めてもらえた。

絶対に怒られるかと思っていたから、わたしはちょっと混乱していた。

でも、すごく嬉しかった。

涙で前がよく見えなくなるほどに。

張っていた気が抜け、わたしはただの甘えん坊になっていた。


もうお母様とは口も聞いてもらえないと思っていたから、わたしはこれ以上ない幸せに浸った。

お母様がまたわたしに向き合ってくれたのは、きっとあの子のお陰だ。

知りたいな。

あの子の名前を・・・。

それで、わたしはイリルって教えてあげたいな。

フィーの肩に手が当てられる。

同時に、フィーの首元に刃物が突きつけられる。


「ひっ!」

「フィー!」


なんということじゃ。

フィーがホーランに、まるで人質のように扱われておる。


「ああ、なんと嘆かわしい!上魔王様ともあろうお方が、よもや愛や友情などという弱者の考えに縋るなどと・・・」

「なんじゃと?」


確かに、妾は今まで魔族は強きことが即ち正義だと信じてきた。

しかし、今はそれが違うということがわかる。

いや、もっと前に分かっていたはずであったが、自ら目を背け続けていたというほうが正しいか。

妾はホーランに魔弾を向ける。


「おっと、動かないでください。この子がどうなっても?」

「下賤な・・・」

「賤しいのは貴方様ではないですかぁ!」


ホーランは人質を利用し、妾に自由を与えない。

ホーランは悠々と魔法を展開し、生成した縄で妾を縛り上げる。


「くっ!」


拘束されるとともに、妾の魔力が封じられたようだ。


「こんなガキに情けをかけてこのザマとは!上魔王様も落ちぶれたものですなぁ!」

「・・・言いたいことはそれだけか?」

「ほう・・・この状況でもまだそんな口が聞けるんですねぇ。」


ホーランはすでに勝ったつもりになっている。

しかし、奴には1つ大きな誤算がある。

それはフィーじゃ。

イノーマスを正面から防いだ力があるのだから、ホーラン如きに負けるはずがない。

そう、こんな子供騙しな脅しに、フィーが屈するはずないのじゃ。


「ぁ・・・ぁ・・・」


しかし、フィーはいつまで経っても怯え震えるばかりである。

おかしい・・・。

芝居にしては余裕がなさすぎる・・・。

まさか!


