2.真がみえる
5年前。突如として国中にその名を轟かせた男商人。
わたくし、ロズには2つの顔がある。
1つは行商としての顔。アームハイン国内を巡り、平民から貴族にまで幅広く愛される商いを営んでいる。
しかし、それは表の顔にすぎない。そして、真の顔は何人も知ることを許さず。
なぜなら、わたくしは・・・
魔族なんですもの。
わたくしの本当の名はローズ。見目美しさとは裏腹に、暗殺を生業にしてますわ。
戦闘能力こそ高くはありませんが、知識の高さとスキルには少し自信がありますの。
わたくしの主、ボーダー領を統べるはネフェメラリ様の右腕として、お役に立つことこそがわたくしの唯一の生き甲斐。そのためには、どんなことにだって手をかけてみせますわ!
でも、主様は深謀遠慮なお方。
アームハイン国にだけは手を出すなと何度も釘を刺されてますが、脆弱な人間どもに貴方様が何を臆するというのです?
潜伏して6年目。現に、今まで会ってきた人間は皆まるで脅威になりませんもの。
城の兵士だって、そこそこ腕は立つようですけど、一対一ならまず負けることはありませんわ。
それに、4年前から国王と王妃が不在という極秘情報もとある貴族から入手済み。
こんな国に未来などあるはずもありませんわ。
おっと、いけない。
今日は城に招かれているのであった。
遂に長年の計画が成就する時が来たのだ。そして、人間どもは絶望するだろう。
なぜなら、今日がフィーシャ王女殿下の命日になるのだから。
王城・廊下にて。
「ここから先は玉座の間だ。勝手な口出しは慎むように。」
「承知いたしました。」
わたくしは礼を弁え、道案内した兵士に返事をする。
兵士は扉の取手を掴み、ゆっくりと4度ノックする。
「商人ロズを連れて参りました。」
「通しなさい。」
兵士が訊ねると、扉の奥から若い男の声が聞こえる。
ギシギシと大きな音を立てて扉が開き、天井の高い大広間が展開する。
わたくしは広大な部屋の中央まで移動し、跪き、頭を下げ、返事を待つ。
大丈夫、緊張などしてませんわ。今までの経験から、この程度の重圧は慣れてますもの。
間も無くして、フィーシャ王女殿下が部屋に現れ、玉座に座る。
さて、と。
周りを見渡す。もちろん、顔を上げてなどありませんわ。
わたくしのスキル「見えざる眼」。
誰にも気づかれず、全方位を自由に見ることができる優れもの。
ゆえに、わたくしに死角はありませんことよ。
まず目に飛び込むのは、左側にたたずむ一際大きい筋肉鎧。
あいつはヤバい。まともに戦ったらわたくしとてまず勝てませんわ。
でも、もっとヤバいのはフィーシャの右側に立っている青年。
先ほど聞こえた声も彼ね。
表情では見せないけど、とてつもない殺気がダダ漏れですわ。
わたくしが国を陥れようとしたに違いないと思ってるに違いありませんわね。大正解ですけど。
あーん、想定外。まさか、2人も敵わなそうな相手が居るなんて。
でも、いざという時には、逃げ切ってみせますわ。
主人様にも生きて帰って来ると約束してしまいましたし。
さて、問題のフィーシャですが・・・ひ弱そうな女の子って感じですわ。
彼女の顔を見るのは初めてですけど・・・。
なんかこう、すごく笑顔ね。目がキラキラ?してる。わたくしを見世物とでも思っているのかしら。
「あっ。」
果たしてフィーシャが声を発したのか分からなかったが、フィーシャは恥ずかしそうに下を向く。
わたくしがスキルで見たタイミングで?いえ、たまたまね。
このスキルに気づく者などあり得ませんわ。たとえ、わたくしが尊敬して止まないネフェメラリ様だとしても。
あとは、貴族ども有象無象。こいつらは何も問題ありませんわ。
何人か見覚えのある貴族もいますわね。
「商人ロズ、顔を上げなさい。」
「はっ。」
わたくしは顔を上げると、相変わらず下を向き続けているフィーシャが正面に居た。
「本来であれば、姫様が立ち会うこともないのですが、姫様の強い意向ゆえ、理解いただきたい。」
