4.愛が見える
昔話じゃ。
あれは4年前のことじゃった。
あれは、勇者と賢者・・・アームハインの国王と王妃が城を抜け出して妾と放浪旅に出たすぐのことじゃったか。
「お主ら、まだ幼いフィーシャを1人置いて呑気に旅などしおって、国は大丈夫なのか?」
「あ〜。問題ないない!なんてったって俺たちの自慢の娘だからな!」
「ええ、大丈夫です。何と言っても、私たちの自慢のフィーですから。」
「いや、何度も言うとるが、一体どこからそんな自信湧いてくるんじゃ?」
前々から2人にフィーが「ヤバい子」と聞いておるが、妾にはただの可愛い幼子にしか思えん。
あまつさえ、フィーを本気にさせないようにと2人から釘さえ刺されている。
しかし、こういうとき、この2人が的外れなことを言わないことを妾は知っている。
だから、念のため妾は現魔族一番の権力者にこう助言することにしたのだ。
「人族の王は計り知れん。妾ら魔族なぞ、敵とすら認識せん。争うだけ無駄じゃ。」
あの子は妾の言うことに時折変な解釈をしおるので、少し心配ではあるのじゃが。
しっかし・・・妾と対等な友と認めた2人だが、どこか大事な何かを欠いている気がしてならない。
「それを言うなら、貴女の子も1人にして大丈夫なのですか?」
「ん、イリルか?あの子は強いから大丈夫なのじゃ。」
そう、妾の娘イリルは現魔王としてふさわしい強者だ。
「ま、あんたより強ければ問題ないだろうが。」
「うむ。妾より強いのじゃ!」
「「え?」」
「なんじゃー?2人しておかしな顔しおって。」
妾がまるで変なことでも言うたかのようではないか。
「おいおい、それならなおさら人族との関係に亀裂を生もうとするんじゃないか?」
「イリルは聡い子じゃから、そんなつまらんことしないのじゃ。」
「まあまあ。でも、もしもの時のためにフィーに国を託して正解だったわね。」
「む?だから、なぜそうな・・・」
そのとき。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオ。
見たこともないスピードで通り過ぎる魔力の塊が頭上を通過する。
光が通過するものの10秒ほどが、どれほど長く感じたか。
遠い先で光が拡散する様子が朧げに見える。
「ねえ、あれあなたの盾で防げる?」
「いや、絶対に無理だ。お前はどうだ?」
「いやー、あれは無理ね。あなたはどうですか?」
「・・・あれは何者にも防げぬ。」
「知ってる口ぶりのようだが?」
「ああ。あれは妾の部下が発明した兵器じゃからな。・・・って!」
光が向かった方角は恐らく。
「お、おい!あの方角はお主らの国ではないか?」
「あー、そうだったな。」
「そうじゃな・・・って何でそんな冷静なんじゃ!国が・・・フィーが心配ではないのか!」
「まあ、心配と言えば心配だが・・・。なあ?」
「そうね。フィーが居ますものね。」
さっきからフィーが居るからどうとか・・・。
フィーにどれほどの力があるのかは知らんが、あれはそんな生優しい攻撃ではないのじゃぞ!
