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六、手紙

 自宅に帰ると、たまたま家に誰もいなかった。玄関には今脱いだ真悠の靴だけがあり、台所もリビングもひっそりと静かだった。真悠は手に持った釣鐘草を見やり、ほっと胸をなでおろす。花なんな持ち帰ったら、母や姉に何を聞かれるかわからない。

 ネットで活け方を調べて、プラスチックのコップに飾る。

 フウリンソウとからカンパニュラという別名があることを知った。


ーー柴田の次は川口が消えるのか?


 尾崎の言葉が頭をよぎる。

 川口は確かに、いなくなってしまった。


(それと私と、なんの関係もない)


 何かのオマケでもらった安っぽいコップに、淡い紫の花は似合わなかった。自分の部屋に運び、手紙と一緒に机の上に置くと、真悠はベッドに仰向けに寝転ぶ。

 大学で出された英語の課題、アルバイト探し。友人がいなくたってやることはあるのに、身体が動かない。

 手紙も、なかなか封を開けられない。

 真悠は目を閉じて、落ち着かない心を誤魔化そうとしてみたけれど、上手くいくはずもなかった。結局、あの手紙を読まなければ、胸にはびこるモヤモヤは終わらないのだから。

 大きく息を吐きだし、勢いよく起き上がる。そして、便箋を手に取った。味気のない水色の封筒には「斎藤真悠様」と書かれていた。書道を習っていた美しい文字。便箋の中も同様だった。

 読み終えるのに、何分もかからなかった。


(こんなの卑怯だ)


 持っていた柴田咲良の手紙から視線を外し、顔の上に置く。何度も読み返しても内容は変わらない。


(読まなければよかった)


 手紙の中身は謝罪と言い訳だった。

 尾崎のふざけたメッセージに返信した真悠を、電車の中で嘲笑っていたあの日。真悠もそれをきいていたあの日。真悠がそこにいた、と書かれていた。


(ーー見られていたなんて)


 その事実に真悠は心臓をぎゅっと握りしめられたように苦しくなった。

 その後ろ姿を見たときからずっと謝りたかったができないでいた。ごめんなさい。さいごに、わたしの身勝手な謝罪を読んでくれてありがとう。

 そう締めくくられていた。


(自分のための謝罪だ)


 ひどいことをしてしまった自分が可哀想で、全てをなかった事するための謝罪だ。

 小学生時代に真悠はワガママで高圧的な他人に撒き散らしていたけれど、そんな自分を認めたくなくて、許して欲しくて、当時の友人に謝ろうとしたことがあったけれどーー避けられ、無視され、見下され、それは実行できなかった。

 だから、真悠にとって柴田さんの手紙も同じ類のものだった。


(自分を正当化し、罪悪感を晴らすための謝罪だ。そこに私は存在しない)


 顔の手紙を封筒に戻し、川口に貰ったメモを眺める。


 〈何かあったら必ず連絡してほしい。身の安全のために〉


 川口がいなくなってしまった今、意味ありげな言葉になってしまった。

 電話はしたが出ない。メッセージも送れない。


(残るは住所か)


 それは隣町の住所だった。いつの間に引っ越していたのだろう。


「真悠! ちょっと!」


 突然、部屋の外から母親の声がする。いつの間に帰ってきたのか。早く返事をしないと厄介だ。


「今行く!」


 ベッドから起き上がり、部屋を出た。

 母親は明かりの消えたキッチンにいた。買い物から帰ったばかりなのか。荷物をそのまま床に置いていた。手にはスマホが握られている。


「あんた、柴田さんの家にいったね?」


 低い声だった。真悠は顔をしかめる。


「何で知っているの?」


「もう二度と行くんじゃないよ」


「どうして?」


「関わるんじゃないよ、あんな家!」


 怒鳴られるのは何年ぶりだろう。母親の剣幕に真悠は何も言い返せなかった。


「早く風呂に入りなさい」


 有無を言わせない母親にこれ以上食い下がったところで、口論では勝てない。よくわからないまま真悠は風呂の準備を始める。


ーー柴田の次は川口が消えるのか?


 尾崎の言葉が脳内に響く。

 そんなはずはない。


(もう一度川口に会おう。だって、傘を返さなくちゃだから)


 そう言い聞かせながら、それは口実だとわかっていた。尾崎の言葉は戯言で、川口が消えてなんていない、無事であることを確認したかったのだ。


 

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