「芝居では・・・無い・・・?」


色々とおかしいと思っておった。

強者の割によく怯えるところとか、力の一端すら見たことがないこととか。


もし、フィーが本当に力を持たぬとしたら・・・。

この場にいる全員がホーランの餌食となる。


「おやぁ?急に塩らしくなりましたねぇ、上魔王様ぁ!流石に諦めましたか?」

「黙れ。姑息な真似しおって。」


他の者を入れなかったのも、密かにこの状況を狙っていたからであろう。

妾を亡き者にすれば、イリルの下に居ながら魔王が持つ実権を掌握できると踏んでおるのじゃろう。

まさに妾は目の上のたんこぶというわけじゃ。


「上魔王様がそんな口の利き方をしていたら、このガキがどうなるか知りませんよぉ?」

「ぃっ!」


フィーの首に刃が当たる。


「や、やめるのじゃ。」

「ひひ!やはり貴方様はこのガキに甘い!こうも簡単に貴方様を討つチャンスが巡って来ようとは!ああ、ワタシはなんてついているのでしょう!」


そのときである。

隙だらけのホーランの腕に、魔弾が撃ち込まれる。


「ぐぁっ!」


その痛みに堪らずホーランはフィーを手放し、後ずさる。

フィーはその場に腰を抜かす。


「な・・・なにをぉぉぉ!」


ホーランは予想外の攻撃に、怒りを露わにする。


「そのヒトには手を出させない。」


イリルじゃ。

イリルが放った魔弾がホーランに命中したのだ。

しかし、唯一とも言えるチャンスで踏み込みが甘かったか。

もっと致命的なダメージを与えるべきであった。


「イリル様ぁ!なぜこのガキを庇うのです!」

「そのヒトは・・・わたしの大切なヒトだから。」

「イリル・・・ちゃん・・・」


フィーは恐怖でまだ立ち上がれずにいる。


「・・・はぁ。」


ホーランはため息を漏らす。


「よもや、イリル様までもこのガキに毒されてしまったということですか。」

「あなたには分からない。」

「ああ!これが魔族を統べる者達の末路とは!・・・これはいよいよ、この腐った国を修正しなければならないようですなぁ!」


まずい。

イリルは魔力量こそどの魔族より比較にならぬほど多く持つが、実戦はまだまだ未熟。

実力派のホーランと正面からぶつかればまず勝ち目がない。

どうする、イリルよ・・・。


イリルは妾と戦ったときと同様に、魔力弾を100発生成する。


「それは先ほど見させてもらいました!物量は厄介ですねぇ!」

「消えなさい!」


イリルが魔力弾を解き放つ。

しかし、ホーランは全ての弾を華麗に躱す。


「これは困りました。これでは貴方様に近づけません・・・。」

「諦めて降伏しなさい。」

「何をおっしゃっているんです?」

「っ!」


来た、ホーランのスキル。

魔力分身じゃ。

己の魔力を使って自身と瓜二つの分身体を生成する。

おまけに、魔力の塊である分身体からも当然攻撃を繰り出すことができる。

妾とて、本気の奴と戦えば無傷では済まんじゃろう。


「二人に増えたくらいで・・・」

「誰がこれで終わりと?」

「え!?」


二人に分裂したホーランがさらに分裂し、ホーランが四人になる。

恐ろしいことに、これを繰り返して、8人、16人、32人になる。


「イリル様ほどの魔力量であればもっと分身できるのでしょうが・・・まあ、これでも貴方様には十分ですがねぇ!」


実質1対32。これこそホーランが七魔天最強と謳われる理由だ。

奴の二つ名は単身軍。その身一つで軍を成し、敵を圧倒する。

一番まずい状況になってしもうたぞ。


イリルは魔力弾を1体のホーランに放つ。

しかし、そのホーランは余裕でそれを避ける。

本体だから避けたのではない。

本体を判別させないために敢えて避けたのだ。


攻撃を当てない限り、本物かどうかさえも確認できない。

1体に集中すれば他から攻撃を受けるし、全体を攻撃すれば分散しすぎてそれこそ攻撃が通らなくなる。

こうなってはもうホーランの土俵じゃ。


「ワタシは慈悲深いので、戦闘経験の乏しいイリル様にヒントを差し上げましょう!ワタシの本体を倒せば分身体は消えます。わずかな確率でどれかに絞って全力で攻撃することをお勧めしますよ!」


「くっ!」

「イリルよ、耳を貸すでない!」


これは思考誘導だ。

相手の思考を操り、他の選択肢を潰す戦法。

イリルの戦闘経験でも戦える方法は何か無いのか・・・。

妾は必死で考える。


分身体は精巧だ。

ホーランが自己を認識するそのものを写し出している。

それに、影もある。

極め付けが、全ての個体が魔力を有しており、全ての個体から本物の攻撃が可能だということ。


この様子じゃと、イリルはまだ範囲攻撃も使えんのじゃろう。

何か。何か無いのか?

ホーランの分体を比較するが、どこを見ても皆同じにしか見えない。

イリルに負わされた腕のケガまでも忠実に再現しておる。

駄目じゃ、分からん!

万事休すなのか?


