十四、こじ開けられた真相
雨にぬれて帰ってきた真悠に、母親はチクチクと文句を言い続けた。真悠はいつもなら苛立つところだったが、話半分に聞き流してとっとと風呂に入った。何となく、もう柴田さんはここに来ない気がした。何日かぶりに、ゆっくりと。
それでも、なかなか眠れなかった。
石碑から現れた黒い影。尾崎の寂しげな顔。繋がれた赤い糸。
思い巡らせて、ようやくウトウトと眠ることができた。
そして、目覚めの悪い朝を迎えた。
やはり、柴田さんは現れなかった。
今日は晴れている。梅雨の晴れ間の青空が目に染みるほど眩しい。
真悠が顔を洗って洗面所から出ると、姉がリビングのソファーでだらしなく座っていた。昨日は真悠よりずっと遅くに帰ってきていた。
やや二日酔いのようだ。
父はまだ寝ている。姉は仕事が休みで、母親は先にでかけてしまっていた。
「真悠だ」
気付いた姉が、突然顔を上げた。
「ねえ、川口って同級生がいたの覚えてる?」
ドキリとした。あんまりに唐突だったから。
「川口がどうしたの?」
「その子の姉が、わたしの部活の後輩だったの知ってた? 川口玲奈っていうんだけど」
知るはずもない。真悠は首を振った。不安が過る。自分の周りだけではなく、姉にまで何かが起きているのだろうか。
「その人がどうしたの?」
「昨日、中学の部活の友だちと飲んだんだけど。その帰りにさ、川口玲奈が駅の近くの公園にいたんだよね」
あの公園だ。ますます胸で嫌な予感が渦巻いた。
「もしかして幽霊だったの?」
思わず口からこぼれた言葉に、姉は呆れたように目を丸くしたあと、不満げに顔をしかめた。
「はぁっ? 何言ってんの?」
真面目に聞いてほしい姉は、口を尖らせる。
「あのね、ちゃんと聞きなさいよ。たまたま会ったんだけど死んでいません。失礼なこと言わないで。まあ、何で公園にいったかは、酔っていて忘れちゃったんだけど、断じて幽霊ではありません」
酔払いだと思ってバカにしないでよね。姉の顔にはそう書いてあった。真悠がうなずくと、機嫌を直してまた話を始めた。
「川口玲奈の弟が真悠と同じクラスだったって初めて聞いてさ」
「うん、同じクラスだった」
弟が死んだというのだろうか。心臓の音が煩く鳴り始める。姉は、そんなことには気づかない。
「川口弟は高校三年間をおじいちゃんの家で暮らす予定だったんだけど」
でも弟は死んだ。淡々と口を動かし続ける姉だが、川口の死を告げようとしない。
「おじいちゃんが病気したらしくて、結局、弟くんの引っ越し計画はなくなったらしいよ」
「それで?」
いつ川口は死ぬんだ?
「その弟くん、次に死ぬのは自分だって言っていたらしいの。何か知ってる?」
「何それ」
川口、生きているの?
しばらく固まったように動かない妹の肩を、姉はトントンと叩いた。
「ちょっと。何凍りついてんのよ。なにか知っているんでしょ?」
「私は何も知らない?」
「いやいや。何か知ってるでしょ」
「なんでそんなことを言うの?」
「つい最近、川口さんの弟があんたと歩いているのを見かけた人がいるから。公園へ連れてってくれた子も、あんたなら何か知っているって話てたし」
息を飲んだ。柴田さんの家に行った時、二人でいるのを見られていたのか。みられていた。つまり、見える。川口は生きている人間として存在している。
「付き合ってるの?」
「まさか」
「そうだよね。たまたま一緒だっただけってことあるよね」
姉はうんうんとうなずいて、再び真悠の肩をトントンと叩く。
「次死ぬのは自分だなんて。心配じゃない?」
「だから、私は何も知らない」
「そうだとしてもさ。ああ、思い出した!」
姉が突然、叫ぶ。
「公園に連れてってくれたの、山下とかいうカッコいい男の子だ。その子に話しかけられたんだよ。思い出してスッキリ」
「山下?」
「たまたま出会ってね」
姉は上機嫌に答える。
「カッコよかったー」
浮かれている姉をよそに、真悠は、背筋が凍ったまま立ち尽くしていた。
川口が生きているらしい。
あのおじさんが嘘をついているということ?
山下も?
いつかバレてしまう嘘を何故かついた。
そして、わざわざ真悠の姉と川口の姉を引き合わせ、川口が生きていることを真悠に伝えようとしている。
「川口の幽霊だったら、俺は会いたい」
山下はそう言っていた。
(どちらにしても、きっと)
姉を置いて、真悠はリビングを出た。それからスマホを手持つ。
ーー話したいことがある。
ーー今日、公園に来れますか?
多分、山下は待っている。