「あー、もう!妾が見てくる!」
「あら、お得意の空間転移?」
「そうじゃ。あのときお主に封じられたとっておきじゃ。」
「それで気が済むなら行ってこい。」
「あ〜もう知らぬぞ!2人とも、あとでお説教じゃ!」
妾は呪文を唱えると、高密度の魔力を身に纏い、魔法を発動する。
「空間転移!」
一瞬のうちに、城の目の前に辿り着く。
攻撃の衝撃でまだ煙が舞っている。どうやら、攻撃は城に直接当たったようだ。
よく目を凝らして城の様子を確かめる。
「ななな、何がどうなってるのじゃあああああ!?」
そこにはなんと、傷ひとつない城が堂々と佇んでいたのである。
妾は現在、アームハインの王女フィーシャの私室に押し掛けている。
それは、妾の部下であるネフェメラリが関与していると思われる事件について調べるためだ。
妾は頭が弱いので、フィーのような賢き者を頼るに越したことはないと判断したのだ。
この子とは5年振りの再会であったが、笑顔で妾を迎えてくれ、今はお互いソファーに腰掛けている。
「突然お主の部屋に押し入ってこんなこと言われても困ると思うが、調べてほしいことがあるのじゃ。頼む。」
元魔王が合掌し、現アームハイン王(代理)に縋る。
「ちょ、ちょっと待って、アミィちゃん!」
フィーシャはアミラの発言にあたふたする。
「たしかに、いきなり言われても何のことか分からんよのう。まずは、ネフェメラリが何者かというところから説明せねばじゃの。」
「えっと・・・ネフィお姉ちゃんとはさっきまでお話してたよ?」
「は?」
妾は目が点になる。
「ボーダー領のご領主様でしょ?」
「そ、そうじゃが・・・って待て待て!お主ら、いつ知り合ったのじゃ?」
「えっと・・・4年前から?」
「そんな前から・・・ん?4年前じゃと?」
4年前、フィーシャとネフェメラリを繋ぐある別の事件があったことを思い出す。
「まさか、あのときからか?」
「ネフィお姉ちゃんが魔電でわたしに話し掛けてくれたの!あ、魔電っていうのは・・・」
「ああ、それのことは知っておる。・・・なら話が早いか。」
「ネフィお姉ちゃんに何かあったの?」
「うむ。さっき城下で魔族が出たーと叫ぶ青年が走り回っておっての。」
「あーずるい!美味しいもの食べてたんでしょ!」
「ちょちょいと変装をな〜。ほれ、土産じゃ。」
妾は袋に入った露店の食べ物を得意げにフィーシャに渡す。
「わあ!ありがとう!」
「うむ。それでの。いつもなら気にせんところなんじゃが、その青年があまりにも血相変えておったから、話を聞いてみたのじゃ。そしたら、城の兵士がヒソヒソと話をしているなかで仕入れた情報だと言っておった。」
「うんうん・・・これ、美味しいね。」
「それは妾のイチオシじゃからの。それで、お主の両親に確認してみたのじゃ。」
「アミィちゃんは、お父様とお母様とよく一緒にいるんだよね。」
「うむ。あやつら、今でも諜報員と繋がっているらしく、やはり魔族がこの国に侵入していたと言っておった。」
おや?今少し違和感があったような。
考えても分からんから良いか。
「ちょーほーいん?」
「色々調べてくれる人じゃ。その魔族の足跡を辿ったところ、どうやらボーダー領が関与している可能性が極めて高いそうなのじゃ。」
「それでネフィお姉ちゃんなんだね。」
「そうじゃ。フィーよ。妾は既に魔族の王を退いた身ゆえ、今頼れるのはお主なのじゃ。ネフェメラリと繋がっているなら、知っておることは何かないか?」
「んー、どうしよう・・・。」
フィーは何かを知っているような口ぶりだ。
「なんじゃ?何か思うところがあるのか?」
「だって、今のアミィちゃんちょっと怖いから・・・ネフィお姉ちゃんが心配で。」
フィーは困った顔をする。
妾は我に返る。よほど酷い顔をしていたのであろう。
こんな小さい子に血相変えておったのは妾自身であったと反省する。
「はあ、すなないのう。わかった。お主の話を聞いたうえでどう対応するか、ちゃんと考えると約束する。」
「約束だよ?」
「約束じゃ!して、何を知っておるんじゃ?」
「うん。多分、ローズさんのことだと思うの。」
「ローズ・・・じゃと?」
これは驚いた。いきなり個人を特定できてしまうとは。
やはり、フィーには王としての器が既に完成しているようだ。
「ローズといえば・・・ネフェメラリが心底大事にしておった奴じゃったか。良いスキルをたくさん持っておったから多少覚えておるが。」
「そうなの!ローズさんってすっごくステキなの!」
「ほう。お主にそこまで言わせるとはのう。」
「でね。ローズさんは魔族なんだけど、アミィちゃんみたいによく変装ごっこして街を歩いてるの。」
「んん!妾は美味しいご飯・・・じゃなかった。人族の食を研究するためであって、ごっこ遊びではないわい。」
妾は隠そうともしていなかった尻尾を照れくさそうに振る。
「して、そのローズが魔族だとバレたんじゃな?」
「そうみたい。お城に来てくれたときは上手く隠せてたんだけどね。」
「は?ここに来たじゃと?」
「うん。わたしに会いに来てくれたのかな?途中でわたしとローズさんの命が狙われちゃったこともあったけど、最後はローズさんがわたしを鑑定してくれたの。」
「・・・と、とりあえず待て。頭が追い付かん。」
いかん。情報量が多すぎて訳がわからん。
これを聞いて理解に苦しむのは、妾が頭悪いからなのか?