「承知いたしました。」
これは好都合。
フィーシャ自らわたくしの懐に飛び込んで来るなんて、僥倖でしてよ。
「申し遅れました。これより私こと、宰相アルフが昨日の事件検証の進行を務めさせていただきます。さて、貴殿は昨日、書状を持ってこの城を訪ねられましたね。」
「はい。昨日は予定が詰まっておりましたゆえ、挨拶も叶わなかったこと、陳謝いたします。」
ボロを出さず、話題を逸らす。
「貴殿が持ち込んだ書状には、隠蔽と偽造の魔法がかけられていました。」
へえ、我が国特製魔道具の偽造隠蔽が見破られるなんて大したものですこと。
まあ、想定内ですわ。
ここは一芝居打って差し上げましょう。
「そ、そんな!あれは確かにホナス領の館の者からいただいたものです!」
「そんなはずはない!館からここまで2日間で来られるはずなかろう!」
この男はよく商談をしている貴族、ユグノー辺境伯ね。
てっきり冷静さを欠いて魔族領に喧嘩を売るかと思ってましたが、目測が外れましたわ。
「ユグノー辺境伯。勝手な発言は慎んでください。」
「ぐっ。申し訳ございませぬ。」
「しかし、確かに2日間で馬を引きここまで来るのは至難であると思いますが、貴殿はどう説明しますか。」
「はい。切迫した状況だったゆえ、伝手を頼り馬車屋に馬を借りて、一睡もせずここまできた次第にございます。」
侯爵は、そんな滅茶苦茶な話が通るか、とでも言いそうな表情ね。
「わかりました。その馬小屋と、ホナス領の館の者に事実確認をさせましょう。それが終わるまで、あなたを拘束させていただきます。
「ま、待ってください!わたくしを頼りに今も苦しんでいる方々がいるのです!どうか、ご容赦を!」
宰相は堅実な男のようね。
この後、わたくしは監禁される流れ・・・むしろ好都合ですわ。
皆が寝静まったら脱獄し、フィーシャの首をいただく。牢を抜けるなど、わたくしには造作もございませんわ。
全てわたくしの思惑通り。
アルフは首を横に振る。
「いいえ。あなたには反逆罪の嫌疑がかけられています。それを許すことはできません。」
「そ・・・そんな・・・!」
ガクッと項垂れる。
我ながら名演技ね!
ネフェメラリ様、もうすぐです!もうすぐこの国は落ちますわ!
そのとき。
「あっ」
消えそうな声だが、今度ははっきり聞こえた。無害そうなフィーシャの声が。
先ほどと違うのは、フィーシャの視線が正面の床でなく、宰相の足元を向いているということである。
「は、姫様。」
宰相はそう言うと、フィーシャの隣りに跪き、耳を貸す。
フィーシャは口元を片手で覆い、宰相にこっそりと何かを伝えている。
「は。は。・・・はい!?・・・いや、しかし・・・。」
宰相があたふたしている。
あんな箱入りお嬢様にへこへこするなんて、この国もとんだ平和ボケをしてますこと。
「・・・お心のままに。」
そう言うと、宰相が立ち上がり、再びわたくしの方を向く。
「姫様は貴殿を客人として迎えるつもりであったと申しておられます。そこで、拘束は保留とし、10日後に再度召喚に応じていただくこととします。」
「へ?」
今、なんて?
「その際に、改めて貴殿の処遇を決定することとします。」
待て待てって!あり得ないでしょ!
どんだけお花畑なのよ、この娘は!
それじゃあ、あんたに近づけないじゃない!
でも、まさか自分から拘束してくださいなんて言えるわけないですし・・・くそ!
考えるのよ、ローズ。
「あ、ありがたき幸せにございます。そ、そうだ!王女殿下には、せめてもの謝意にわたくしのスキルをご覧にいただきたく存じます。きっとお役に立てますことをお約束いたします。」
「よい、もう去ることを許可しています。速やかに退室しなさい。」
こんなところで引き下がれないわよ!
こちとら5年かけてここまで来たんだから!
もうこうなったら奥の手よ。
「わたくしには鑑定のスキルがございます!」
「何?」
宰相が、食いついた・・・!