無情にも、敵は考える時間を与えてくれない。


「では、そろそろ反撃させていもらいましょうかぁ!」


32体のホーランのそれぞれが魔力弾を生成する。

時間差をつけながらそれらをイリル目掛けて飛ばしていく。


「っ!」


イリルは一つ一つの魔力弾を避けていく。

イリルのものに比べ数は少ないものの、四方八方から飛んでくる捉え難さと、速度も異様に速い。

遂には、その一つがイリルの脚に命中する。


「んああ!」

「イリル!」


イリルはその痛みに堪らず声を上げてしまう。


「これでおあいこ・・・、いや、形勢逆転ですかねぇ?」

「ぅぅ・・・」


イリルは痛みで片膝をついてしまう。


「ホーラン、もうやめるんじゃ。妾の命はくれてやる。じゃから、その子は・・・」

「後悔しても、もう遅いんですよ・・・ククク、大丈夫。これからの世はワタシが完璧に支配してみせましょう!」

「狂っておる・・・!」


ホーランは魔族の中でも特に実力主義と思っていたがあったが、ここまでとは。

折角分かり合えたと思ったイリルに、傷を負わせてしまった。


「イリル!妾のことはどうなっても良い。お主だけでも逃げるんじゃ!」

「・・・いや。」

「なっ・・・」


イリルが妾に初めて反抗しおった、こんな危機的状況に。

いや、こんな状況だからこそ自らの意思を突き通そうとしているのか。

娘の成長に心躍らせたいところだが、今はそんな場合ではない。


「お主の覚悟は分かる。じゃが・・・」

「大丈夫!」


少し前にも耳にしたその言葉が、妾の心を揺れ動かす。

イリルの目はまだ諦めていない。

何か考えがあるというのか?

よく見ると、イリルは多数いるどのホーランでもなく、そのさらに背後の()()()に目を向けている。

そしてその者は、ホーランに悟られぬよう1体の分体に目を向けている。

・・・ふっ。

お主らには敵わんのう。

では、ここは妾がお膳立てでもしてやろうかのう。


「イリル様ぁ。別れの挨拶はお済みですかねぇ?」

「のう、ホーラン。」

「・・・焦らずとも、上魔王様は後で相手して差し上げますよ。」

「妾を討てば、勇者がお主を討ちに来ようぞ。」

「ちっ。忌々しい勇者ですか・・・」

「勇者だけでない。人族はアームハイン国に優秀な者を集めておる。返り討ちは必至じゃな。」

「今はそうかもしれませんねえ。しかし、人族の寿命は短い。その者たちが衰えるまで待てばどうでしょう?」

「甘いのう。その間にも人族は後継者を育てる。奴らはそういう伝承が上手いのじゃ。」

「そんなことは後で考えれば良いことです。何のつもりかは分かりませんが、ワタシの気を逸らそうとしても無駄ですよ。」

「本当にそうかのう?」

「なっ。」


少しの間だけで良かった。

イリルが魔法弾を再び生成する時間だけ稼げれば良い。


「おいおい、これはまた何とも。」


イリルは残りの魔力など構わず、200を超える魔法弾を生成する。

とんだ隠し球を持っておったようじゃ。


「ふっ。何かと思えば。今更弾数を増やしたところで、分体ならまだしも、本物のワタシに当てることはほぼ不可能!」

「でも、絶対不可能ってわけじゃない。」

「ハハハハハハ!滑稽な!」


これほどの弾幕を浴びれば、少なからず何体かには当たる。

しかし、本体がおいそれと当たりには来ない。つまり、たまたま飛んでくるであろう魔法弾が本体に向かってたら、分体を盾に本体を守る算段なのじゃろう。

しかし、今本体を囲んでは、相手に居場所を教えるも当然。ホーランはまだ動けない。


「ホーランよ、一つ教えてやろう。」

「・・・。」


ホーランはもう妾に気を取られない。言葉とは裏腹に、奴もそれほど余裕のない状況であるということか。


「戦場で自らの弱点をおいそれと教えるのは大悪手じゃ。」

「・・・ふっ、そうですね。もともとゼロリスクでイリル様を倒せるとは思っていません。いいでしょう!僅かな可能性に賭けて、ワタシを討ちに来るということですね!」

「いいや、お主の負けは既に決しておる。」

「ハッ!ハッタリもそのくらいでいいでしょう。32分の1を命懸けの状況で賭けるなど、奇跡の縋る愚か者の所業!兎にも角にも、イリル様のこの攻撃が終われば、あとはワタシが悠々とトドメを刺して終了なのです!」

