1年目:足立の猫
6月中旬、東京に来てから1か月が経過した。
梅雨真っただ中でかなり蒸し暑い。
引っ越してきて最初の方はちょうどいい季節だったのに、移り変わりが早すぎる。
本格的に夏を迎えるのが怖くなってエアコンを設置してしまった。
7万円の出費、思ったより早く働き始めないといけないな。
東京は動物が少ないと聞いていたが、この辺りには様々な生き物が住んでいる。
雀、カラス、ネズミ、よくわからない獣、あとは猫だ。
駅から家に帰るまでに3匹、多い時には5匹くらいの猫に遭遇する。
最初は警戒されていたが、声をかけ続けるうちに認識してもらえるようになった。
最近は雨なので家から出ることが少ないが、何匹かベランダに遊びに来てくれる。
急な猫の来客用に猫のおやつをいくつかストックしているので安心だ。
今日は2匹の猫が遊びに来てくれている、ちなみに家には入れていない。
「いらっしゃい、今日も暑いねー。」
「んにゃーっ!んにゃん、にゃん、にゃん!」
「ぴゃー。んにゃん?」
器に水を入れてベランダに置いてあげると2匹は飲み始めた。
茶トラとキジトラの2匹はいつも一緒にいて一番遭遇する。
梅雨入りして家にこもるようになって最初に遊びに来たのもこの2匹だ。
コンビニでちゅーるを買ってあげてから他の猫たちも遊びに来るようになった。
猫にも地域ネットワークが構築されているようだ。
ひとしきり水を飲んだ後、こちらをまっすぐに見つめている。
おやつを催促されているのはわかったが、しばらく気づかないふりをした。
「...にゃん?」
「...にゃん。にゅーん、にゅーん。」
「なぉぉぉん。んなぁぁぁぁん。」
「わかったから!虐待されているみたいな声を出さないでくれ!」
「んなぁん!」
引き出しから猫缶を取り出し、ベランダに2つ置いた。
にゃんにゃん言いながら食べている、やっぱ可愛いな。
ペロっと平らげた2匹はその後すこしじゃれ合った後、こちらに挨拶をして帰っていった。
明日は夕方くらいに3匹で遊びに来るらしい、今日の夜ごはんを買いがてら猫缶補充しておくか。
その日の夜、雨が止んだ後に風が吹いて少しだけ涼しかった。
コンビニで麻婆豆腐丼と炭酸水と猫缶を何個か買って家に帰っている途中、ふくよかな目つきの悪い猫に出会った。
「こんばんは、涼しくなったな。」
「...ぶにゃぁ。」
「ああ、この辺りのボス猫さんか。みんなと仲良くさせてくれてありがとうね。」
「にゃん。ぶにゃぁ。にゃん。」
「お腹すいているのか、猫缶でよければ食べな。」
「ぶにゃん。」
猫缶を開けて置くと、ゆっくり食べ始めた。
食事を邪魔するのもなんだし、そのまま家に帰った。
コンビニで温めてもらった麻婆豆腐丼を口に運ぶ。
そういえば、なんとなく猫が何言っているのかわかるようになってしまったな。
ここしばらく人間と話さず猫とばっかり話していたから脳がバグってしまったみたいだ。
普通に翌日の予定を猫と話しているとかおかしいな。
もしかしたら東京の猫だから会話が成立しているのかもしれないな。
食事が終わったのでエアコンをつけてすぐシャワーを浴びる。
お風呂上りにキンキンのエアコンを浴びるのが至高だ、なるべく熱めのお湯を浴びる。
タオルで体を拭いて部屋に戻る、冷気が体の熱を奪い去る感覚がたまらない。
サウナの後水風呂に入れる人は頭がおかしいと思っていたが、やっていることは同じだろうな。
ヒートショックを起こさないようにほどほどにしないとな。
布団に入りながらSNSで「東京 猫 会話」で調べてみる。
薄っぺらい自分の家の猫自慢がたくさん出てくるだけで、特に他の情報はなかった。
うーん、わかったつもりの自意識モンスターになってしまったのだろうか。
中二病を患って力に目覚めたつもりになっているのだろうか。
...わからん、寝る。
翌日は10時に起床した。
名古屋からニートをしに東京に来てるのだから、早起きする必要なんて一切ない。
カーテンを開けると残念ながら空は雨模様だった。
ふとベランダの床に目をやるとネズミの死骸が2つ落ちていた。
おそらくボス猫からのお礼だろう、猫は律儀だな。
暇なので近くのブックオフで買った100円の本を読みながらダラダラと過ごす。
昼食はカップうどんを食べ、ゴロゴロと横になる。
ああ、働かない自由って最高だな。
...窓を叩く音が聞こえる。
どうやら昼ごはんの後、眠っていたようだ。
窓には茶トラとキジトラのほかに、昨日のボス猫がいた。
「おや、いらっしゃい。昨日はネズミをくれてありがとうね。」
「ぶにゃん。」
「んにゃーん。」
「はいはい、水を持ってくるよ。」
3匹なので少し大きめのお皿に水をいれてベランダに戻ると、3匹どころか10匹ほどの猫がいた。
「おわっ!?なんでこんなに増えているの?」
誰も何も言わずにこちらを見つめている。
ああ、6年生を送る会みたいな雰囲気だ。
「...なるほどね、お別れを言いに来てくれたのか。本当に短い間だったけど楽しかったよ。夏が終わったら戻ってくるのかな?その時はまた遊ぼうね。」
「「ぶにゃーん!」」
「ははっ、そしたら残りのご飯食べていってよ。」
残りの猫缶を全て開けベランダに置く。
ちゅーるも面倒くさいから皿に出して食べさせた。
黙々と食事をする猫を見て、やっぱり猫は良いなと思った。
小学生低学年の頃かな、アパート暮らしで猫を飼うことができず泣いて駄々をこねたことがある。
当時は理解できなかった命の責任、今ならわかるのだろうか。
まあ、野良猫に無責任に餌をあげてるような奴はだめだろうな。
ご飯を終えた猫たちはじゃれ合ったり、毛づくろいをしたり、各々の過ごし方をしていた。
さて、そろそろ寝ようかな。
「おやすみ、そろそろ寝るよ。また遊びにおいでね。」
「にゃんっ」「にゃぁ」「んにゃん」「のぁ」
猫たちの声を聞きながら眠りについた。
それから2週間、家の近くで一度も猫を見ていない。
一昨日猫カフェに行ってみたが何を言っているのかよくわからなかった、というかみんな寝てた。
東京でひとりぼっちの俺と猫たちが遊んでくれたんだろうな。
今年の夏はかなり暑いからとみんな避暑地に行ってしまった。
帰って来るのが楽しみだ。
さあ、明日は何をして遊ぼうか。