「触れたものの詳細な情報を見ることができます。商いで成果を上げられましたのも、このスキルのお陰なのです。勿論、物だけでなく人も鑑定できます!」
「うむ・・・では、そこにいるガルドを鑑定してみせなさい。」
「承知いたしました。」
「はあ!?なんで俺なんだよ!」
「君なら何があっても自力でなんとか出来るでしょう。」
「んな横暴な!」
筋肉鎧、うるさいわね。
少し強引になってしまうけど、これで繋げるしかないわ。
幸い、わたくしが鑑定スキルを使えることは本当のこと。
上手くしてフィーシャを鑑定する流れにして、そこでフィーシャを討つ。これしかないわ!
「アルフ様。わたくしの手の内を商売敵に明かすことは避けたいので、ここにおられる方々には、わたくしが鑑定スキルを持っていることを他言無用でお願いしたく存じます。」
「わかりました。約束しましょう。皆、ここでのことは他言無用で頼みます。」
「ありがとうございます。では、ガルド様、お手を失礼いたします。」
「はああああ。ったよ。ほら。」
やはり、バケモノみたいなステータスね。
数値だけなら七魔天の方々と肩を並べるレベルよ。
「筋力は2138、魔力は309でございます。」
「数字で言われても分かりません。何か特徴的なことを教えてください。」
わたくしの鑑定スキルは相手の能力値を数値化できるほか、スキルとその効果を知ることができる。
つまり、このスキルを使えば、あらゆる真実を見抜くことができますの。
「そうですね・・・おや、絶対防御のスキルをお持ちですね。」
「ば!お前!バラすんじゃねえ!」
どんな攻撃も1度だけ無効化する。クールタイムが長いとはいえ、ぶっ壊れスキルね。
なんか、宰相が筋肉鎧を見て不敵な笑みを浮かべてるんですけど・・・。
「ほう、そうですか。私にそのようなスキルがあるという報告はありませんでしたが・・・ガルドの反応を見る限り、情報は正しいようですね。」
「お前、俺の弱みを握りたかっただけだろ!?」
「こ、これで信じていただけましたでしょうか?」
「いーや、まだだ。今度はあの宰相様を鑑定してくれ!」
これは好機。
敵の、しかも厄介な2人のステータスを覗けるのは価値が高いですわ。
「いや、私はよいです。あなたの能力はもう十分分かりましたので。」
「ざけんなー!不公平だー!お前の弱点も教えろー!」
宰相のステータスを覗けないのは残念ですが、今流れはこちらに傾いてますわ!
多少強引でも、ここで一気に行きましてよ!
「アルフ様。その、恐れながら・・・殿下を鑑定させていただくことは叶いますでしょうか。」
「「何?」」
今の今まで揉めていた2人が同時にこちらを睨みつけてきましたわ。
流石に息が詰まるわね。
「・・・いや、待て。」
宰相が言うと、少し考える素振りを見せ、再びフィーシャと密談をし始める。
・・・そう、分かるわ。
フィーシャを心酔しているあなたは、彼女の隠れた才能を見てみたいと思っているはず。
その欲望こそがあなたの最大の過ちになるとも知らずに、ね。
フィーシャと宰相の話が終わると、フィーシャは再び目を輝かせてわたくしの方を向く。
宰相は表情はそのままなのに、不満で怒り狂いそうな感じをされてますわ。こわ!ですわ。
「姫様を鑑定することを許します。」
「お、おい・・・」
ガルドが宰相を制止しようとするが、その表情を見て、動けずにただ息を飲んでいる。
気づいたら私も息を飲み込んでいる。
この宰相、やっぱり底が知れないわね。
わたくしはフィーシャのもとへと近づく途中、宰相を横切る。
「くれぐれも不審なことは起こさぬよう、お願いします。」
汗が止まらない。
こんなプレッシャーを感じるのは初めてかもしれませんわ。
でも、大丈夫。わたくしに失敗は許されませんもの。
そう、あのとっておきの暗殺スキルで確実にフィーシャを葬って差し上げますわ!
フィーシャの下で跪き、フィーシャの手を取る。
「失礼いたします。」
勝った!