「すまんが、一から話を聞かせてくれるか?」
「うん!じゃあ説明するね。」
———
「うーむ・・・そんなことがあったんじゃな。」
フィー(目線)の話を一通り聞いたが、一番信じられなかったのはローズが5年もの間、身を潜めていたことだ。
妾は我慢が嫌いなので、話を聞くだけで気が狂いそうだった。
「というかお主、ローズのことをどうやって知りおったんじゃ?」
諜報員でもその存在を知ったのはつい先日のことだ。
それほど、ローズの隠密に隙はなかったということだ。
「んー、たまたま?」
「たまたまってお主・・・。」
諜報員が泣くぞ。
フィーが規格外なのは薄々分かっておったが、本当に底が知れん子よ。
「人族に攻め入るわけではなかったと・・・だー!つまり、妾の杞憂だったわけじゃ。」
「勘違いで良かったね!」
「妾はこういう頭を使うことが苦手なんじゃ。しかし・・・」
心の底から安堵する。
「争いが起こらんくて良かったわ。」
「うんうん。今はお父様もお母様も居ないし、もし戦争が起きたらどうなっちゃうんだろう?」
「何を白々しいこと言うておるんじゃ。」
「え?」
「え?」
何か話が噛み合っていないような?
「いや、じゃから、妾らが攻めても魔族に勝算無いじゃろて。」
「ええ!?・・・た、たしかに、アルフやガルドは居るけど・・・」
「ああ、あやつらなら英雄クラスにはなれるじゃろうな。だが、妾の敵では無いのう。」
「流石アミィちゃん!」
「えっへん!・・・まあ、お主が居るから結局意味ないがのう。」
「わ、わたし!?」
「そうじゃ。どんなカラクリを使うたかしらんが、イノーマスを完全に防ぎ切りおったお主じゃ。妾とて下手に手を出そうなぞ思わん。」
「あれえ?わたしの評価ってどうなってるの・・・?」
フィーは首を傾げる。
人畜無害そうな見た目だが、どんな力を持っているのかは妾はおろか、この子の両親すら把握してないときている。
そもそも、妾の魔力を間近で感じて畏怖しない時点で、英雄クラスなぞ優に超えておるというのに。
妾は不敵な笑みを繕う。
「のう。時にお主は妾を怖いと思うたことがあるか?」
「え、アミィちゃんを?」
「そうじゃ。大概は恐れひれ伏すのじゃが。」
「えー?そんなことないよ!だってアミィちゃん・・・」
「妾の魔力を浴びて尚もそれが言えるか?」
妾は城内の者に察知されないよう室内全体に結界を作り、その中で高濃度の魔力を放出する。
こんな魔力をまともにあてられたら、あまりの衝撃にチビってしまう者も少なくない。
「むう!何の冗談か知らないけど、アミィちゃんが怖いはずないもん!」
「・・・」
妾はフィーの意外な答えに目が見開く。
やがて、室内を埋め尽くしていた魔力は薄れ、結界と共に消滅する。
「なぜそこまで言い切れるんじゃ・・・?」
「だって・・・だって、アミィちゃんの魔力はとっても優しい色をしてるから・・・」
フィーは涙を浮かべながらそう答える。
「優しい・・・色?」
魔力は肌で感じることはできても、目で見ることはできない。
ゆえに、魔力を色で表現すること自体がおかしいのだ。
・・・だというのに。
「そうだよ!だから、そんな怖い顔しちゃダメなの!」
フィーはさも当然のようにそれを押し通してくる。
こんな試すようなことをして、きっと妾のことを憂いてくれたのだろう。
妾は永く生きていきたことに天狗になっていたが、己の未熟さを痛感する。
「フィーよ、すまんかった。」
妾は久しく下げたことのない頭を垂らす。