「なら、その目で見るんじゃな。その奇跡が起きるのを。」

「そう都合よく奇跡など起こりませんよ!」


ホーランは臨戦態勢に入る。


「ホーラン、行くよ。」


イリルが魔法弾を放つ。

放った魔法弾は一斉に向きを変え、全て1体の分体に目掛けて飛んでいく。


「ば、馬鹿なっ!」


途端に全てのホーランが焦り出す。

狙われた分体の近くに居る分体が急ぎ障壁を作り出すが、150を超える魔法弾がそれをすり抜ける。

流石の弾数に避ける余地すらない。

そして。


「ぐあああああああああああ!」


何発もの魔法弾がホーランに直撃する。

すると、他の分体が全て消滅する。

つまり、狙っていた分体はまさしく本体であったのだ。


全ての弾が爆散すると、ホーランがその場に這いつくばっていた。


「な・・・ぜ・・・」

「ほう、まだ息があったか。」


虫の息になったホーランはアミラを拘束する力も残されていない。

解放されたアミラはホーランに近づき、見下ろす。


「奇跡などに・・・ワタシが・・・!」

「ん?奇跡などではないぞ。」

「は・・・?」


ホーランは意味が分からないという顔をしている。


「イリルよ、説明してやれ。」

「はい。」


魔力を大量に消費し、フラフラになっているイリルだが、しっかりと歩みを進める。


「あの子に教えてもらいました。」

「あの、子?・・・ま、まさかぁ!」


ホーランは振り向き、一人の少女に目を向ける。


「そう、フィーじゃ。」

「ぅぅ・・・。」


恥ずかしながら歩み寄ってくるフィー。


「ああ、あ、ありえない!ワタシの分身は誰にも見抜けないはず!」

「妾もそう思うんじゃが・・・まあ、フィーじゃからのう。」

「わたしも分からなかった。でも、他に手がなかった。」

「そんな確証もないことで・・・」

「なぜ自分が負けたのか、じゃろ?そんなの決まっておる。」

「わたしがその子・・・フィーを信じたから。」

「信じ、る・・・?」


ホーランはますます分からないというような表情を浮かべる。


「お主は誰かを頼ることがないのか?」

「・・・ワタシは・・・誰も信じられません。」

「・・・そうか。」


ホーランの気持ちを妾は少し分かってしまう。


「ワタシは・・・ここで討たれるのですね。」


ホーランは妾に問い掛ける。

魔王にその座を賭けて戦いを挑むとは、即ち命を賭けるということ。


「うーむ。妾はもう魔王じゃないからのう?」


チラリと、娘の方を向く。

娘は少し強張った表情で、しかし、しっかりとした声で話し出す。


「ホーランは力を求めていた。それはわたしも同じ。」

「なっ!この期に及んで貴方様は!」


ホーランはすぐにイリルが庇ってくれていると理解する。


「わたしはお母様やフィーを信じた。あなたはあなたの力を信じた。今回はたまたまわたしが勝っただけ。」

「ワタシは・・・ワタシの力を信じた・・・。」

「信じるものは違うけど、あなたもわたしも強くなりたいと思って生きている。」

「っ!」


イリルの真っ直ぐな言葉に、ホーランは言葉を詰まらせる。

すると、ホーランに戦意を感じなくなる。


「ワタシは!・・・ワタシは、一体どうすれば良いというのです!?」


ホーランが自暴自棄に問いかける。


「これからもわたしと一緒に強くなって。」

「あ、あああ・・・イリル様!」