スキル発動「遅死の鎌」。
決して目にすることの出来ない鎌が、わたくしの触れるものを切り裂く。
どんなに硬い装甲に覆われていようが関係ない、必殺のスキル。
唯一の欠点は、鎌が発現してから加速するまでがとにかく遅いこと。そのため、30秒間対象をその場から動かないようにすることが不可欠である。
まあ、その程度の時間稼ぎなら、わたくしの商人として鍛えられたトーク力で余裕ですけどね。
「姫様の能力値は年相応のものと思います。」
「流石は姫様です。」
ちょっと宰相の言ってることがよく分からない。
「次はスキルを見ます。」
ゴクリ、と息を飲む者が幾人かいた。筋肉鎧と宰相もその中に入っている。
それほど、フィーシャのスキルが気になるのだろう。
スキル並行発動「見えざる眼」。
ほら、皆様方。わたくしにばかり気を取られてはいけませんことよ。
「スキルは、どうなのですか!?」
このままだと、可愛い可愛い王女殿下の命が儚く散ってしまいますわ。
そんなことも知らずに、フィーシャだって遠くを見つめて・・・遠く?
どこを見てますの?
フィーシャの視線の先には何もない。
それに、怯えてる?なぜ?
「ロズ殿、まだですか!?」
わたしくの考えに、一つのごく単純な結論がちらつく。
それは、フィーシャは「遅死の鎌が見えて、それに怯えている」、ということ。
しかし、それはあり得ない。なぜなら、見えるはずがないのだから。
それでも、なぜだかそう思わざるを得なくなってしまっている自分がおり、思考が固まる。
あのとき・・・「見えざる眼」にフィーシャは気づいていたとしたら?
考えるほどに、あり得ないことを考えてしまう。
だって、この子のスキルは・・・。
「ロズ殿!」
宰相が痺れを切らせたと思った刹那、
「危ない!」
フィーシャの震える声とともに、パッとわたくしの体が押される。
わたくしはフィーシャに押し倒され、仰向けに倒れる。
「姫様!」
宰相が再び声を上げる。
直後、玉座の背もたれが斬れ落ち、床を叩く大きな音が室内を響かせる。
かと思えば、次にはその場の全員息を止め、沈黙魔法でも使ったかのような静寂が訪れる。
誰も動かない。
いや、あまりのことに誰も動けないでいる。
フィーシャは・・・涙を浮かべ、わたくしを心配そうに見つめている。
「ひ、姫様!」
我に帰った宰相が、わたくしの上で固まっているフィーシャを抱き抱える。
「お怪我はございませんか!?」
フィーシャは俯きながら、こくりと首を縦に振る。
どういうことですの?
フィーシャはわたくしの身が危ないと思い、わたくしを助けた?
わたくしのことを客人だと言ったり、わたくしを守るようなことをしたり・・・
彼女は一体何を考えてますの!?
考えれば考えるほど、わからない。
「良かった。・・・皆様、不測の事態が起きました。この場は一時中断とし、後ほど改めさせていただきたいと思います。ロズ殿、良いですね?」
「は、はいですわ。」
「ですわ?」
しまった!
わたくしとしたことが、フィーシャに気を取られてこんなケアレスミスを。
「コホン・・・状況ゆえ、一時的にロズ殿を拘束させていただきます。」
「承知いたしました・・・。」
それは仕方がない。わたくしがフィーシャの下に行ったタイミングでの出来事。
一番怪しまれて当然ですわ。
「しかし、魔法が使われた痕跡は無かった。スキルか何かか・・・?」
宰相には気づかれていないようね。となると、恐らく誰の目にも不可解な事象が起きたことでしょうね。
つまり、この状況ですぐにわたくしが殺されることはないはずですわ。
暫くの後。
別室にて、わたくしは体を縄で拘束され、部屋にある椅子に座っている。
縄は到底解けそうにない。
部屋には見張りの兵士が2人いる。
わたくしだって命は惜しい。ここは下手に動かないでいるのが吉ね。
誰かが部屋に入ってくる。宰相アルフだ。
「ロズ殿、お待たせいたしました。まずは、このような対応を取ってしまったことを詫びましょう。」
「いいえ。あの状況を見れば、わたくしでもアルフ様の立場であればこうすることでしょう。」
「貴殿の賢明な理解に感謝します。さきほどの不可解な事象から、貴殿の仕業であることを結びつける証明は不可能である判断しました。なので、この後必ず解放と約束しますが、もう暫くこのまま話をさせていただきたいと思います。」
「と、申しますと?」
宰相の影から小さな少女がひょこっと顔を出す。
フィーシャだ。
「あの。恐れながら、なぜ王女殿下がこちらに?」
「私にも教えていただけないのです。ただ、姫様がどうしても貴殿と話をしたいと仰っております。」
「は、はあ・・・。」
わたくしはこの子に恨みでも買ってしまったのかしら。
それとも、ただの好奇心?