「もう、こんなことしちゃ、やだよ?」
「分かった。もうしない!」
「約束だよ?」
「約束じゃ!」
「やったー!」
本日2度目の約束を交わす。
悪友たちにもよく話のペースを狂わされるが、フィーはそれを上回る。
全く愉快なものじゃ。
「よし、フィーよ。お詫びにお主を好きなところへ連れていってやるぞ!」
「ほんと!?え〜どうしよう〜。」
年相応に悩むフィーを見て少し安心を覚える妾。
まったく、子どもはこれじゃから・・・。
「じゃあじゃあ、ネフィお姉ちゃんのところ!」
「ブフーッ」
思わず吹き出してしまったわ。
「待て待て。それはダメじゃ。」
「えー?なんでー?」
「妾が転移を使ったら嫌でも館の者は気づく。集まってきた者たちがフィーを見たら大混乱じゃろ。」
「むう・・・会いたかったなぁ。」
「まあ、ネフェメラリと縁があるならそのうち会えるじゃろ。そうじゃ!お主の両親はどうじゃ?」
「や。」
拗ねた表情で即答しおった。
「わたしのこと置いていっちゃったから、や。」
「ほう・・・そうかそうか。」
ニヤニヤが止まらない。
こんなところであやつらの弱みを握れるとはのう。
「そうじゃのう・・・流石に酷いのう・・・。」
急に白々しくなる妾。
「そうなの!もう知らないもん!アミィちゃんがお母様になって!」
きゅん!
・・・危ない!一瞬ときめいてしもうた。
「おーおー、妾もそうしてやりたいが、流石にのう・・・あ、そうじゃ!」
良いことを思いつく。
「妾の娘を紹介してやろうかのう!」
「アミィちゃんの?」
「そうじゃそうじゃ。お主と同い年じゃから、仲良くなれるかもしれんのう。」
久しぶりに妾も娘の顔を見たくなったとは言いづらいが。
「あれ、でも周りのヒトたちが集まってきちゃうんじゃ?」
「それなら心配ない。妾の部屋は先の結界が常時展開しておるから転移してもバレないんじゃ。」
「へーすごーい!」
「そうじゃろそうじゃろ!」
妾は鼻高々じゃ。
「よおし、そうと決まればひとっ飛びじゃ!ほれ、フィーよ。捕まるが良い。」
「うん!」
フィーが妾の手と繋ぐ。
「では行くぞー!」
「おー!」
「空間転移!」
「わあ、綺麗〜!」
相変わらずフィーはよく分からんことを言っているが、それはさておき、妾の魔力が2人を包み込む。
そして、一瞬のうちは姿を眩ます。
同時刻、魔王私室。
妾とフィーの転移が完了する。
「ほれ、着いたぞ。」
「え、もう!?」
「一瞬じゃったじゃろ?」
「うん!アミィちゃんすごい!」
「もっと褒めるが良いぞ!」
これまでにないほど天狗になる妾。
・・・が、突き出た鼻は再び折られる。
「ぬ!?」
背後からとてつもない魔力を感じる。
あまりの魔力に少し・・・ほぉんのちょこっとだけビビってしもうたわ。
そして、この魔力には覚えがある。以前と魔力量が桁違いじゃが。
「イリルよ。随分な挨拶じゃな。」
「ご無沙汰です、お母様。」
振り返ると、身体も魔力量も成長した娘の姿が見える。
「なんともまあ、禍々しいのう。」
「お母様に恥じない魔王になるために努力しました。」
「親孝行な娘で泣けるのう・・・と、言いたいところじゃが。」
魔力と共に飛ばしてくるものがもう一つあった。
殺気じゃ。
最早尊敬する者に向けるそれではない。
しかし、この子はフィーのことがまったく目に入っておらんようじゃ。
「お母様。ここでは何なので、あの場所で。」
「ほう、良かろう。お主の成長をとくと見ようではないか。」