ホーランは倒れながらも、イリルに忠誠を向ける。

やれやれ。

妾はほっとする。

イリルはやはり甘いのう。一体、誰に似たんだか・・・。

そのとき、ガガッと扉が開く音がする。


「開いたぞ!」


ホーランが封じていた扉の封が解け、魔族がゾロゾロと入り込んでくる。

しまった。

今、外の者にフィーの存在が知られては面倒じゃ。


「まずい。イリル、フィー、行くぞ!」

「はい。」

「え、ええ!?」


妾は二人と手を繋ぐ。


「ホーランよ、またの。それと・・・。」

「他言無用、ですね。」

「うむ。頼むぞ。」

「御意に。」


ホーランは狂信的な実力主義だが、その本質に裏切りという言葉は存在しない。

此奴ほど仲間に取り込みたいと思う者はそう居ないじゃろう。


「では行くぞ。空間転移!」


そう唱えると、三人はその場から姿を消す。


「また巨大な魔力反応が!」

「なんだ、この凄まじい戦いの痕跡は!?」

「ホーラン様!」


慌てふためく魔族たち。

やがて、ホーランは駆け寄った魔族たちに医務室に運ばる。

後で聞いた話だと、ホーランは手当を受け、一命を取り留めたという。




魔王城、イリル私室。

三人が空間を飛び越え、部屋に辿り着く。


「ふぅ!間一髪じゃったのう。」

「ふぇぇ・・・。」


色々なことが立て続けに起き、フィーは混乱しているようだ。


「お母様、あの・・・」

「すまんかった。」


妾は娘の頭をぽんと撫でしゃがみ、目線を合わせる。


「ぅぅ・・・ぅぁああああ!」


娘が無我夢中で泣き出し、妾に抱きつく。妾もそれを受け入れる。


「やれやれ、今日はよく泣く子よのう。」

「ああああああああああああ!」

「イリルよ。強くなったのう。」

「だって・・・。」


娘は腕で涙を拭うと、声を震わせて、こう言う。


「だって、頑張ったから!」


いつも暗く俯いていた娘がこんな表情をするのを、妾は初めて見た。


「はぁー、良かった〜!」


娘との時間に浸っていると、もう一人の声が聞こえてくる。


「フィーよ、お主のお陰じゃ。ありがとな。」

「え?わたし、何もしてないよ?」

「いやいや・・・のう?」

「ええ・・・?」

「お、おうふ・・・。」


なんだか話が噛み合わない。


「あ、あの!」


娘がフィーに声を掛ける。


「ひゃい!」


フィーは緊張で変な声を発する。


「さっきはありがとう・・・あと、ごめんなさい。」


娘が頭を下げる。

魔族が頭を下げる行為は、相手を自分よりも強者であると認めることである。


「ううん、いいの・・・そ、それで、ね・・・。」


フィーはまだ娘と目を合わせようとしない。

痺れを切らせたのか、娘はフィーの両手を合わせて取る。


「わたし、イリル。あなたの名前を教えて!」


フィーは一瞬ビクッとするが、次第に肩の力が抜けるのが分かった。


「わ、わたし・・・フィーシャ、です。よろしく、ね。」

「うん!よろしくね、フィーシャ。」

「フィーで、いいよ。」

「じゃあ、そうするね、フィー。」

「うん!」


娘にこんな無邪気な一面があったとはのう。

フィーの手をしっかりと握りしめておる。

よほどフィーのことを気に入ったようじゃ。

フィーも恥ずかしそうな顔をして、とても嬉しそうに見える。

一時はどうなるかと思うたが、結果オーライというやつじゃな!


