表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

1年目:ベランダでサンマ

永遠に続くかのような蒸し暑い梅雨が終わり、東京に夏が訪れた。

直射日光だけでなくアスファルトの照り返しで全身が熱い。

だけど名古屋と比べると幾分マシな気がするのはなぜだろう。

名古屋は無駄に道路が広く遮蔽物がなかったから天然のフライパンだった。

このあたりは道路は狭くて建物が多い、そして緑もそれなりにあるから熱も控えめなのだろうか。


夏といえば野外の遊びが盛んになる時期だ。

本音を言えば海やプールでビキニギャルをナンパしてウハウハと遊びたい。

だが、度胸もなければビジュアルもない、そして金もない。

俺みたいなのはひっそりと夏を楽しむことにする。


夕方食材を探しにスーパーに入り、徘徊していた。

野菜やら肉やらを買った後、鮮魚コーナーに寄ってみた。

実家を出てから焼き魚を食べる機会が格段に減った。

下処理が面倒くさいし、残った皮や骨の生臭さがかなりひどい。

そして、思った以上に高い、これなら肉を買う。


お買い得な刺身でもないかと振らっと見ていると、季節外れのサンマが目に入った。

サンマって、秋だよな、夏にも売っているんだな。

そんな風に思ったが、ふと漫画でよくあるシーンが頭に浮かんだ。


ベランダに置いた七輪と炭火、シャツ一枚で団扇を仰ぎながらサンマを焼く。

暑さに顔をしかめながらビールを一口、サンマをひっくり返す。

半分ほどビールを飲んだころにサンマが焼き上がり、醬油と大根おろしでかぶりつく。

残ったビールを一気にあおって満足げに空を見上げる、タイミングよく風鈴が鳴る。


ああ、これが陰キャに課せられた夏の楽しみなのではないだろうか。

想像するだけで腹が鳴る、俺は天才なのだろうか。

最高のプランを思いついたのはいいが、いくつか問題がある。


まず、七輪も炭もない、もちろん風鈴もないので今日実行するのは難しい。

だがこれはネット通販で買えば明後日には到着するだろう。

世界中が繋がるインターネット時代に感謝感激雨あられだ。


そして一番の問題、ベランダでサンマ焼くのって法律的に大丈夫なんだっけ。

法律の知識なんて全くないし、賃貸で許可されていない可能性もある。


今日はサンマを買うのは諦め、まずはベランダでの火おこしについて調べてみた。

法律的には特に問題ないみたいだが、やはり賃貸では許可されていないことがあるらしい。

火がダメというよりも煙がダメなようだ。

うーむ、仕方ない、大家さんに電話で聞いてみようか。


「はい、吉田です。」

「あ、201号室に住んでいる杉浦です。すいません、お伺いしたいことがあるのですが。」

「はいはい、杉浦さんね、こんにちは。どうかしましたか?」

「あのー、ベランダでサンマを焼きたいのですが、アパートの規約とかで禁止されてたりしますかねー。」

「サンマね、大丈夫ですよ。そういえばスーパーで売ってたね、サンマ。私も今日はサンマにしようかね。」

一方的に電話を切られてしまったが、軽く許可をもらうことが出来た。

懇願することも辞さない構えだったが、なんだか拍子抜けだ。

まあいいや、早速準備をしよう。


2日後、家に七輪と炭火、そして風鈴が届いた。

早速スーパーでサンマを3匹とビールを買い、家に帰る。

夏のサンマだからか身は細いのにかなり高い、だがそれもいい。

昼からビールを買っている背徳感がたまらないな。


家に着いたのでエアコンを切り、窓を全開にする。

届いた風鈴をカーテンレールに取り付け、七輪をベランダに置いた。

キャンプ場によくある銀のバケツに炭を入れ、トングで掴んでコンロで焼いていく。

3つほど焼いた後七輪の中に移し、追加で4つほど炭を入れて火が移るのを待った。


...暑い、暑すぎる。

もはや漢字も適切ではないな、熱いの方が適切だろう。

夏の日差しと七輪の日が体から水分を奪っていく。

じっとり汗ばんだ肌に、時折そよぐ風が心地いい。


炭にしっかり火が付いたのでサンマを焼いていく。

まずは1匹だけ網の上に置いて、焼けていく様子を眺めていく。

魚の身が焼ける音、水分が蒸発する音、合いの手のように入る風鈴の音色。

どんなサブスクでも聞くことができない極上の天然音楽だ。

録音してASMRとして売り出せば人気になるだろうか。

いやいや、電子データに貯めるなんてもったいない、垂れ流しが正義だ。


ある程度時間が経ったので身をひっくり返す、最高の焦げ具合。

冷蔵庫に駆け寄りビールを手に取る。

プルタブに指をかけ、一気に引き上げ流れ作業で口に運ぶ。


苦みのある炭酸が口を洗い流しながら喉に落ちていく。

「もっとこいよ!!」と体が話しかけてくるように、喉が液体を胃の方に送り込む。

自然と首が後ろに沿っていき、同じ動きで手も上がっていく。

缶の液体がなくなったことを確認すると、呼吸を吐きながら一気に下を向く。

「っっぷっはぁぁ!!!!」

まるでCMかのような爽快な掛け声を上げた後、すかさずもう1本のプルタブに手を駆ける。


2本目のビールを飲みながらサンマを見ていると、水分のはじける音が変わってきた。

間違いない、焼けたのだろう。

サンマを皿にのせ、まずはそのまま被りついた。


パリッとした皮を歯で突き刺す、塩味と若干の苦みの後、磯の香りと脂のうま味が舌の上で踊る。

ああ、魚ってうまいなぁ。

息をつく間もなく1匹食べきり、残りの2匹を網に置く。

次は大根おろしと醤油で味わおう。


最高の1日を実感しながらビールを口に運ぶ。

まだまだビールはあるし、時間も山ほどある。


サンマが焼けるまでベランダから景色を眺める。

普通の人生では味わえない満足感、もうしばらく働かなくていいや。


風鈴の音を楽しみながら、次のサンマの食べ方にワクワクが止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