妾は不適な笑みでイリルに応える。
「あ、あのう・・・。」
「フィーは手出し無用じゃ。」
「手なんか出せないよ!」
「そうじゃな。感謝するぞ。」
「何で感謝してるの〜!?」
フィーが和ませてくれたお陰で冷静さを取り戻せた。
危うくイリルの圧に飲まれるところじゃったわ。
フィーには何度も助けられとるな。
じゃが、イリルの魔力を受けてもなお平常心でいられるフィーはやはり・・・
「では、行きましょうか。」
「良かろう。では、立会人として、そうじゃのう・・・フィーにお願いしようか。」
「ふえ?」
「もう一度捕まっておれ。」
「え、ちょちょちょ待っ」
「空間転移!」
「空間転移。」
ふっ、と3人が姿を消す。
同時刻、魔王城闘技施設。
3人が降り立つ。
「フィーはここで見ておれ。」
「いやいやいやいや!わたし無理だよぉ!」
「大丈夫じゃ。ここは観戦用に特別な防御結界が貼られておるゆえ、心置きなく戦いを見ていられるぞ。」
「無理無理無理!わたし平和主義だから!」
「お主には見苦しい喧嘩に見えるかもしれんが、どうか妾のわがままを聞いとくれ。」
「ぷえええ。」
フィーの謎の返事が何なのかは知らんが、静かになったということは、しかと見てくれるということじゃろう。
妾は安心して施設の中央に向かう。
そこには、すでに準備を済ませたイリルが佇んでいる。
「待たせたのう。」
「いえ、大丈夫です。」
魔王たる者、何者より強くてはならない。
じゃから、妾と戦い勝つことで、イリルは己の強さを証明しようとしておるのじゃろう。
昔の妾そっくりじゃ。
「そうか。では、始めようかのう。」
「胸を借ります、お母様。」
イリルがそういうと、魔力量に物を言わせるかのように、魔力弾を100発ほど生成し、妾を目掛けて飛ばしてくる。
「そんなこと微塵も思うてないじゃろう。」
妾は同量の魔力弾を生成し、イリルの飛ばす全ての魔力弾へ的確に当てていく。
「っ!・・・相変わらずの魔力制御ですね。」
イリルはすかさず二の矢を準備する。魔力弾100発だ。
「芸がないのう。」
妾はそれらを容易く撃ち落とす。
この撃ち合いが暫くの間続く。
同時刻、特別観客席。
「すごい撃ち合い・・・」
「どなたかと思ったら、上魔王様でしたか。」
「ひっ!」
「ああ、これは失礼。ワタシは七魔天が一人、ホーランと申します。」
「あ、あ・・・。」
「大丈夫ですよ。あなたを取って食ったりしません。そんなことしたら、上魔王様に消されてしまうことでしょうから。ところで、この戦い、あなたはどう思います?」
「あ・・・えっと・・・」
「まあ、こんなもの見せられてもわかるわけないですよね。ワタシにもわかりません。ただ、膠着状態が続くなら魔力量で分がある現魔王様が勝つでしょうか。」
「・・・ち、が・・・う。」
「ほう?」
———やがて幾重もの魔力弾の衝突で宙に煙が舞い、視界を遮る。
「うむ。これは・・・何も見えんのう。」
「お母様。私の勝ちです。」
「っ!?」
次の瞬間、イリルがいるであろう方向から、特大の魔力弾が流れてきて、やがて着弾する。
「・・・勝負ありですね。」
息の上がったイリルは、勝利を確信する。
・・・が。
「甘いのう。」
「っ!?」
妾はイリルの耳元で囁く。
常に無表情だったイリルが珍しく驚いた表情を浮かべる。
イリルは咄嗟に距離を取ろうとするが。
「無駄じゃ。」
「ぐっ!」
今見えていた妾は幻影。本体はイリルの逃げる方向で待機していた。