フィーシャがわたくしに近づいてくる。
わたくしが身動きが取れないからか、宰相は先ほどよりも穏やかな気がしますわ。
「あ、あ、あ・・・。」
「王女殿下、わたくしめがお話を賜れますこと、誠に嬉しく思います。どうか、何なりとお話しください。」
「・・・うん!」
わたくしがフィーシャに語り掛けると、彼女は安心したように笑顔を取り戻し、わたしくの耳元で囁く。
「あのね、ローズさんはマゾクなのに、どうして変装ごっこしてるのかなって。」
「っ!」
頭に魔導銃を撃ち込まれたかのような衝撃が走る。
同時に悪寒も走る。
は?
なんで?
どうして?
わたくしが5年間、誰にも悟られることなく隠し続けてきた秘密。
本当の名、魔族であること、そして変装をしていること。
その全てが見破られている。
ばかな!
だって、この子はそんなスキル持ってなかったはずよ!
ありえない・・・何がどうなって・・・。
殺さないと!今すぐフィーシャを、この手で!
わたくしは全身から殺気を沸き立たせる。
「無礼者!姫様に向かって殺気を放つとは、何を考えているのですか?」
もう後戻りできない。わたくしの命と引き換えに、せめてこの子の命もいただくわ!
しかし、どうやっても縄が解けない。
魔力で身体強化をしようが、びくともしない。
どうなってるのよ、これ。
「無駄です。その縄には私の魔法が付与されています。そこで大人しく私に殺されることです。」
「くっ!」
万事休す、か。
怒りに身を任せすぎた、わたくしらしくない失態。
申し訳ございません、ネフェメラリ様。
わたくしは貴方様を失望させてしまうようですわ。
わたくしは目を閉じ、その時を待つ。
「観念しましたか。いいでしょう。痛みも感じぬよう、すぐに終わらせてぉおあ!?」
何かがぶつかる音とともに、宰相が仰向けに倒れる。
わたくしはおもむろに目を開け、状況を確認する。
そこには、さっきと似たような光景があった。
殿下タックル、ですわ。
フィーシャが宰相に体当たりをして転ばせたんですわ。
彼女の体当たり、意外と力あるわね・・・。
「・・・はっ!ひ、姫様!?なぜ止めるのですか!」
宰相が起き上がり、フィーシャに問う。
彼女は宰相に対し、怒ったような顔で首を横に振る。そして、わたくしに笑顔を向ける。
「はぁ・・・やはり私には姫様がどこまでみえておられるのか、全く見当がつきません。ロズ殿、次はないことをゆめゆめ忘れぬよう、肝に銘じなさい。」
「ぎょ、御意に・・・殿下の寛大なるお心遣いに感謝を。」
そう言うと、フィーシャは嬉しそうにわたくしに近づく。
助かったの?フィーシャに救われた?
わたくしが魔族であることを知りながら?
ますます意味がわかりませんわ。
でも、これだけは分かる。
この子はさっきの回答を待っているんですわ。
はあああああああああ。
落ち着くのよ。
奇々怪々だが、わたくしが魔族であることは恐らくフィーシャしか見抜いてない。
他の者が見抜けばとっくにわたくしは殺されてますもの。
「い、色々なことに挑戦してみたいと思いまして。」
笑顔を引き攣らせながら答える。言い訳が苦しすぎるか?