「あっ!」


フィーが突然何かを思い出したかのように切り出す。


「どうしたんじゃ?」

「そろそろ帰らないと、アルフに怒られちゃうかも・・・。」

「あ・・・。」


戦いに夢中で時間を忘れておった。

気がつけば日が暮れそうになっている。


「では、お主の部屋まで送るぞ。」

「ありがとう、アミィちゃん!」


妾がフィーの手を取ろうとすると、まさかの娘が立ちはだかる。


「わたしも連れて行ってください。」

「イリルよ。フィーを送ったらまたすぐに戻るから、待っておれ。」

「違うんです。」


娘が首を横に振ると、フィーに抱きつく。


「フィーともっとお話したいんです。」

「イリルちゃん・・・。」

「だーめーじゃ!またそのうち会わせてやる。」


そういうと、イリルは頬を膨らませる。可愛い。


「では、お母様に仲間外れにされたとホーランに言いふらします。」

「ぐっ!脅しか!脅しなのか!くぅ〜!娘がこんな悪い子になってしまうとは・・・およおよ。」


妾は後ろを向き、泣いたふりをする。

振り向くと、呆れた表情の二人がいる。

妾は嘘が下手らしい。


どうしたものか。

ホーランを敵に回すのは、実際面倒じゃしのう・・・。


「分かった分かった!一度だけじゃぞ?」

「ありがとうございます、お母様!」


娘が今度は妾に抱きつく。

妾の顔がにやける。

おっと、いかんいかん。

決して妾は涎など垂らしておらんぞ。

フィーが妾を見る顔もにやけている。なんじゃこのマセガキは。


「んん!では、行くかのう。」

「あ、お母様、少し待っててください。」

「?」


そう言うと、娘が部屋を飛び出し、どこかへ向かう。




数分後、娘が息を切らせて戻ってくる。

場内を走り回っていたのだろうか。

見たところ、特に何かを持ってきたというわけではなさそうだ。


「はあはあ、お待たせしました。」

「では・・・イリル、フィー。行くぞ!」

「はい!」

「うん!」


妾は空間転移の魔法を展開する。

うーむ、何か重要なことを忘れているような気がするが・・・

まあ、良いか!


「空間転移!」


こうして、三人の王と名のつく者達が姿を消すが、魔王城にいる他の誰もがその出来事に気が付かなかった。

イリルちゃんの支度を待っている間。


「はあー。今日はなんだか疲れたな〜。」

「ほう、お主も疲れるんじゃな。」

「当たり前だよ!まったく、アミィちゃんはたまにわたしをヒト扱いしないよね!」

「まあ、そうじゃのう。」


そうじゃのう、じゃなくって!


「それはそうとフィーよ、どうして分かったんじゃ?」

「ん?」

「とぼけんくて良い。ホーランじゃよ。どうやって本物を見抜いたんじゃ?」

「あー。それは、魔力の動きかな?」

「動きじゃと?」

「うん。本体からそれぞれの分体に魔力が繋がってたから、すぐ分かったよ。」

「ああ・・・お主はとんだホーランキラーじゃな。ちょっとだけ奴に同情するぞ。」

「あと、イリルちゃんから攻撃を受けた傷口の再現が甘かったし・・・あれは誰でも分かるよね?」

「は・・・?」


アミィちゃんは目が点になっている。


「いやいやいやいや!・・・違い、あったか?」

「全然違かったよ〜。アミィちゃんってば、冗談きついな〜!」


アミィちゃんの頭上に「?」がいっぱい並んでいる。

わたし、変なこと言ってないよね?


「だあ、もう!お主は本当に何なんじゃ!・・・ホーランのことはもう良い。イリルのときはどうなんじゃ?」

「イリルちゃん?」

「そうじゃ。あの子がお主に圧縮弾を放つとき、お主は当たらないと分かっておったのであろう?」

「うん。」

「それは何故なんじゃ?」

「えー、それこそ簡単だよ。だって、アミィちゃんのときと同じだったから。」

「妾と?同じ?」

「うん。イリルちゃんの魔力、とっても優しい色だったから。」

「そ、そうか・・・。」


驚いたようにそういうと、アミィちゃんは後ろを向き、口元を手で押さえる。

今度はなんだか、ちょっと嬉しそう?


「あと、軌道的にも2cmくらい逸れそうだったし。」

「ブフーッ!」


アミィちゃんは口元を押さえながら吹き出す。


「ゴホッゴホッ。いや、それは無理あるじゃろ?あの子の手は震えておったし。」

「やだなー!そんなの発射までの時間とブレを逆算すれば、簡単でしょ?」

「圧倒的ボブゥ!」

「アミィちゃんが変なこと言ってる・・・。」

「お主に言われとうないわ!」


必死になるアミィちゃん。ちょっと可愛い。


「はぁ・・お主がやはり規格外ということは分かった。」


再びアミィちゃんがわたしの方を向くと、こう言う。


「フィーよ。改めてイリルのこと、感謝する。」


アミィちゃんはわたしに頭を下げる。


「ふふ。なんだかイリルちゃんみたいだね。」

「そうじゃな・・・お主は今はそう思っておれば良い。」

「え?」


どういう意味かを考えているわたしを余所に、アミィちゃんは満足したような笑みを浮かべる。


そうこうしているうちに、聞き覚えのある駆け足の音がこちらに近づいてくる。


「もしかして。」

「そうじゃな。」


わたしとアミィちゃんは笑顔でその子が戻るのをお迎えする。

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