妾は左腕でイリルの胴体を抱き押さえ、右手の爪をイリルの首元に突き立てる。
「ま・・・参りました。」
ガクッと肩を落とすイリル。
最早戦意は感じられない。
「どうして負けたのか、と思うておるんじゃろ。」
「・・・。」
妾はイリルを解放する。
「お主の魔力量は既に妾を超えておる。これは間違いない。が・・・」
イリルに決定的に足りないもの。
「イリルよ。お主はいつも真っ直ぐすぎじゃ。いくら魔力があろうがそれでは妾に勝てん。」
「はい・・・」
「それに戦略が足らん。妾でももう少し知恵が働く。」
「ぅ・・・ぅぅ・・・」
「はあ。泣けば良いというものではないぞ。次はそうすれば良いかを考えるのじゃ。」
イリルは悔しそうな顔を浮かべ、しかし、泣きじゃくるのをこらえている。
まったく、負けるとすぐに泣き出すのは以前と変わらんのう。
あとで反省会じゃ。
おっと!フィーを置いてきてしまったんじゃった。
さっきから変な虫がくっついとるから、早く迎えにいかんとな。
妾はフィーの下へと向かう。
「フィーよぉ!見たか、この妾の活躍を!」
「おお!よくぞ戻られました上魔王様!そして、お見事でした。」
ホーランが頭を垂れる。
「ホーランよ、久しいのう。近況はどうじゃ?」
「は。変わりなくでございます。」
「他の者はどうした?」
「ワタシが一切の入室を禁じました。今頃ドアに耳でも当てている者も居るでしょうが、何も聞こえないというのに哀れなものです。」
「そうか。お主の配慮に感謝するのじゃ。」
「ありがたきお言葉でございます。」
ホーランは紳士のような立ち振る舞いで応える。
「して、フィーよ。妾はどうじゃったか?」
ふるふると、フィーは首を横に振り目を合わそうとしない。
「なんじゃ?それだとよく分からんのじゃが・・・」
「・・・だめだよ。」
そう言うと、フィーはゆっくりと、足早に戦場跡へと向かいだす。
よく見ると、フィーはどこか寂しい表情を浮かべている。
「おおい、どこ行くんじゃ?」
妾は心配になりフィーの後を追う。
フィーの向かった先には・・・イリルがおった。
イリルは依然として涙目で立ち尽くしているようだ。
「止まって。」
それはイリルの声じゃった。
フィーはイリルの数m手前で足を止め、妾も足を止める。
ついでに付いてきたホーランも足を止める。
「イリル・・・ちゃん。」
「あなた・・・何なの?」
「え・・・」
「お母様と一緒に来たと思ったら、お母様と仲良くお話して・・・。」
「あ、あのね・・・」
「わたしからお母様を取ろうとしてるんでしょ!!」
「ち、ちが・・・」
「うるさい!!」
イリルが手をかざすと魔力が圧縮され始める。
「なっ!」
魔力の密度が桁違いじゃ。あれはまごう事なきイノーマスを模したもの。
何ということじゃ。イリルはあの時見ておったのか。
そして、それを自身で再現しおった。
規模は小さいが、破壊力はあの兵器そのものじゃ。
「あれは・・・いかん!」
放つまでまだ少し猶予はある。
一気に距離を詰めてイリルを・・・
「大丈夫だよ、アミィちゃん。」
「いや、あれはだめなんじゃ!擦りでもしたら跡形もなくなるんじゃ!」
「大丈夫!」
「っ!!」
先ほどまでの便りなさそうな顔立ちとは裏腹に、フィーは真っ直ぐとイリルを見ている。
・・・そうじゃった。
フィーは一度、イノーマスを防いでおる。
フィーを信じる気持ちも勿論あるが、それ以上に妾はつい望んでしまう。
イリルの全力を防ぐフィーの姿をこの目で見ることを!