わたくしの心配とは裏腹に、フィーシャは羨望の眼差しをわたくしに向けている。
「姫様。」
宰相がそう言うと、フィーシャは我に帰ったかのように、再び宰相の元へと戻る。
「姫様の用も済みましたので、貴殿にはこれにてお帰りいただきます。10日後に再びこちらへ赴くこと。これは命令です。縄は城の入り口で解きましょう。」
「承知いたしました。」
潮時か。
10日後とはいえ、監視の目があるのは確実。
わたくしの証言が全て嘘であることもすぐにわかることでしょうね。
つまり、この国にいる限り、わたくしの命はあと10日で尽きるということ。
わたくしは兵士に連れられ、部屋を出ようとする。
宰相の側にいるフィーシャを横切るとき、彼女がわたくしに近づき、何かを手渡そうとする。
「ん!」
それは手紙のようだ。
誰宛かはわかりませんが、わたくしを頼ってのことでしょう。
一度命を救われてることですし、これくらいはさせてもらうのが筋でしょうね。
「必ずお届けいたします。」
わたくしはそれだけ言い、笑顔でフィーシャから手紙を受け取り、城を後にする。
城外にて。
結局、どうしてフィーシャがわたくしの秘密を知っていたのか、分かりませんでしたわ。
ただ、彼女のスキルは残念でしたけど、ね。
フィーシャのスキルは「遠見」。
遠くのものがよく見えるという、冒険者によく見るスキルだ。
敵をいち早く見つける索敵に有能スキルではあるが、冒険者でもないあの子にこのスキルの使い道があるとは思えない。
でも、フィーシャもとんだ食わせ物ということは分かりましたわ。
わたくしをここまで振り回してくれるだなんて。
ネフェメラリ様が仰るだけのことはありますわ。
おっと、そうだわ。
この手紙は誰宛なんですの?
あの子に知り合いが多いようには思えませんけど。
わたくしは手紙の宛名を見る。
そこには、拙い字でこう書かれている。
「しんあいなる ボーダーりょう りょうしゅ ネフェメラリさま」
「っ!!」
あまりの衝撃に魂を抜かれるかと思った。
———なんなの!?
息が乱れる。視界が霞む。
———なんなの!?
魔王様に睨まれたときより、体が冷たくなる。
———なんなの!?
全てを見透かされているような、心臓を握られているような感覚がわたくしを蝕む。
「う゛ぅっ!」
吐きそう。
思わずしゃがんでしまう。
なぜ御方の名前が?
そもそも、人間どもにはその名すら秘匿しているはずよ?
なぜフィーシャが御方を知っている?
分からない、分からない、分からない。
知識で数多の困難を乗り越えてきたわたくしが、何も———
気が付いたら、わたくしは歩いている。
フィーシャのことは、知れば知るほど分からなくなる。
わたくしは、一体何を敵に回そうとしてしまったのだろうか。
わたくしは、わたくしの愚かさをただただ悔やむことしかできなかった。
お姉ちゃんの言う通りだった!
ローズさんはすっごく優しいヒトなんだ!
それにすごいスキルみたいなのも使ってたよね。
目を瞑っててもわたしやみんなのことを見ていたり、鑑定スキルを持っていたり。
わたしと違って、きっといっぱい努力してるんだよね。
お姉ちゃんもローズさんのこと、すっごく信頼してるみたいだし。
あ〜!ローズさんともっと仲良くなれたら良いな〜!
そういえば、わたしのスキル、結局聞けなかったっけ。
やっぱり「遠見」だけだったのかな?
みんなはわたしのことを期待してくれてるけど、こんなわたしじゃローズさんとは釣り合わないのかな。
ちょっと自信無くしちゃうよ・・・。
でも、ローズさん、ちゃんと手紙届けてくれるって言ってたし、わたしのこときっと嫌いになってないよね!
次にお姉ちゃんとお話するときに、ちゃんとお礼を伝えてもらわないとだね。
そういえば・・・。
あの時の大きな鎌。
わたしとローズさんに向かって来てたよね。
わたしたち、命を狙われてたってことだよね・・・。
あれが何なのか分からないし、みんなも知らんぷりだし、すごく心配なの。
もう、こういうときに頼りになるのはお姉ちゃんしかいないよね。
このことも今度聞いてみよっと。
ネフェメラリお姉ちゃんに!