「あああああ!ああああああああああ!」
イリルは最早正気の沙汰ではない。
「素晴らしいいいい!魔王様にぃ!こんなお力がぁ!」
ホーランも高揚のあまり我を失っておる。
フィーは妾たちを巻き込まぬよう、妾たちとも距離をとる。
命のやり取りをしているというのに、フィーはイリルから視線を逸らさず、微笑む。
恐ろしいほど冷静だ。
その異常な冷静さが、妾とて最早恐怖にすら感じる。
のう、フィーよ。本当に勝算はあるのか?
「消えろ消えろ消えろ消えろおおおおお!」
極限まで圧縮された魔力は矢の如く、鋭くフィーに牙を向け・・・。
解き放たれる———
———一瞬であった。
防御結界が施された施設に容易く穴が空く。
イリルが放った魔力の矢は施設を抜けると上空へと向きを変え、舞い上がり、やがて霧消する。
その軌跡は妾にすら追うことができなかった。
「フィー!」
どうなったんじゃ?
物見たさに許したことだったが、結局何が起きたか見ても何も分からんかった。
フィーは・・・真っ直ぐにイリルを見つめていた。
無傷だ。信じられん。
・・・いや、よく見ると穴の空いた壁の位置から見るに、元々フィーに当たっていなかったのか?
フィーは微笑み、徐にイリルに歩み寄る。
「ど、どうして・・・」
イリルが半歩後ずさる。
イリルもフィーの場に似つかぬ不気味さに恐怖を覚えたのじゃろう。
フィーは構わず歩み寄る。
「来ないで!」
イリルの声が震える。
しかし、フィーは歩みを止めない。
「や・・・やあ・・・」
怯えるイリルは体を横に逸らし、腕で頭を守ろうとする。
あの子が蟻のように小さく見えて仕方ない。
妾は最早ことの行く末を見守ることしかできない。
そして、フィーがイリルの目の前まで近づく。
フィーは一体何をする気じゃ?
「許して・・・お母様・・・」
ん?
なぜ今、あの子が妾のことを呼んだのかが分からない。
そして———
小さな腕が、小さな身体をぎゅっと抱きしめる。
イリルの目が見開く。
「大丈夫。」
「っ!」
「大丈夫だよ。」
「う・・・・うう・・・」
イリルはまたしても涙を浮かべる。
先ほどと違うのは、悲しみの表情を露わにしていることだ。
「我慢しなくて、いいんだよ。」
「うう・・・う、うわああああああああああああ!」
イリルはいよいよ感極まる。
フィーは依然としてイリルを優しく抱擁している。
さながら姉のようじゃな・・・。
!!
フィーが今していることを、妾はようやく理解する。
———いつからじゃったか。
あの子が駄々をこねなくなったのは。
———なぜじゃろうか。
胸がこんなにも痛むのは。
妾は今まであの子とどう向き合ってきたのじゃ・・・?
妾は右手で顔を覆う。
「上魔王様?」
「妾は何をしておったんじゃ・・・」
フィーが『だめだよ』と言った理由をようやく理解する。
「イ・・・リル・・・」
妾は足取り重く、力無く二人に近づく。
ああ。きっと妾は今、酷い顔をしておるんじゃろうな。
だが、それで良いとも思うた。
妾に一筋の光明が差すのを感じるのだから。
「イリルちゃん。」
フィーがそう呼ぶと、腕を解く。
気がつくと、娘は泣き疲れ、溢れる涙を両手で拭っている。
「イリルよ。」
妾は両膝をつく。
今度は間違えないと確信できる。
フィーが与えてくれた機会なのじゃから。
今度は妾が娘を包み込む。
「ひぐっ・・・お母様・・・」
「頑張ったのう。」
「うう、うああああああああああああああ!」
娘は再び大号泣する。
お互いの服がびしょびしょに濡れる。
妾はそのとき、それ以上何も言わなくても良いことが分かった。
フィーも微笑む。
「いけませんなぁ!」
光の陰に、不気味に笑う者が闇を染める。




